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育休は休みじゃねえから!!!

こんにちは。ぴこぴこです。
私は小児の理学療法士をしているアラサーです。

今日は、育児をしている方なら一度は心の中でつぶやいたことがあるかもしれないことについて書きます。

育休は、休みじゃねえから!!


この言葉、少し強く聞こえるかもしれません。
でも私は、これは大げさな言い方ではなくて、かなり生活に近い言葉だと思っています。
制度としては「休業」です。
仕事を休む期間、という意味ではその通りです。
ただ、実際に起きていることは、
何もせず休むことではなく、
終わりの見えない対応が始まることです。
しかもそれは、勤務表もなければ休憩時間もなく、引き継ぎも曖昧で、相手は容赦ありません。
新生児、遠慮がありません。かわいい顔で、生活リズムをまるごと狂わしてきます。
家にいるのに、全然休めない
育休が「休みに見えやすい」のは、外から見える情報が少ないからだと思います。
家にいる。
通勤していない。
スーツも着ていない。
平日の昼間に家にいるように見える。
この見た目だけ切り取ると、
「少しはゆっくりできるのでは?」
と思われやすいです。
でも実際は、かなり違います。
抱っこ。授乳。ミルク。おむつ。寝かしつけ。
寝たと思って座った瞬間に泣く。
やっと温かい飲み物を入れたのに、気づいたら冷めている。
ごはんは食事というより隙を見て流し込む行為になる。
トイレすら「今いけるか?」の見極めが必要です。
大人にとっては数分のことでも、その数分が一日に何十回も積み重なると、ちゃんと疲れます。
しかも育児のしんどさは、重たい作業が一発くる感じではありません。
細かい仕事が、ずっと途切れず飛んでくる感じです。
これ、地味に見えてかなり削られます。
しんどいのは、量だけじゃなくて「読めなさ」です
ここがとても大事だと思っています。
育休が大変なのは、やることが多いからだけではありません。
先が読めないことが、かなり大きいです。
何時に寝るか分からない。
どのくらい寝るか分からない。
今日は機嫌がいいのか、なぜかずっと抱っこなのか分からない。
昨日うまくいった方法が、今日は通用しないこともある。
大人は、見通しがあるだけでだいぶ楽になります。
逆に、見通しが立たない状態は、それだけで心も体もすり減ります。

私は小児の理学療法士として親御さんと関わる中で、
「この方が弱いからしんどい」のではなく、
生活の条件そのものがきついと感じる場面を何度も見てきました。
睡眠が細切れになる。
自分のペースで動けない。
泣き声にずっと反応し続ける。
気持ちが休まる前に次の対応が来る。
それでも家のことも回っている前提になりやすい。
これで余裕がなくなるのは、気合い不足でも性格の問題でもありません。
かなり自然なことです。
「子どもはかわいい」と「しんどい」が両立します
ここ、ものすごく大事です。

育児の話になると、時々
「でも子どもはかわいいでしょう?」
という空気が入ってきます。
もちろん、かわいいです。
本当にかわいいです。
でも、かわいいことと、しんどいことは普通に両立します。
むしろ、ちゃんと大事にしているからこそ、しんどいのだと思います。
雑に扱えない。放っておけない。気になる。気づいてしまう。
だから反応するし、頑張るし、消耗もします。
これは親の愛情が足りない話ではなく、
愛情がある人ほど起こりやすい消耗でもあります。

「休ませてもらってるんでしょ?」が苦しい

育休中のつらさは、実際の負荷だけではありません。
その負荷が見えにくいこともしんどさになります。
本当はギリギリなのに、
「家にいるんでしょ」
「仕事よりは楽じゃない?」
「赤ちゃんと一緒にいられて幸せだよね」
と言われることがあります。
言った側は悪気がないことも多いです。
でも、悪気がない言葉ほど、静かに刺さります。
なぜならそこには、
大変さが見えていない
というズレがあるからです。
育休中に欲しいのは、立派な正論より、
「それは疲れるよね」
「今日もよく回しましたね」
みたいな、生活に合った寄り添いや理解だったりします。
今、何が起きていて、どこが大変なのかを、誰かにちゃんと見てもらえているという感覚で少し救われることがあります。

私が小児の理学療法士として見てきて思うこと

ここからは、私が現場で感じてきたことです。
親御さんの困りごとは、表面上は
「最近イライラしてしまいます」
「余裕がなくて優しくできません」
「何でこんなにしんどいのか分かりません」
という言葉で出てくることがあります。
でも、少し掘り下げると、そこには
寝不足。
一人で抱えている時間の長さ。
頼り方が分からないこと。
自分の時間がほぼないこと。
ずっと気を張っていること。
こういう、かなり具体的な条件が並んでいることが多いです。
つまり、困りごとの正体は
「親として未熟だから」ではなく、
生活の負荷が高すぎることだったりします。
私はここを、もっと普通に言葉にしていいと思っています。
育休は休みじゃない。
それは「不満を言いたい」という話ではなく、
負荷を正しく見たいという話です。
見立てを間違えると、必要なのが支援なのに、根性論が出てきます。
それは違うだろ‼️と思うのです。
少し楽になるために必要なのは、気合いより「構造」です。
育児をしていると、つい自分を責めてしまうことがあります。
部屋が散らかる。
ごはんが適当になる。
ずっと眠い。
すぐイライラする。
なんでわからないけど涙が出る。
でもそのとき、
「自分はだめだ」となる前に、一回だけ立ち止まって見てほしいです。
それは性格の問題ではなく、
睡眠不足とタスク過多で脳の空き容量がなくなっているだけかもしれません。
スマホでも、アプリを開きすぎると固まります。
人間はもっと複雑なので、そりゃ固まります。
だから、必要なのは気合いを足すことより、
少しでも負荷を減らす工夫です。
全部をちゃんとやる、ではなくて
今日は何を捨てるか。
誰に何を頼むか。
どこを省略しても生活が壊れないか。
育児中は、完璧さより持続可能性のほうが大事だと思います。

最後に

育休は休みじゃねえから。
私はこの言葉を、強い主張としてより、生活の実感に近い言葉として受け取っています。
家にいることと、休めていることは違います。
仕事を休んでいることと、負荷が軽いことも違います。
そして何より、
今日一日を回しただけで、本当はかなりすごいです。
大きな成果は見えにくいかもしれません。
特別な表彰もありません。
でも、誰かの命と生活を今日も止めずに回している。
それは、立派な仕事です。
しかもかなりの重労働です。
だからせめて、言葉だけでも正しくしておきたいです。

育休は、休みじゃない。
少なくとも、のんびり休める時間のことではありません。

今日もなんとか回している人に、
それだけで十分すごいと伝わる社会になっていくこと私は願いたいと思います。

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