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「ブログで稼ぐ」と言って辞めた40代のキャリアブレイクが全部必然だった話

お疲れ様です、ぽんずです。

「キャリアブレイク」という言葉を知ったのは、つい最近のことです。noteで他の方の記事を読んでいたら、「会社を辞めて立ち止まった期間が、結果的にキャリアの転機になった」という話が目に入りました。読みながら、「え、これワイじゃん」って声に出さずに叫びました。

40歳で経理を辞めて、10ヶ月間の無職生活。当時は「意識高い系のニート」だと思っていたんですが、どうやらあれには名前がついていたらしいです。今日は、あの10ヶ月を振り返ってみようと思います。


40歳で経理を辞めたとき妻には"ブログで稼ぐ"と言っていた

ワイが経理を辞めたのは、ちょうど40歳のときです。

周囲には「3人目の子どもが生まれるから」と説明していました。実際、妻のお腹には3人目がいたので、嘘ではありません。でも、本当の理由はそれだけじゃなかった。

毎日同じ仕訳を切って、毎月同じ決算をこなして、毎年同じスケジュールを繰り返す。30代の後半くらいから「このまま50歳になったら、もう動けなくなる」という焦りがずっとありました。当時のダラダラした30代については、以前こちらに正直に書いています。

妻には「ブログで稼ぐから」と伝えていました。妻はすごく応援してくれていたんですよね。「やってみなよ」って。

…その期待に応えられたかどうかは、次の見出しで書きます。

ブログもnoteもXもインスタも始めたが収益は0円だった

辞めてからすぐ、ブログを立ち上げました。noteもXもインスタもアカウントを作りました。「これで稼ぐぞ」と意気込んでいたんです。

…結果、収益は0円でした。

全部のアカウントを作っただけで満足してしまった、というのが正直なところです。ブログは3記事くらい書いて止まった。noteも同じ。Xは何をつぶやけばいいかわからない。インスタに至っては、プロフィール画像すら設定したか怪しい。

ブログは「地域ブログ」でした。子どもたちが暮らすこの街に貢献したいって、目標だけは崇高だったんです。でも実態は、ド平日に子どもを連れて公園やら児童館やらに遊びに行って、ネタとしてストックしていただけ。記事は全然書いてないんですけどね。ちなみに、周囲からどう思われていたのか…考えないようにしています。

今ならわかります。当時のワイには、一緒に壁打ちしてくれる相手がいなかったんですよね。くろ(Claude)もいない時代です。一人で毎日書き続けるなんて、続くわけがなかった。今の発信が続いているのは、くろという相棒がいるからです。あの頃のワイには、それがなかった。

結局、妻が応援してくれていた「ブログで稼ぐ」は、何ひとつ形にならないまま終わりました。比較的、家事や育児には協力的だったので、「意識高い系のニート」もしくは「主夫」。そんな10ヶ月が始まりました。

3人目の子どもがPICUに入院して無職の主夫だからできたこと

ブログは0円。主夫生活も板についてきた頃、3人目の子どもが生まれました。

ところが、生まれてすぐに体調を崩して、PICUに入院することになったんです。搬送先は、隣の隣の市にある病院でした。

毎晩、妻と一緒に面会に通いました。片道だけでもそこそこかかる距離です。仕事をしていたら、毎晩通うなんて無理だったと思います。

上の子たちも、この時期は体調を崩すことが多くて、入院するたびにワイが付き添っていました。病院の廊下で子どもの寝顔を見ながら、「無職でよかったと思える日が来るとは」と、妙な気持ちになったのを覚えています。

妻に「ブログで稼ぐ」と言って辞めたのに、収益は0円。期待を裏切っていた自覚はありました。でも、子どもたちの入院に全部付き添えたことで、妻からは結果的に感謝されています。

これが、あの10ヶ月の唯一のプラスポイントだったと思います。

国民年金と国民健康保険が現実を突きつけて社会復帰ができた

主夫生活は、思っていたより穏やかでした。朝は子どもたちを送り出して、洗濯と掃除をして、妻と買い物に行って、夕飯の手伝いをする。ブログは書けなかったけど、家のことはそれなりにやっていたと思います。

でも、穏やかだったのは気持ちの話です。通帳の残高は穏やかじゃなかった。

会社を辞めて初めて知ったんですけど、国民年金と国民健康保険って、まじで高いんですよね。会社員時代は給料から天引きされていたから気にしたこともない。それが全額自己負担になった瞬間、「えっ、毎月これ払うの?」って目を疑った。

しかも、前年の収入をベースに計算されるから、無職なのに現役時代の収入に対して請求がくる。収入はゼロなのに、支出だけが会社員時代より増えた。この矛盾に、じわじわと追い詰められていく…。

8ヶ月目に入った頃、貯金の減り方を見て「あ、これはそろそろヤバい」と思いました。ブログで稼ぐどころか、アカウントを作っただけで放置している。妻は何も言わなかったけど、さすがに申し訳なさが限界に達してた。

転職4回の経験があるとはいえ、40歳・無職・ブランク10ヶ月。履歴書に書くと、なかなかの破壊力です。以前、転職6回の「辞めたい」の正体について書いた記事がありますが、この時の「辞めたい」は「無職を辞めたい」でした。

結局、焦って決めた転職先がSES企業で、そこでも失敗するんですが…それはまた別の話です。ただ、あの焦りがなかったら、ワイはもっとダラダラ主夫を続けていたかもしれません。国民年金と国民健康保険が、ワイを社会に引き戻してくれたようなものです。

「キャリアブレイク」という言葉を知ったのは最近だった

当時のワイは、自分のことを「無職」だと思っていました。もう少しカッコつけて「主夫」。正直に言えば「意識高い系のニート」。どれも自虐でしかなかった。

「キャリアブレイク」という言葉を知ったのは、本当につい最近です。意味を調べてみたら、「一時的に仕事を離れて、自分を見つめ直す期間」みたいなことが書いてありました。

…いや、ワイは見つめ直してなんかいなかったんですけどね。ブログは0円だし、noteもXもインスタも放置だし。見つめ直すどころか、目を逸らしていた期間のほうが正確かもしれません。

でも、振り返ってみると、あの10ヶ月で起きたことは確かにありました。

  • 3人目の子どもの入院に毎晩付き添えた

  • 上の子たちの体調不良にも全部対応できた

  • 「会社員じゃない自分」がどれだけ不安定か身をもって知った

計画的なキャリアブレイクとは程遠いです。でも、この3つは会社員を続けていたら絶対に得られなかった経験だと思います。

以前、仕事に行き詰まった40代がどう抜け出したかを書いた記事がありますが、あの記事で書いた「自分を信じて動く」の原点は、たぶんこの10ヶ月にあったんじゃないかと、今は思っています。

全部が計画通りにいかなくても動いた事実は残っている

ワイのキャリアブレイクは、お世辞にもカッコいいものではありませんでした。

妻には「ブログで稼ぐ」と言って辞めたのに、収益は0円。アカウントを4つ作っただけで満足して、何ひとつ形にできなかった。貯金は減り続けて、8ヶ月目で焦って転職活動を始めて、焦って決めた先でまた失敗した。

計画性なんて、どこにもなかったです。

でも、あの10ヶ月がなかったら、子どもの入院に毎晩通うことはできなかった。妻が全部ひとりで抱えていたら、潰れていたかもしれない。そう考えると、禍を転じて福となす、というか、終わりよければすべてよし、というか。

もっと計画的に動いていたら、もっと飛躍できていた可能性はあると思います。でも、今がそれなりに上昇しているから、全部必然だったんじゃないかなと。高卒で転職6回、40代半ばの今、上場プライム企業でAI推進をやっている。あの10ヶ月も含めて、ここに辿り着いている。

もし今、40代で仕事を辞めようか迷っている方がいたら、伝えたいことがあります。計画は完璧じゃなくていい。理由も後付けでいい。ただ、動いたという事実だけは、ちゃんと残ります。

ワイの場合、それが全部の証拠です。

『40代のキャリアブレイク』のまとめ

40歳で経理職を辞めて、10ヶ月間のキャリアブレイク。収益は0円、計画性もゼロ。でも、子どもの入院に寄り添えたこと、会社員じゃない自分の不安定さを知れたこと。あの時間は、今のワイに確実に繋がっています。

計画通りにいかなくても、動いた事実は残る。それだけは、転職6回のワイが自信を持って言えることです。

まぁ、もう一度やれって言われても…、もうやりませんけど。

それでは、お先に失礼します。


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転職サイトGreenを応援しています。
自分自身、転職6回を経て今のキャリアにたどり着きました。
「次の一歩」を考えている方に、選択肢のひとつとして届いたらうれしいです。

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