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子どもの声を騒音と言った社会が、少子化に悩んでいる件について。

こんにちは。
私は小児の理学療法士をしているアラサーです。

少し前、こんなニュースを見ました。
保育園の建設に、近隣住民が反対した。
理由は、子どもの声がうるさいから。
同じ週に、別のニュースを見ました。
少子化が深刻だ。
子どもが増えない。
このままでは社会が維持できない。
私はその2つのニュースを見ながら、
しばらく画面を眺めていました。
笑えない冗談みたいだと思いました。

子どもの声を「騒音」と呼んだのは、誰ですか??
公園の近くに住んでいる人が言いました。
「子どもの声がうるさい」
マンションの住民が言いました。
「廊下を走る音が迷惑だ」
保育園の建設予定地の住民が言いました。
「子どもの声が聞こえてくるのは困る」
学校のそばに引っ越してきた人が言いました。
「運動会の音がひどい」
これ、全部実際に起きたことです。
ニュースになったことです。
私はこれを見るたびに、
静かに怒りが来ます。
子どもの声は、騒音じゃないです。
子どもが生きている音です。
子どもが育っている音です。
子どもが社会に存在している音です。
それを騒音と呼んだ社会が、
今、少子化に悩んでいます。
因果関係があると言い切ることはできないです。
でも、無関係だとも思えないです。

「子どもが嫌いなわけじゃない」という言い訳について。
公園の遊具撤去を求めた人たちは、
こう言うことがあります。
「子どもが嫌いなわけじゃない。
ただ、うるさいのが困るだけだ」
保育園建設に反対した人たちも、
こう言います。
「子どもが嫌いなわけじゃない。
ただ、生活環境が変わるのが嫌なだけだ」
なるほど。
子どもは嫌いじゃない。
でも、子どもの声は嫌だ。
子どもの存在は認めたい。
でも、子どもが近くにいるのは困る。
それは、
「あなたのことは好きだけど、
そこにいないでほしい」
と言っているのと同じです。
子どもは、声を出さずに育てません。
走らずに育てません。
泣かずに育てません。
動かずに育てません。
小児の理学療法士として断言します。
子どもが声を出すことも、
走り回ることも、
泣くことも、
全部発達に必要な行動です。
声を出すことで、
呼吸機能と発声機能が育ちます。
走り回ることで、
前庭感覚と固有感覚が育ちます。
泣くことで、
感情調節の練習をしています。
子どもが子どもらしくしていることを、
社会が「迷惑」と言い始めたとき、
子どもたちは何を学ぶと思いますか。
自分がいること自体が、
誰かの迷惑になるということです。

公園から遊具が消えていった。
私が子どもの頃にあった公園の遊具が、
今はなくなっています。
ジャングルジム。
回転する遊具。
高いすべり台。
危ないから撤去。
苦情が来たから撤去。
管理が大変だから撤去。
遊具が消えた公園には、
子どもも来なくなりました。
ベンチだけがある公園に、
子どもは集まりません。
当然です。
遊べない場所に、
子どもは行かないです。
で、子どもが来なくなった公園を見て、
「最近の子どもは外で遊ばない」と言います。
遊ぶ場所をなくしたのは、
誰ですか。
小児PTとして現場で見ていると、
外遊びの減少が子どもの発達に影響しています。
体幹が育ちにくくなっています。
バランス感覚が育ちにくくなっています。
感覚統合が育ちにくくなっています。
これは子どものせいじゃないです。
遊べる環境を奪った社会のせいです。

保育園が建てられない街で、子どもは増えません。
保育園の建設に反対する声が上がります。
「子どもの声がうるさくなる」
「送り迎えの車で道が混む」
「雰囲気が変わる」
その結果、保育園が作れない地域があります。
保育園がなければ、
子どもを預けて働けない親御さんが増えます。
働けなければ、
収入が下がります。
収入が下がれば、
子どもをもう一人産もうという選択肢が遠のきます。
そして少子化が進みます。
保育園を建てさせなかった社会が、
少子化対策として何千億円もの予算を組みます。
私にはよくわからないです。
本当によくわからないです。

子どもを「迷惑な存在」にしてきた社会の話。
電車の中で赤ちゃんが泣きます。
親御さんは必死にあやします。
周りの視線が刺さります。
肩身が狭くなります。
ベビーカーで電車に乗ります。
場所を取ると思われます。
邪魔そうにされます。
「たたんで乗れ」と言われることがあります。
子連れでレストランに行きます。
「お子様連れはご遠慮ください」という店があります。
入れた店でも、
周りの目が気になります。
子どもを産んだ親御さんが、
社会に出るたびに肩身の狭い思いをします。
これが積み重なると、
何が起きるか。
子どもを外に連れ出すのが怖くなります。
人目を気にして家に引きこもりやすくなります。
育児が孤立します。
孤立した育児は、
親御さんのメンタルを削ります。
メンタルが削られた状態で、
もう一人産もうとは思いにくいです。
少子化の原因のひとつは、
子どもを持つことへの経済的な問題だと言われます。
それは本当のことです。
でも同時に、
子どもを社会に連れ出すことへの
心理的なハードルも関係していると思っています。
子どもを産んだら、
迷惑をかけ続ける存在になる。
その感覚が、
産む選択を遠ざけていることがあります。

小児PTとして、現場から言いたいこと。
子どもの声がうるさいという苦情が来る社会で、
子どもの発達支援をしています。
現場で感じることがあります。
子どもたちは、
大人が思っている以上に、
社会の空気を読んでいます。
電車の中で泣いた後、
親御さんに強く怒られた経験がある子は、
「泣いてはいけない」を学びます。
公園で走り回って、
大人に怒られた経験がある子は、
「動いてはいけない」を学びます。
外で声を出したら、
周りに睨まれた経験がある子は、
「自分を出してはいけない」を学びます。
感情を出すことへの抑制。
動くことへの抑制。
声を出すことへの抑制。
これは、
子どもの発達に直接影響します。
感情調節の発達が歪みます。
感覚統合の育ちが遅くなります。
自己表現の力が育ちにくくなります。
子どもの声を騒音と言い続けた結果、
子どもたちは自分を抑えることを覚えます。
その子どもたちが大人になったとき、
どんな社会ができるか。
私には、少し怖い未来に見えます。

「子どもに優しい社会」は、全員に優しい社会です。
ここで一つだけ言いたいことがあります。
子どもに優しい社会は、
子どものためだけじゃないです。
子どもに優しい社会は、
育児をしている親御さんにも優しい。
育児をしている親御さんに優しい社会は、
働く人にも優しい。
働く人に優しい社会は、
お年寄りにも障害がある人にも優しい。
子どもの声を受け入れられる社会は、
人間が人間らしくいられる社会です。
子どもの声を騒音と言った瞬間、
社会は「効率」と「静けさ」を「人間の存在」より優先し始めます。
それは子どもだけの問題じゃないです。

最後に
子どもの声を騒音と言った社会が、
少子化に悩んでいます。
私はこの状況を、
皮肉だと思っています。
でも怒りだけで終わりたくないので、
最後に一つだけ言います。
子どもの声が聞こえる社会は、
子どもが生きている社会です。
泣き声が聞こえる電車は、
命が乗っている電車です。
走り回る音がする公園は、
発達が育まれている公園です。
建設中の保育園の近くに住むことは、
子どもが育つ社会に参加することです。
うるさいと思う日もあると思います。
それは正直な感覚だと思います。
でも、そのうるささは、
社会が生きている証拠でもあります。
子どもの声が聞こえなくなった社会が、
どんな社会になるか。
それが今、
少しずつ見え始めているような気がしています。
今日も子どもと一緒に、
うるさく生きている皆さんへ。
そのうるささは、
社会にとって必要なものです。

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