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まっすぐS2-3|セカンドハンド文化の国、フィリピンより愛を込めて

南国のデッキに座る男性。麦わらのような帽子をかぶり、笑顔でくつろいでいる。背景には海と船、鉢植えが並び、穏やかな旅の空気。

🌏 酒井先生のまっすぐ手記|旅で出会った、人と知恵とユーモア
1947年、新潟県長岡市(栃尾)生まれ。
青年海外協力隊員として2年半フィリピンに派遣され、理数科教師を務める。
長崎大学熱帯医学研究所での研修を経て、1997年に酒井歯科医院を開院。
以来、長年にわたり歯科医師として地域医療に携わってきました。
そんな酒井先生が、旅先で出会った人々との交流や、異文化に触れて感じた驚きや学び――
すべてを“まっすぐ”に綴ったエッセイシリーズが 『酒井先生のまっすぐ手記』 です。
これまでに、東南アジアやモンゴルでの体験をまとめた旅行記をKindleで出版。
ユーモラスな語り口と、現地の人々との温かな交流が、多くの読者に支持されています。
✏️ 一部のエピソードはnote記事としても公開中。
Kindle書籍には未公開の話も収録し、読みごたえあるシリーズとして広がり続けています。

1995年フィリピン手記より。

「中古」とか「古着」と言うよりも、「セカンドハンド」と言ったほうが、どういうわけか響きがいい。
フィリピンという国は、まさに先進国からの中古品を受け入れて、生活の一部として活かしている“消費国”だった。

私たちがもう必要としなくなったものでも、まだ十分に使える品は多い。
それを現地の人々が買い取り、再び暮らしに取り入れているのだ。

「ありがたいことだなあ」
そう思うと、ただの古道具や古着も、不思議と尊いものに見えてくる。


私がフィリピンで最初に日本の中古品に出会ったのは、マニラの街を走るタクシーか、あるいはエアコン付きのバスだった。

埃っぽい街路を抜けてバスに乗り込むと、すぐに目についたのは出入口や窓に貼られた「日本語の案内板」だった。
「出口」「注意」など、日本で見慣れたそのままの文字が残っていたのだ。

そして、あるタクシーに乗ったときのこと。
運転席横のメーターを何気なく覗くと――なんと表示が「円」になっているではないか。

「おや、これは懐かしい!」
「まさか異国で“円”に再会するとは」

思わず独り言をこぼしてしまった。
異国のタクシーで、日本の通貨単位が光っている光景は、なんともユーモラスで笑みがこぼれる。

それと同時に、「日本で使われなくなったものが、ここでまた生きているのだ」と実感した。
無駄にならず、有効に利用されている姿を目の当たりにして、心がじんわり温かくなった。



船体に残る“新潟”の記憶

次に私が目にしたのは船だった。

あるとき港から船に乗り込み、甲板に立って海風を浴びていたときのことだ。ふと視線を船体に移すと、白ペンキで塗りつぶされた文字の下に、うっすらと日本語が透けて見えた。

「ん?…これは見覚えがあるぞ」

近寄ってよく目を凝らすと、それは「新潟と佐渡を結ぶ航路名」だった。

「これは…もしかすると、かつて私が乗ったことのある船かもしれない」

そうつぶやいた瞬間、胸の奥にふっと風が吹き込んだように、故郷・新潟の記憶が蘇った。
港町のざわめきや、佐渡へ向かうフェリーのエンジン音、船上で感じた潮の匂いまでが、一気に思い出として立ち上がってくる。

異国の海の上で、まさか新潟とつながる手がかりに出会うとは思わなかった。
「こんな形で故郷を思い出すことになるとは」

旅先で不意に郷里を思い出させてくれる出来事は、そうそうあるものではない。
あのときほど“新潟”を近くに感じたことは、他になかった。


7500の島と、中古船の活躍

フィリピンは7500を超える島々から成り立っている。
そのため空路もよく発達しているのだが、それに負けず航路も発達していた。

港町に立てば、色とりどりの船が次々に発着し、人々や荷物を乗せては島々を行き来している。
船着き場には魚の匂いが漂い、売り子の声が響き、エンジンの音が低く唸っている。島国らしい活気にあふれていた。

船賃は飛行機よりずっと安いため、庶民の足として圧倒的な人気がある。
「なるほど、ここでは船こそが生活の足なんだな」
そんな感想が口をついた。

そして私は心の中でこう思った。
「おそらく他の航路でも、日本の中古船が働いているのだろう」

かつて日本で活躍した船が、遠く海を越えてここでも人々を運んでいる。
島から島へと人々を乗せて走る中古船の姿を想像すると、不思議と誇らしい気持ちになるのだった。

 「海を渡った船が、こんなふうに第二の人生を送っているとはな」
 その光景は、単なる交通手段以上に、どこか人間くさい物語を感じさせてくれた。


空を飛ぶ“中古バス”

マニラ国際空港の脇には、いつも濃い緑色をした軍用機が停まっていた。
炎天下にさらされたその機体は、どこか古びて見え、ペンキもくすんでいる。

独立記念日になると、これらの軍用機が空へ舞い上がり、マニラ上空をパレードするのだという。
私は胸を躍らせて見上げたのだが…次の瞬間、思わず目を疑った。

「これは戦闘機のパレードか?いや、どう見ても違うな」

飛んでいる姿には、いわゆる“最新鋭の戦闘機”にあるような勇ましさや格好良さが、まるで感じられなかった。
翼の下に爆音を響かせているのに、どうにも迫力が足りない。

むしろ、私にはこう見えてしまった。

「まるで中古バスが空を飛んでいるようだな」

空を切り裂くどころか、どこかヨロヨロと揺れながら飛んでいるようにすら見える。観客の視線を浴びながらも、どことなく場違いな乗り物が空に浮かんでいる――そんな滑稽さがあった。

おそらく、あれは米軍からの払い下げ機なのだろう。
「はたして、この国の空軍に最新式の戦闘機はあるのだろうか…」
そんな疑問まで浮かんできて、私はしばらく空を眺め続けていた。

青空に浮かぶ雲を背景に、翼をつけた濃緑色の古いバスがゆっくりと飛んでいる。地上では人々が手を振り、まるで空を走る中古バスのユーモラスなパレードを見送っているように見える。

喜ばれる古着

先進国からの中古品輸入は、交通手段だけにとどまらない。
生活に欠かせない衣料品もまた、セカンドハンドが大きな役割を果たしていた。

フィリピンでは、新品の衣服は人々の賃金に比べて高価である。だからこそ、古着はとても重宝されるのだ。

私自身、帰国のときにスーツケースを整理しながら、かなりのシャツやズボンを処分したことがある。
「これはもう表面的なお礼かな…」
そう思いつつも手渡したのだが、受け取った彼らは本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

「先生、ありがとう!」
「家族に着せられます」

その表情を見たとき、私ははっとした。
渡した服は、ただの古着ではなかった。人の生活を支え、家族を守るための大切な一部になっていたのだ。

「そうか…私にとっては処分でも、彼らにとっては生活の支えになるのか」

異国の地で、古着が持つ力を実感した瞬間だった。
ちょっとした荷物整理のつもりが、思いがけず心に残る出来事になったのだ。

南国の木窓からヤシの木がのぞく部屋のテーブルに、白やベージュのシャツと黒いズボンがきれいに積み重ねられている。旅人が帰国時に手渡そうと整えた衣類の山が、温かな日差しに照らされている。

中古品が“日用品”として流通する国

この国の人々には、他人が着たものでも抵抗なく受け入れる素地がある。

日本で「古着」と言えば災害時の救援物資というイメージが強い。
だがフィリピンでは、それが日常生活の中に当たり前に流通していた。

そういえば、日本に寄港する船員が中古品を山ほど買い込んで帰る、という話も聞いたことがある。
テレビでも、港近くの店で中古テレビや衣類を抱えて船に積み込む船員たちを見た。

彼らは一般の旅行者とは違い、多くの荷物を積める。だからこそ「頼まれもの」をまとめて買って帰るのだろう。


船員たちの買い物リスト

港町を歩いていると、古着や古タイヤ、さらにはバイクや電気製品まで並ぶ中古店が目に入った。
そこへ寄港した船員たちが、両手いっぱいに中古品を抱えて出てくる。

汗を拭いながら大きな荷を担ぐ者、笑いながら友人と品物を見比べる者――港の風景には、買い物の熱気と活気があふれていた。

「なるほど、きっと家族や友人に頼まれたものも多いのだろう」
「彼らにとって、中古品は土産であり、生活の必需品でもあるんだな」

そう思うと、セカンドハンドを抱えた船員たちの姿は、単なる買い物客には見えなかった。
港に立ち並ぶ中古店は、彼らにとって“生活を運ぶ市場”そのものだったのだ。

積み込みを終えて船に戻っていく彼らの後ろ姿を見送りながら、私は思わず笑ってしまった。
「ずいぶん頼まれものが多いらしいな。これではまるで、“中古の百貨店”を船ごと運んでいるようだ」

そんなユーモラスな光景が、南国の陽射しの下で繰り広げられていた。


結び:セカンドハンドがもたらすもの

こうしてフィリピンの人々は、セカンドハンドを上手に取り入れ、生活を楽しんでいた。
タクシーの“円”のメーターも、港に浮かぶ中古船も、空を飛ぶ“中古バス”も、そして古着を抱える人々の笑顔も――どれもが日常の風景に溶け込み、この国の暮らしを支えていた。

それは単なる節約術ではなく、資源を無駄にせず活かす知恵だった。
「なるほど、これは資源の有効利用だな」
「地球にやさしい行いでもある」

私はそう実感した。

日本にいた頃には“古いもの”としか見ていなかった品々が、ここでは新たな命を与えられている。
人から人へ、国から国へと受け継がれ、再び役に立つ。
その姿は、まるで物たちが“第二の人生”を歩んでいるように見えた。

「セカンドハンドの文化は、実はとても尊いものかもしれない」

そう心に刻みながら、私はこの国の風景を見つめていた。
南国の強い陽射しに照らされた中古品の数々は、どこか誇らしげで、まるで自分の役割を知っているかのように輝いていた。

それは人々の暮らしの知恵であり、そして少しユーモラスな、この国ならではの景色でもあった。

思えば、街を走るタクシーやバスの“円”の表示も、港に眠る中古船の文字も、そして空に浮かんだ“中古バス”のような戦闘機も――どれもが「過去から受け継いだもの」だった。

それらは単なる古い品ではない。人々の生活を支え、ときに記憶を呼び起こし、思わず笑みを誘う存在でもある。

セカンドハンドは、ただの中古ではなかった。
「人の手から手へと渡り、命をつないでいくものなのだ」

私はそう強く感じながら、南国の陽射しに包まれた風景を見つめていた。

大人の両手が、錆びて少し色あせたハート形の金属を大切そうに包み込んでいる。古びた品が命をつないでいく象徴のように、南国の柔らかな光の中で静かに輝いている。

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