【短編】再出発 No.03
一つ前の話
医師の言葉
「申しあげにくいことですが、すでに母体のほう、そう奥様の体は助けられる時期を過ぎてしまいました。赤ちゃんの方も残念ではありますが助かる見込みはありません。心の準備だけはしておいた方がいいと思います。奥様には私の方からお知らせしましょうか」
裕一は毎日この日が来なければいいと思って過ごしていたのだが、時間は残酷だった。というよりも裕一自身が目を背け逃げ出したかっただけだったのかもしれなかった。受け入れられることのできない現実から目を逸らしていたかったのだ。
「えっ、いえ。このままそっとしてあげたいと思います。智美にとって、今は赤ちゃんだけが生きようとする力の源なので。あのっ、もう、本当にどうしようもないのでしょうか、先生」
「ええ、残念ですがもう手の施しようがありません。おそらくどんな名医に診てもらっても結果を変えることは不可能でしょう。酷なようですが、現代医療では無理なところまで容体は悪化しています。あと出来ることはご主人が少しでも長くそばに寄り添っていてあげることくらいでしょう。それでは私のほうからの告知は控えさせていただきますので、ご主人の考えで対応してあげてください」
裕一は淡々とした説明を医師から受け、言われていることが、自分たち家族のことではないのかもしれないと思いたかった。もう涙すら出てこなかった。心のどこかで、すでに覚悟をしていたのかもしれない。智美は点滴を受けながらも痩せ細っていく体で裕一の顔を見るたびに「ごめんね。私の体が弱いばっかりに」と謝ってばかりだった。裕一はその度に手を握り、精一杯微笑んでみせた。
それまでは仕事も順調だった裕一だったが、仕事でもミスが続き、上司からも何度も叱責されるようになっていた。上司も裕一の辛さは解っていたが、何とか仕事に目を向けさせることで裕一の気持ちを支えたいと考えてくれていたのだ。しかし、裕一には全く届かなかった。それほどまでに裕一の心も追い込まれていたようだ。何も考えずに仕事をするからミスをする。ミスをして怒られるけれども、その言葉が体に入らない。それでまたミスをする。次第にお客様相手の仕事は任せられないということになり、単純な事務作業に回されてしまった。同僚も同情の目で裕一を見るのだが、裕一自身がしっかりするしかなす術はないと解っていた。次第にみんな裕一と距離を置くようになり会社での会話も無くなっていったのである。そうなって一層の孤独感が裕一を襲い始めた。
そしてその孤独感と悲しみに耐えられず、夜は酒を煽ってしまうという悪循環の生活を繰り返すようになってしまったのだ。裕一もある程度自覚はしていた。しかしどうにもやるせない時間を感じてしまうと酒に逃げてしまうのだった。それでも懸命に自分と闘い、崩れることのないように踏ん張ってはいたつもりだった。智美の生い立ちを知っていればこそ、自分もしっかりしなければと何度も言い聞かせていた。
つづく
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