育児でいちばんしんどいのは、社会から取り残されるあの感じ
こんにちは。ぴこぴこです。
私は小児の理学療法士をしているアラサーです。
今回は、育児経験のある方なら経験したことがあるであろうあの「虚無感」について書いてみます。
育児をしていると、寝不足もしんどいです。自分の時間がないのもしんどいです。予定通りにいかないのもしんどいです。
でも、いちばん地味に効いてくるのは、そこじゃない気がしています。
私はむしろ、「社会に取り残されている感じ」がかなりきついです。
朝から子どものことをしているだけで、もう昼です。
ごはんを食べさせて、こぼしたものを拭いて、着替えさせて、ぐずったらなだめて、やっと座れたと思ったらまた呼ばれる。何もしていないわけではないです。むしろ、ずっと何かしています。ずっと誰かのために動いています。
なのに、一日の終わりに残るのは、「今日も頑張ったな」ではなくて、「私、今日なにしてたんだっけ」という、あの変なむなしさだったりします。
これが結構つらいです。
仕事なら、終わったものが見えます。返したメール、終わった会議、提出したもの、給料日。ちゃんと「今日はここまで進みました」があります。
でも育児って、それが見えにくいです。
昨日やっと落ち着いたことが、今日はまたほどけます。寝かしつけたと思ったら起きます。機嫌が直ったと思ったら、また泣きます。食べたと思ったら、次の瞬間には床です。
こっちは朝からかなり本気でやっているのに、成果だけがうまく形にならない。ここがしんどいのだと思います。
しかも、スマホを見ると余計にきます。
誰かは働いていて、誰かはランチに行っていて、誰かは勉強していて、誰かは新しいことを始めている。
その一方で自分は、子どもが昼寝を30分で切り上げるか2時間寝るかで、今日の予定が全部変わる。
なんというか、自分だけ別の世界にいる感じがするのです。
世の中はちゃんと進んでいるのに、自分だけ同じ場所をぐるぐるしているような、あの感じです。
でも、本当は同じ場所をぐるぐるしているわけではないのだと思います。
ここは、きれいごとではなく、ちゃんとそう思います。
育児でやっていることは、目立たないだけで、かなり大事です。
泣いた子を落ち着かせること。眠いのに眠れない子に付き合うこと。食べたくないに向き合うこと。不機嫌な空気を受け止めること。毎日同じようなことを、何回でもやること。
こういうのって、派手ではないです。褒められにくいです。数字にもなりません。
でも、子どもが安心して生きていくためには、たぶんこういう時間が必要です。
だから、育児中に社会に取り残されたように感じるのは、自分が止まっているからではないのだと思います。
ただ、社会がわかりやすく褒めるものと、いま自分が必死でやっていることが、ちょっと違うだけです。
世の中は、速いとか、すごいとか、目に見えるものを拾うのが得意です。でも育児は、静かで、細かくて、見えにくいことの連続です。
そこがつらいし、報われにくく感じる理由なのだと思います。
もちろん、そう頭でわかっても、しんどい日はしんどいです。
子どもは待ってくれませんし、家のことも止まりませんし、寝不足の頭で前向きに考えるのは普通に無理です。
「大事なことをしている」なんて言われても、今日はそんなこと思えません、という日も全然あります。
でも、それでも、「私、今日なにもできなかったな」で終わるより、「今日も見えにくいけど必要なことはしていたな」と思えたほうが、少しだけ救われます。
育児をしていると、社会から遠くなった感じがする日があります。
友達の予定がまぶしく見える日もあります。
取り残されたような気持ちになる日もあります。
でも、本当に置いていかれているわけではないのだと思います。
いまいる場所が、拍手が起きにくいだけです。目立ちにくいだけです。
でも、誰かが育っていくためには、たぶんこういう時間がいちばん近くで必要なのだと思います。
だから今日は、何か大きなことができなくても、それで十分です。
食べさせた。眠らせた。泣いたのを受け止めた。なんとか今日を終わらせた。
それだけで、もうかなりやっています。
育児でいちばんしんどいのは、寝不足より「社会に取り残される感じ」でした。
でも今は、そのしんどさの正体が少しわかる気がしています。
私は止まっているわけじゃない。ただ、目立たない場所で、すごく地味で、でも大事なことをしている。
そう思えるだけで、同じ一日でも少しだけ息がしやすくなります。
世の中から遠くなったように見えるこの時間も、たぶん誰かが安心して大きくなるためには、ちゃんと必要な時間なのだと思います。
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