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子どもが美容院や爪切りで大騒ぎするのは、怖がりだからではない⁉️

こんにちは。ぴこぴこです。
私は小児の理学療法士をしているアラサーです。

子どもの爪を切ろうとしただけなのに、こちらが重大な裏切り行為でもしたみたいな顔をされる日があります。
美容院もそうです。
入店したときは平和です。笑顔すらあります。
親は一瞬だけ思います。
「今日、いけるかもしれない」
この期待、だいたいへし折られます。
首元に何かついた。
顔の近くで手が動く。
ハサミの音がする。
じっとしてと言われる。
そして始まる、全身を使った全力の「嫌です」。
親の頭の中は忙しいです。
「ごめん、美容師さん」
「ごめん、周りの人」
「いや、いちばん謝りたいのは私のメンタルかもしれない」
しかも、こういうときに限って店内は静かです。
静寂が、うちの子の泣き声を丁寧に反響させてきます。
でも、ここで最初にお伝えしたいことがあります。
爪切りや美容院で大騒ぎするのは、単純に怖がりだからだけではありません。
もちろん、怖さはあります。
でも私は、こういう場面を見るとき、「この子は何が怖いのか」だけではなく、「この子は何が予測できなくて、何から逃げにくくなっているのか」を見ます。
ここが見えると、子どもの反応は少し違って見えてきます。

大人にとっては数分でも、子どもには事件です

爪切りは短いです。
前髪カットも、うまくいけば数分で終わります。
大人から見ると、どちらも「ちょっとしたケア」です。
でも子どもにとっては、そうではないことがあります。
・何をされるのか、はっきり分からない
・どこを触られるのか分からない
・いつ終わるのか分からない
・音が急に来る
・嫌でもじっとしてと言われる

これが一度に来ます。
大人は、爪切りの流れを知っています。
美容院で何が起きるかも知っています。
でも子どもは、その場その場で起きることを、まだ細かく予測できません。
つまり、子ども側からすると、
あれは「短いケア」ではなく、「何が起きるか分からないまま、敏感な場所に刺激が来る時間」だったりします。
ここ、私はかなり大事だと思っています。
大人は「こんな短時間も無理なの?」と感じやすいです。
でも子どもは、「短いか長いか」より先に、見通しがあるかどうかでしんどさが変わります。

「痛くしてないのに泣く」は、普通に起こります

親御さんが戸惑うのはここだと思います。
強く引っ張ったわけではない。
怒っているわけでもない。
むしろ、かなり気をつかっている。
声もやわらかめ。表情もやわらかめ。心だけがギリギリです。
それなのに泣く。
怒る。
手を引っ込める。
頭を振る。
逃げる。

このとき、大人はつい理由を一つにまとめたくなります。
「この子、怖がりなんだな」
「我慢が苦手なのかな」
でも、私はこういう場面をもう少し細かく見たいです。
子どもの反応が大きいとき、原因も大きいとは限りません。
むしろ、きっかけは小さいのに、逃げにくいから反応が大きくなることがあります。

たとえば、
・何本切られるか分からない
・次にどの指が来るか分からない
・音が思ったより嫌
・手を押さえられる感じが不快
・顔の近くに人が来るのが苦手
・髪が首に落ちるのが気持ち悪い
こういうものが少しずつ積み重なって、最後に爆発することがあります。
だから私は、子どもが大騒ぎしたとき、「この子は怖がりだ」で終わらせるより、「この子にとって何が負荷だったのか」を分けて考えます。

音は、思っているより本体です

これはかなり見落とされやすいです。
爪切りの「パチン」
ハサミの「チョキチョキ」
バリカンの「ブーン」
ドライヤーの風の音

大人には背景音でも、子どもには主役級の刺激になっていることがあります。
音のやっかいなところは、避けにくいことです。
目なら閉じられます。
顔なら背けられます。
でも音は、空気ごと来ます。
しかも、音がした瞬間に体も触られると、子どもの中では
「何の音?」
「今なにされた?」
「次も来るの?」
が一気に起きます。
大人からすると、音は小さな要素に見えます。
でも子どもにとっては、そのちょっとした音が、全体をしんどくしていることがあります。
私はこういうとき、子どもの反応を「大げさ」とはあまり思いません。
大人が拾っていない刺激を、子どもがまっすぐ拾っているだけのこともあるからです。

体を固定されること自体が、かなり嫌なことがあります

これも大きいです。
爪切りは動くと危ないです。
美容院も頭を振ると危ないです。
だからどうしても、手や頭を押さえる場面が出てきます。
大人からすると、安全のために必要なことです。
これは本当にそうです。
でも子どもからすると、
「嫌だと思った瞬間に、自分で離れられない」というのはかなりつらいです。
ここで大事なのは、押さえることが悪いと言いたいわけではない、ということです。
安全のために必要な場面はあります。
ただ、子どもが嫌がっている中身を
「言うことを聞かない」だけでまとめると、ちょっと苦しいです。
もしかすると子どもは、反抗しているというより、
逃げたい体の反応を出しているのかもしれません。
この見方に変わるだけで、親の気持ちは少し変わります。
イライラがゼロにはならなくても、気持ちの余白ができます。

顔まわり、頭、手先は、ただでさえ敏感です

爪、指先、顔まわり、頭。
このあたりは、刺激を感じやすい場所です。
指先をつままれる。
耳の近くでハサミが動く。
髪の毛が首に落ちる。
顔の近くに大人の手が来る。
大人には平気でも、子どもにはかなり気になることがあります。
しかも、「嫌」の中身は痛みだけではありません。
痛くはない。
でも嫌。
気持ち悪い。
ぞわぞわする。
落ち着かない。
この痛くないけど不快は、大人でも説明しにくいです。
子どもならなおさらです。
だから私は、泣いたり嫌がったりしている子を見たとき、
「痛いの?」だけではなく、「不快なのはどこだろう」も考えます。
ここが見えると、親が感じる「そんなに嫌がるほどのこと?」が、
「これはこの子には嫌な条件がそろっていたのかもしれない」に少し変わります。

一回嫌だった記憶は、かなり残ります

これもよくあります。
一度、深爪っぽくなった。
一度、バリカンの音でびっくりした。
一度、押さえられてすごく嫌だった。
そのあとから、道具を見ただけで警戒する。
親としては、まだ何もしていないのでこう言いたくなります。
「まだ始まってませんけど?」と。
でも、子どもの中では始まっています。
前に嫌だった記憶は、理屈より先に体に残ることがあります。
つまり、その日の大騒ぎは、その日だけの問題ではないことがあります。
私はこういう場面を見ると、今の反応だけではなく、
この子の中で前回の続きが起きていないかも考えます。
子どもの反応は、今この瞬間だけで完結していないことがあります。

親がいちばんしんどいのは、周りの目と終わらせなきゃの板挟みです

ここは、育児をしている方ならかなり共感してもらえると思います。
子どもが嫌がる。
でもやらないといけない。
しかも周りの目がある。
そして自分も焦っている。
・早く終わらせたい
・でも無理やりはしたくない
・でも爪は伸びる
・髪は目に入る
・周りに迷惑をかけている気がする
・なんなら自分の関わり方まで怪しく思えてくる

この板挟み、しんどいです。
美容院だと特に、親の内心は忙しいです。
子どもには「大丈夫だよ」
美容師さんには「すみません」
自分の心には「はやく帰りたい」
この三者会談が頭の中で同時開催されます。
そしてなぜか、いちばん汗をかいているのは親です。
だからまず言いたいです。
あれは普通に疲れます。
親が削られるのは、気にしすぎだからではありません。
いろいろ同時に背負っているからです。

私はこういう場面で、「性格」より「条件」を見たいです

私は、子どもの反応を見たとき、できるだけ
「この子はこういう性格だから」だけでまとめたくありません。
もちろん性格の傾向はあります。
でも、性格だけで説明しようとすると、見えなくなるものがあります。
・音はどうだったか
・触られた場所はどこか
・終わりは見えていたか
・体勢はつらくなかったか
・その日は疲れていなかったか
・前回の嫌な記憶が重なっていないか
私は、こういう条件の重なりを見たいです。
なぜなら、性格でまとめると変えにくいですが、条件で考えると少し工夫ができるからです。
これは、親を責めないためでもあります。
「関わり方が悪かったのかな」と全部自分に返すより、
「今日はこの条件がきつかったのかもしれない」と見たほうが、次につながります。

では、どうしたら少し楽になるのか

①いきなり始めず、何をするかを小さく見せます

「爪を切るよ」より、
「この指から切るよ」
「あと3本だよ」
のほうが、子どもには分かりやすいことがあります。

美容院でも、
「今から髪の毛を水で濡らすよ」
「前髪を少し切るよ」
「音がするよ」
みたいに区切ると、未知が少し減ります。

②終わりを見せます

子どもは「いつ終わるか分からない」に弱いです。
「すぐ終わるよ」は大人の言葉です。
子どもにとってのすぐは、わりと伸びます。
なので、
・あと何本
・あと何回
・これで最後
みたいに、終わりが見えると少し違います。

③少しでも選べる部分を作ります

全部は無理でも、
・右手からか左手からか
・ママの膝か椅子か
・終わったらシールか絵本か
みたいに、小さく選べるだけで受け身の感じが減ることがあります。

④無理な日は、無理だと認めます

眠い。
疲れている。
外で頑張りすぎた。
もう機嫌の残高がない。
こういう日は、どんな工夫をしても難しいことがあります。
その日にうまくいかなかったからといって、全部失敗ではありません。
単純に、その日の条件が悪かっただけのこともあります。

最後に

爪切りや美容院で大騒ぎされると、親はけっこう削られます。
周りに気をつかって、子どもにも気をつかって、終わったころには親だけぐったり。
家に帰るころには子どもは意外と元気で、親だけ魂が少し薄くなっている。
あの感じ、ありますよね。
でも今日お伝えしたかったのは、
その大騒ぎは、単なる「怖がり」や「わがまま」だけではないかもしれない、ということです。

予測できない。
音がしんどい。
体を固定されるのが嫌。
敏感な場所を触られる。
終わりが見えない。
前回の嫌な記憶が残っている。
子どもの中では、いくつものことが同時に起きているかもしれません。
そう思えるだけで、「なんでこんなに嫌がるの?」
が、
「そりゃ嫌な条件がそろっていたのかもしれない」に少し変わります。

私は、育児のしんどさを、親の気合いや子どもの性格だけで片づけたくありません。
その場で何が起きていたのかを、もう少し細かく見たいです。
怖がりで終わらせない。
わがままで閉じない。
その間にあるものを言葉にしていく。

たぶん、そこが私なりの関わり方です。



他にも記事を楽しく書いています!
ぜひ、ご覧ください!!

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