エスファハニのバッハ 平均律クラヴィーア曲集第1巻

今晩は、ハイペリオン・レーベルから8月29日にリリースされた、マハン・エスファハニのJ.S.バッハ作曲平均律クラヴィーア曲集第1巻を聴きます。
また平均律。このnote(ブログ)で平均律のことを書いたのは
アントン・メヒアス(https://picolist.hateblo.jp/entry/2025/04/15/220301)
アーロン・ピルサン(https://note.com/picolist/n/nb32897c67880)
鈴木優人(https://note.com/picolist/n/n9218c17a2d89)
クリストファー・オライリー(https://note.com/picolist/n/n56be444d72ac)。
エスファハニで5人目になりますね、好きなのね、この曲集が、私。
何が惹きつけるんでしょうね、私自身はピアノもチェンバロも弾かないんですが、以前midiに凝っていたときは平均律を1曲ずつ打ち込んで歴史的なチェンバロのサンプラー使って遊んでいたことがあります。ちゃんと鍵盤を上げると、あのガチャって音も入るのですよ。
さて、マハン・エスファハニはちょっと異色の経歴。1984年にイランのテヘランで生まれて、アメリカで育ってスタンフォード大学で音楽学と歴史を専攻。ボストンでコレペティもやっていたみたい。ボストンでピーター・ウォッチョーンっていう人にチェンバロを習って、プラハでズザナ・ルージチコヴァに師事しています。
一時はドイツ・グラモフォンからゴールドベルク変奏曲を出したりしていましたが、今はハイペリオン・レーベルでバッハのシリーズをずっとリリースしてきていますね。
今のチェンバロ奏者って古楽の流れの方が多いですよね。ヨーロッパの古楽の音楽院、バーゼル・スコラ・カントルムとか、ハーグ王立音楽院とか、歴史的演奏の名門から出ている人が多いかな。それから師事した人もレオンハルトやトン・コープマンなどの古楽の始祖みたいな人に習ってアーノンクールとかの影響受けて、HIPにどっぷりハマってるチェンバロ奏者が多いと思います。
エスファハニはそこがちょっと違ってて、ボストンでチェンバロを始めて、チェコに行ってルージチコヴァに習っている。彼女のバッハ全集を持っていますが、HIPの前の世代ですよね。今聴くとちょっと古楽とは違います。ルージチコヴァは近代から現代のチェンバロ曲もレパートリーに入れていて、そこもエスファハニは影響を受けています。そう言えばレオンハルトもコープマンも近代とか現代のチェンバロ曲は弾きませんでしたね。
このアルバムの解説はエスファハニ自身が書いていて、それを読むと、彼のバッハに対する姿勢が見えてきます。平均律クラヴィーア曲集は教育的な作品でありながらも、ただの練習曲としてではなく、一つ一つのプレリュードとフーガの集まりであると同時に、全体で統一感を持った巨大な作品と捉えています。
それからバッハの対位法を、単なる数学的・音響的な技術の結晶と言うだけではなく、内面の緊張とドラマを生み出すための手段であるとも言っています。
そしてこの曲集を理解するには、単なる知識(scientia)にとどまらず、その意味を掘り下げる叡智(sapientia)が必要であり、そこにこそ人を動かし、人生に影響を与える力が宿っていると述べています。
さて聞いてみましょう。
まずは素晴らしい録音!ハイペリオンのチェンバロの録音って初めて聞いたような気がしますが、クリアでありながら明るく、そして柔らかい。金属的な音があまりしません。
第1番の前奏曲も純正な響きが美しく、タッチがとても綺麗。テンポの変化はとても繊細。フーガはゆっくりと始まり微妙にアゴーギクを揺らしつつ進みます。特徴的なのは終わり方。多くの曲でかなりリタルダンドを強くかけて終了しますね。
それから時にスタッカートを使ったり、逆にたっぷりレガートを使ったりタッチに変化をつけて弾いていきます。それからアルペジオが非常に美しい。均等だからでしょうか、まるでハープのような美しさ。
ただ、今まで聞いてきたHIP系のチェンバロ演奏とはちょっと違う。むしろ、この前聞いて感心した、オライリーのピアノ演奏に近い。あそこまではいかないけれど、グールドっぽいところもあります。要はヨーロッパの古楽系のように、修辞学的に小さなパッセージで区切るような、喋るような弾き方ではなく、もっと息が長いフレーズ、ピアノで演奏するような現代的なフレーズ感が感じられるんです。
テンポはどちらかというと全体的にゆったりした演奏が多いですが、本人も書いているように、全体を大きな作品として捉えているようで、各曲のテンポが大きな流れを考えて設定されているように感じます。
使用している楽器は、ヨハン・ハインリヒ・ハラスが1710年頃に製作したもので、テューリンゲン州ゾンダースハウゼンの城館博物館に所蔵されているもの。かつてバッハが所有し、長男のヴィルヘルム・フリーデマン・バッハに譲られたものであると考えられているそうです。とても300年以上も経っているとは思えない美しく落ち着いた音色の楽器。いつまでも聴いていたくなる音色です。そして時にリュート・ストップも使ったり、音色を変化させていて全く飽きさせません。
調律は何を使っているかは明記されていませんが、バッハはその日の音楽に最も相応しい調律、既存のものだけではなく、即興的に新しい調律を自分で施していたかも、とこのアルバムのチェンバロの調律師が書いています。もちろん不均等律。a=415かな。耳を澄ませて微妙な調性による音色の違いを楽しめますね。
確かにこの演奏は他のチェンバリスト、レオンハルトやコープマン、そして現代のクリストフ・ルセやシュタイアー、あるいはジャン・ロンドーやジュスタン・テイラーなどの若手とも違う。むしろ一世代前のルージチコヴァやカール・リヒターとか、もっと古いカークパトリックとかさらに遡ってワンダ・ランドフスカまで繋がっているような気もします。
1980年代にオリジナル楽器を使った古楽、HIP、Historically Informed Performanceのムーヴメントが始まって、ブリュッヘンとかレオンハルトが新たな表現方法を追求し、それが広まっていった結果、ランドフスカから続いていた20世紀のチェンバロ奏法の伝統が途切れたように感じますが、ルージチコヴァを通して、エスファハニの演奏の中にそれが生き残っているような気がします。ルージチコヴァの演奏は今聴くと録音だけでなく、やや古めかしいのですが、エスファハニの演奏はそんな彼女の音楽性を現代的に引き継いだ感じかな。
私などは若い頃、カール・リヒターの演奏でバッハのチェンバロ曲を覚えていきましたから、実はこのエスファハニの演奏は実に心地よく聞こえます。そこには物凄い奇才・鬼才的な解釈とかはないけれど、何だかとても安心して聴けるのです。
そしてこの曲全体が、第1番のプレリュードの巨大な変奏曲である、という解釈であると。そのために全曲が終わった後に、もう一度主題、第1番のプレリュードを弾いておわります。このアイディアは面白いですね。平均律第1巻全体が、まるでゴールドベルク変奏曲のようなまとまりのある大きな変奏曲であるという解釈。
何度聴いても平均律クラヴィーア曲集は素晴らしい。そこには演奏者によってそれぞれ違う宇宙が広がっています。また新しい解釈に触れられたことの喜びはとても大きいです。
録音場所:ロートン(エセックス州)聖ヨハネ教会
録音日:2024年5月1日、2日、6日、8日
録音エンジニア:デイヴィッド・ヒニット
録音プロデューサー:マーク・ブラウン
チェンバロ技術者:サイモン・ニール
ブックレット編集:トッド・ハリス
エグゼクティブ・プロデューサー:サイモン・ペリー
表紙イラスト:フランツ・クサーヴァー・メッサーシュミット(1736–1783)による「キャラクター・ヘッド」(1770–83)
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