【短編】再出発 No.05
一つ前
酒場
全く気力を失ってしまった裕一は智美が亡くなって一ヶ月くらい過ぎた頃、なぜか無意識のうちに酒場に向かっていた。一人でいると沈み切ってしまい、何をしてしまうかわからない自分がいた。暗い海岸に近づくだけで、フラフラと海の中に入ってしまいそうな気がしていた。それで、人がいて明かりのある場所に行こうと思い酒場のある方に歩き出していたのだ。だが今日は知り合いとは会いたくはない。世を捨てた人々が集まるような場末の酒場が今日の自分には似合っていると思い、安い暗い酒場へと足を運んだ。目的もなく歩きやっと見つけた店は、どうやら初めて入る店だった。港から少し離れた場所で、老人の客が一人二人静かに飲んでいるような店だった。暖簾をくぐり中に入ると、女将さんと呼ぶにはかなり歳をとった女性が一人で切り盛りしていた。
「いらっしゃい。どこでも好きなとこに座っていいよ。おや、この若い衆は悲しい顔だね。おおかた一人酒に浸ろうとしてきたのかのう。初めて見る顔だね。ああ、挨拶なんていいよいいよ。熱燗でいいかい」
裕一はただ頷いてカウンターの端っこに座った。そして、涙をポロポロとカウンターに落としながら、女将が注いでくれる熱燗を胃袋に流し込んだ。二合とっくりを飲み干す頃には、ほろ酔いとなり、さらに二合飲んだ時には思い出が頭の中をぐるぐると回り始めた。お店で飲むお酒は一合の量が少ない。それほど酒に強くない裕一でもお店でなら、五合程度までなんとか飲めるのだった。そして女将は一合の小さな徳利の熱燗を差し出して言った。
「これはあたしからのサービスだよ。今日はこれで最後にしておきな。明日、悲しみをまだ引きずっているようなら、またおいで。ここはいつでも歓迎するよ。寂しい行き場のない男たちをね」
この日は、智美の代わりに酒場の女将さんに、酒を止められた。久しぶりに裕一は自分の体のことを気遣ってもらった気がした。少しは理性という気持ちが表に出始め、迷惑をかけた人たちのことを考え始め、翌日は出社してしっかり仕事をしようという気持ちが芽生え始めた。
「これじゃあ、智美に笑われるな。智美の遺骨も埋葬してやらないといけないし、北海道を離れるかな。もう一度新しい場所で仕事をやり直せるかなぁ」
そんなことを考え始め、四十九日が経過した。すでに辞表は提出して受理されている。この後は有給休暇を消化して引越しの準備などをする予定だ。そんな時、珍しく携帯が鳴った。表示されている電話番号に見覚えはなく裕一の電話帳にも登録されていない相手だ。最近は事務連絡はほとんどなくなっていたので心当たりはなかった。何か手続きで不足でもあったのかなと思いながら、電話に出た。
「はい、どちら様ですか」
つづく
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