なぜnoteを書くのか?

noteを書く理由がみんな同じならば、「noteはこうあるべきだ!」という意見は収斂していくだろう。だが、noteを書く理由やモチベーションはひとりひとり異なる。
収益を上げることが目的ならば、収益の上がる書き方をすることが正解であり、いくら読まれても100円の収益さえないならばその人は失敗していることになる。
逆に読まれることを目的とするならば、いくら収益を上げても、コメントや感想という反応が1つもなければ、その人は失敗していることになる。
そのほか、コメントのやり取りという交流を主な目的とするならば、相手に自らコメントを書いたり、相手からコメントが得られなければ失敗だ。
このように、同じ結果であったとしても、自分の目的と合致しない限り、失敗は失敗だ。現状を肯定的にとらえたいならば、今、達成できていることを目的に変えればいい。
noteを始める前から、きちんとした目的があり、それに向かって邁進しているならば、手段は変えても目的を変える必要はない。一直線に目的を達成することはできないかもしれないが目的に向かって試行錯誤を繰り返す。自分の理想に近い人がいるならば、模倣してみればいい。
だが、私のように、たまたまnoteを始めた者にとっては、最初から目的と呼べるようなものはない。ただ書くことが好きで、日々思ったことや考えたことを書いているだけだから、目的の内容も日々変わっていく。
考えてみれば、「noteを書くのに理由がなければならない」というのは、noteを書いている人のマインドセットに過ぎない。
書くことが好きだから書く。自分自身のために書く。そして、書いているうちにまた別なテーマで書きたいと思えることが見つかったならば、それだけでnoteをしている理由になっているだろう。
その中で、自分の書いたものに対して反応を示してくれる人が現れるなら、新たな記事を書こうというモチベーションが生まれる。
日記を書くなら、自分ひとりしか読まないものだから、どんなに意志が強くても書かなくてもいいかぁ、となりやすい。だが、noteなら毎日ではなくても、反応があることもあるから、その点で日記より続きやすいだろう。
目的があるから書くのではなく、書いているから目的が見える。
あなたはなぜnoteを書いていますか?
目的があることは良いことですが、最初は目的なんてなくてもいい。書いているうちに目的は見つかってくる。
走る前から目的を考えていたら走り出すことはできない。走っているうちに、もっと速く走りたい、もっと長く走りたい、もっと楽しく走りたいという目的が見えてくるのが自然な流れなのではないかな、と思ったりする。


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