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まっすぐS2-1|助手席から始まるマニラ流タクシー学


南国の海を背景に、麦わらのような帽子をかぶった眼鏡の男性が甲板に座っている。背後には船が浮かび、デッキには観葉植物や救命用の浮き輪が並び、ゆったりとした旅のひとときが伝わる。

note版『酒井先生のまっすぐ手記』が本になりました!
これまで有料noteでは読みにくかった方も、気軽に手に取っていただけます。30年の時が経っているのに、今そこで起きているような体験をどうぞ。

🌏酒井先生のまっすぐ手記|旅で出会った、人と知恵とユーモア

1990年に歯学部を卒業し、長年にわたり歯科医師として地域医療に携わってきた酒井先生。そんな先生が、旅先で出会った人々との交流、異文化に触れて感じた驚きや学び――すべてを“まっすぐ”に綴った、ちょっとユーモラスで深みのある旅の手記です。

📘このnoteでは、Kindle書籍に未収録のエピソードを、note限定で先行公開しています。(一部は今後の増補版で収録予定です)

たとえば…
・異文化とのギャップに笑った出来事
・現地の人との心あたたまる交流
・歴史や社会制度へのちょっとした気づき

旅の中で先生が見つけた「人のあたたかさ」と「小さな学び」を、どうぞお楽しみください。

※1995年。酒井先生のフィリピン手記より

「助手席に座るのが安全策?」
フィリピンで暮らして初めて知った、ちょっと変わったタクシーの作法を記しておきたい。


🚕 なぜ助手席?マニラ流タクシーの作法

マニラで初めてタクシーに乗ったとき、私は非常に驚いた。
2人で乗ると、先輩が迷わず運転手の横に座ったのである。私は当然のように後部座席へ。

「まあ、そういうこともあるのだろう」――そのときは軽く受け止めていた。

ところが一人で乗るときでも、たいていの男性は迷わず運転手の横に腰を下ろすのだ。
「えっ、なんで?後ろの方が楽じゃないのか?」と最初は不思議でならなかった。

しかし何度か乗るうちに、私もいつしか自然と横へ滑り込むようになっていた。
まるで「横に座らないと、男じゃないぞ」と無言で言われているような雰囲気すらあった。



👀 防犯はシート位置から始まる!?

しばらくタクシーに乗っていて、ようやく気がついた。
この「運転手の横に座る」という習慣は、どうやら犯罪防止の工夫なのだという。

もしも怪しい方向へ走り出したときでも、横にいればすぐに「止めろ!」と声をかけられるし、場合によってはハンドルに手をかけて車を止めることもできる。
つまり、後部座席よりもずっと安全なのだ。

「なるほど、これは理にかなっている」
そう納得したとき、マニラという大都市ならではの現実を肌で感じた。

考えてみれば、夜の街を抜けるときなどは、不安を胸にじっと後ろで構えているより、横で運転手の動きを見張っている方が安心できる。
もちろん運転手には失礼かもしれないが、ここではそれが普通のマナーなのだろう。

「気づけば、私も立派に“横座り派”になっていたな」
そんな自分に苦笑しながら、異国の習慣というものの力強さを感じた。


💸 メーターが早い…運転手の“稼ぎ術”

マニラのタクシーには、他の街ではあまり見ない仕組みがあった。
運転手は車をオーナーから1日200ペソほどで借りる。ガソリンも自腹だ。まずはその分を上回って稼がないと生活が回らない。

まじめに働く人がほとんどだが、中には「どうにかして少しでも多く」と考える運転手もいる。代表的なのが、メーターの小細工である。

どうやっているのかは分からない。だが、料金が通常よりも早く上がっていく。
「おや、まだこんなに走っていないのに……」――そんな違和感に、横に座っていると余計に気づきやすい。メーターの数字の進み方が、妙にせわしないのだ。

「なるほど、ここでも横に座る意味があるのか」
そう思ったとき、私は思わず苦笑した。安全対策だけでなく、料金の“見張り”まで兼ねていたとは。


🌬 エアコン付きタクシー、でも冷えたのは財布

マニラでは、エアコン付きのタクシーも走っていた。普通の車よりは割高だったが、暑い街ではやはり魅力的に映る。

あるとき、5人でそのエアコンタクシーに乗った。目的地に着いたとき、メーターの表示は7ペソ。
「安いじゃないか」――そう思って支払いをしようとしたら、運転手が口を開いた。

「1人7ペソだ」

「なんだと!?」
私たちは抗議した。もちろん理屈は合わない。けれど運転手は首を振るばかりで、らちがあかない。結局35ペソを払うことになった。

「うーん、エアコン代ってそういうことか?」
妙な納得をしつつも、腑に落ちない気持ちが残った。

この一件以来、私は数人でタクシーに乗るときは必ず運転手に料金をたずねるようになった。言い値に振り回されるより、先に確認しておいた方がずっと気分がいい。マニラで暮らす中で身につけた、小さな知恵である。


✈️ 空港でまさかの遠回り事件

フィリピンに来て3〜4ヶ月が経った頃。イロイロへ帰るため、私は国内線の空港へ向かっていた。
車は順調に走っているように見えたので、「これなら安心だな」と胸をなでおろしていた。

ところが気づけば、国内線の建物を通り過ぎ、そのまま国際線の空港へと向かっている。

「おい、違うぞ!」
思わず声を上げると、運転手はバツが悪そうに苦笑いを浮かべ、Uターンしてくれた。

きっと私を観光客だと思ったのだろう。友人はあとで「遠回りして料金を稼ごうとしたんだ」と言った。なるほど、そう考えれば合点がいく。

この経験をきっかけに、私はタガログ語を覚える決心をした。
以後、タクシーに乗るときもバスに乗るときも、現地語で行き先を伝えるようにした。すると、遠回りされることもなくなった。

「やはり、言葉の力は絶大だ」
私はその実感を噛みしめた。異国で暮らす上で、これほど頼りになる“武器”はなかった。

マニラ国際空港の到着ゲート前で、セダン型のタクシーが客待ちをしている。青いシャツの男性が腕を組み、客を探すように立っている姿から、空港独特の緊張感と白タク文化の気配が漂う。

🚐 白タクとの“ちょっと怪しい”出会い

マニラ国際空港には、なぜか白タクが多かった。
タクシーが少ないわけではないのに、正規の車がなかなか来ないと、つい白タクに乗ってしまうことがある。

ある夜、私はワゴン型の白タクに乗ることになった。ホテルまでの料金はあらかじめ知っていたので、その2倍を提示して交渉成立。

「少し高いが、安心して目的地に着けるならそれでいい」
そう自分に言い聞かせた。

車内で運転手と話してみると、彼は昼間は普通の仕事をして、夜は白タクで副収入を得ているのだという。
「なるほど、そうしないと生活が回らないのか」
私は頷きながら聞いていた。経済事情を思えば、確かに納得できる話だった。

ただ、違法のはずの白タクに乗っている自分を思うと、どこか妙な感覚もあった。正規と非正規の境界が、日常の中では曖昧になっている――マニラの夜は、そんな現実を私に見せてくれた。


🛻 違法なのに生活必需品!?地方の白タク事情

地方都市カガヤンデオロの空港では、白タクが完全に交通の要を担っていた。
タクシーやバスといった公共交通はほとんどなく、飛行機から降りた客は迎えが来ていない限り、白タクに頼るしかないのだ。

私も1人15ペソで利用した。料金は割高に思えたが、目的地まできちんと送り届けてくれる。
「ここでは白タクは欠かせない存在なんだな」
そう感じた。

本来は違法のはずの白タクが、人々の生活に溶け込み、なくてはならないものになっている。
その現実を目の当たりにして、私は何とも言えない面白さを覚えた。ルールと日常の境界が、ここでは少し違って見えるのだ。

雑然とした市街地を、古いセダン型タクシーの列が進む。助手席に腰かけた男性が外を眺めており、マニラならではの「運転手の横に座る」習慣を感じさせる光景。人混みや看板に囲まれた街並みが熱気を伝える。

🚙 PUってなんだ?フィリピン限定の不思議カー

イロイロやダバオの町では、「PU」と呼ばれる小型の車がタクシー代わりに走っていた。
正式には「Philippine Utensil」の略だと言われていたが、本当に公式の名称だったかどうかは定かではない。日本語に直訳できる言葉も見当たらない。

人々は気軽に「ピーユー」と呼んでいた。
「タクシーとは少し違うんだよ」――そんなニュアンスが、この呼び名に込められているように感じた。

確かに、普通のタクシーよりも小回りが利き、道の混雑をひょいひょいと抜けていく。
「なるほど、これは便利だ」
そう頷きながら、私はPUに揺られていた。

どこか頼りない外見なのに、街の人々にとっては立派な足。そんな存在感が面白く、思わず笑みがこぼれた。


🏍 三輪の英雄、トライスクルの存在感

さらに田舎へ行くと、「トライスクル」が主役になる。
オートバイの横にサイドカーを連結し、その上に屋根をかぶせた三輪車だ。ちょうど警察のサイドカーに簡易の屋根をつけたような姿である。

一人で貸切にすることもできるが、その場合は少々割高になる。たいていは3〜5人で乗り合って使うのが普通だった。
マニラのような大都市でも見かけるが、地方では完全にタクシー代わりを務めていた。

「これはフィリピンの象徴だな」
私はそう感じた。

熱帯の木々が続く田舎道を、緑色のトライスクルが走っていく。運転席にはフィリピン人の男性、横のサイドカーには客を乗せるスペースがあり、庶民の足として力強く走る姿が印象的。

東南アジア各国でも見かける乗り物ではあるが、この国の生活にしっかり根づいている姿は格別に印象的だった。
頼もしさと素朴さが同居していて、思わず写真に収めたくなるような存在感があった。


🔚 結び:助手席から見えた“暮らしの知恵”

こうして振り返ってみると、マニラや地方のタクシー事情は、単なる移動手段以上のものだった。横に座るのが当たり前という独特の作法、メーターの不思議な動き、値段交渉の駆け引き……。

「なるほど、そう来るか」と苦笑するような体験だった。

やはり、異国で暮らすにはその土地の“流儀”がある。安全の知恵、したたかな工夫、そして人々の暮らしの息遣い――タクシーの座席から見えた景色は、どれも忘れがたい体験となった。


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