見出し画像

具体と抽象ってこういうことかも、と思えた昨日

「寝てるだけで、1億円が手に入ればいいのに」──そんなふうに思ったこと、ありませんか?

私はあります。何もしないで褒められたい。尊敬されたい。でも、めんどうなことや失敗は避けたい。そう思っていた時期がありました。

ただ、うまくいかない原因は、自分を変える方法がわからなかっただけなんです。

SNSやネットに情報はたくさんあっても、どれもピンとこない。読んでも頭に入らない。そんな日々が続いていました。


■抽象と具体を行き来することで、言葉が届くようになる


そんな私が昨日、あるメルマガを読みました。

タイトルは「文章力を圧倒的に向上させる1つの方法」。気まぐれに開いただけだったのに、その内容が妙に心に残ったんです。

そこには、「たとえ話を使うだけで、文章は大きく変わる」と書かれていました。しかも、その「たとえ」をつくるには「抽象と具体を行き来すること」がポイントだというんです。

最初は少し難しく感じました。でも、メルマガに出ていた例を読んでいくうちに、頭のなかでパッと景色が浮かびました。

ビジネスって、つまり人の役に立って、ありがとうの代わりにお金をもらうことなんですよ。

と書かれていて、続いてこんなたとえがありました。

おばあちゃんが重たい荷物を持っていたとします。あなたがそれを持ってあげて、おばあちゃんが「ありがとう」と飴玉をくれたら、それって「ビジネス」と同じじゃないですか?

私は思わず、うなずいていました。たしかに、そう考えたらビジネスって別に難しくない。身近なものに思えてきたんです。


■たとえ話は、心のなかに絵を描くための道具


振り返ってみれば、私も昔からたとえ話に助けられてきました。

難しい話が、急にわかるようになることってありますよね。あれって、頭の中で「イメージ」が浮かぶからなんです。

最近、私はWeb制作の勉強を始めました。デザインの話で、「白と青は清潔感が出る」と聞いたとき、「ああ、そういうことか」と感じたんです。

それと同じように、ある人が「言葉にも清潔感が必要ですよ」と言ったんです。

文章にも「印象」がある。そう思ったら、急に納得できたんです。配色と同じで、言葉も「見た目」があるんだって。

言葉はただ並べるものじゃなくて、相手の頭の中に映像を浮かばせるもの。だから、相手が知っている世界で例えることが大切なんですよね。

そして、もうひとつ大事なことがあります。

それは「自分の経験を、自分だけのものにしないこと」

私が感じたこと、つまずいたこと、もがいたこと。きっと誰かにも同じような悩みがあるはずなんです。

まだ何も特別な成果を出せていない私でも、同じ場所にいる誰かの背中を押すことはできる。そう信じています。うまくいかなくて、迷っているあの頃の私に向けて、今の私が書く。

その言葉が、今日誰かの心に届くかもしれない。そう思って、私はこのnoteを書いています。


■たとえ話の材料は、日常のなかにある


私が昨日読んだメルマガには、さらにこんなことが書かれていました。

たとえ話が上手な人は、普段から抽象と具体を行ったり来たりしている。

とのことでした。

最初は、どういうことだろうと思いました。でも、読み進めるうちに少しずつ理解できました。

抽象化というのは、物事の本質だけを取り出す作業。そして具体化というのは、その本質から例を導き出す作業なんです。

たとえば、「おばあちゃんを助ける」という行為。

これを抽象化すると、「誰かを助けること」になります。そして、それと同じ本質を持つのが「ビジネス」だと説明されていました。

つまり、「おばあちゃんを助けること」と「ビジネス」は、本質でつながっている。その共通点を見つけられたら、たとえ話として成立するわけです。

なるほど、と思いました。

今まで、私は「たとえ話ってセンスがある人しか書けないもの」だと思っていました。でもそうじゃなかったんです。

身の回りの出来事を、少しだけ見方を変えてみる。それだけで、誰でも使える技術だったんですね。


■相手の知っている世界で語るということ


たとえ話には、もうひとつ大切なポイントがあると、そのメルマガでは続けて説明されていました。

それは「相手と共通の認識を持っていること」だそうです。

たとえば、「お金を稼ぐのは、ガパオライスを作るくらい簡単」と言われても、ガパオライスを作ったことがない人にはまったく伝わりませんよね。

そのメルマガの著者は、「自分がよく使うたとえが通じないことがある」と語っていました。

そして、「たとえるなら、相手の知っているものでなければ意味がない」と強く言っていました。

それを読んだとき、私はひとつ思い出しました。

ある日、SNSで投稿した文章に、好きなバスケ選手を絡めた例え話を書いたことがあるんです。でも、いいねもリプライもほとんどなくて、なんだか空回りした気持ちになったことがありました。

今ならわかります。読む人の多くがそのバスケ選手を知らなかったんですね。だから、私の例え話は、誰の心にも届かなかった。自己満足の文章だったんです。


■「たとえ話」を届けるための前提とは


では、どうしたらうまくたとえ話が使えるのか。それは、「相手の土俵で話すこと」なんだと、メルマガには書かれていました。

たとえば、デザイナーと話すなら「この言葉、配色でいうと白と青くらい清潔感がありますよね」と言ってみる。これなら相手もすっと入ってこられる。

相手が知っている世界の言葉を使えば、たとえ話はぐっと届きやすくなるんです。

この視点は、私にとってまさに目から落ちるウロコ、というより「空気が一変する」ほどの衝撃でした。

自分の世界に引き込む前に、まずは相手の世界に歩み寄る。それが、たとえ話の第一歩なんですね。


■たとえ話は、届かない気持ちを運ぶ舟になる


昨日読んだメルマガには、こんな言葉がありました。

たとえ話は、誰かと自分をつなぐ架け橋のようなもの。

その一文を読んだ瞬間、胸の奥がスッと軽くなった気がしました。

私はずっと、自分の気持ちをどうやって伝えればいいのか、わからなかったんです。

何か言葉にしようとしても、相手には届かない気がして、口ごもるばかりでした。でも、たとえ話という方法があると知ったとき、「もしかして私にもできるかもしれない」と思えたんです。

たとえば、直接伝えると重くなりそうな気持ちも、たとえ話に包めば少しやわらかくなる。たとえ話には、気持ちの角をまるくしてくれる力があるんだと、メルマガを読みながら感じました。

それは、まるで頑なに閉ざしていた扉が、そっと開くような感覚でした。


■言葉を持たなかったあの日の自分へ


もし、この考え方をもっと早く知っていたら。きっと、過去の私は、もう少し人と気持ちを通わせられていたかもしれません。

当時の私は、自分のなかにあるもやもやに名前をつけられず、それを誰かに伝える術も持っていませんでした。

ノートに何を書いても空虚で、誰に向けても言葉が定まらなかった。そんな日々のなかで、「たとえ話を使えば、自分の中にあるもやもやを、少しずつ人に伝えていけるよ」と言ってくれる人がいたなら、どれだけ救われただろうと思います。

いま私は、まだ何も成し遂げていません。でも、こうしてnoteを書くことができている。それは、たったひとつのヒントをもらったからなんです。

「抽象と具体を行き来する」という言葉も、最初はぼんやりしていました。

でも昨日のメルマガを読みながら、自分の過去の体験や日々の違和感が、たとえ話の種になると知って、視界が少しひらけました。

あなたがいま抱えている違和感や引っかかりも、まずは無理に整理しなくていいんです。そのままそっと眺めて、「これって、あれに似ているかも」と気づく瞬間を待つ。

たとえ話は、そんなふうに自然に育っていくものなのだと思います。

たとえ話は、ただの飾りではありません。気持ちを伝える道具であり、相手の世界に近づくための手すりのようなものです。

だからこそ、私たちはもっと積極的に、抽象と具体のあいだを行き来していくべきだと思います。

自分の思考を深く掘り下げるときも。相手にやさしく伝えたいときも。その両方をつなぐ方法が、たとえ話には詰まっている。

このnoteが、「抽象と具体を行き来すること」の大切さを、ほんの少しでも実感するきっかけになっていたら、うれしいです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

もしよければ、あなたの感想を教えていただけませんか?

どの一節が心に残ったか、どんな気づきがあったか、あなたの声をぜひ聞かせてください。

また、スキやフォローをいただけると、この上ない励みになります。

これからも、皆さんの成長のお手伝いができれば幸いです。

共に成長していける仲間として、これからもよろしくお願いいたします。


いいなと思ったら応援しよう!

おっさー 夢を追う皆さまへ! あなたの応援が私の活動を支えています。サポートにより、より深い洞察や実践的なコンテンツをお届けできます。共に学び、成長しましょう。今すぐフォロー&サポートで、質の高い情報を逃さずキャッチ。一緒に夢への道を歩みましょう!