[組織系ブログ Ver.8] 「メンタルモデル」を知っておくと人間関係において深みが出る
最近、「組織」「感情」についてのアウトプットを多くしておりますが、本ブログもその類になります。
「メンタルモデル」
と言う言葉を聞いた事はありますでしょうか?
この言葉の存在を認知しておくだけでも、目の前にいる方とのコミニケーションにおける深みが出てきます。個人的にも、この存在を知ってからメンバーの相談への対応の角度が変わってきました。
人生において、仕事以外でも様々な方とコミュニケーションを取られるかと思うのですが、様々な場面で有効的であり、且つ1年の深みが出ると感じております。
では、お話を進めていきます。
0. メンタルモデルとは
メンタルモデルとは:
心の奥底にある決めつけとしての「解釈」や「前提」のこと
やっかいなのは、その多くは、無自覚であったり、無意識であること。
上記とは別の表現で言い換えると、「個々の人々あるいは組織の奥底にある固定化されたイメージやマインド」。また、「世の中とはこういうものだという心に染みついたイメージ、つまり慣れ親しんだ考え方や行動に私たちを縛りつけるイメージ」かと思います。
1. メンタルモデルの有効性を気づいたとき
皆さまもコミュニケーションにおける悩みは絶えないのではないでしょうか?コミュニケーションは自分だけではなく「相手」も関係してくるため、解決が難しい類の一つです。そして、ポテンシャライトでも一定数発生しています。
当社ポテンシャライト、ならびに僕は「自責」主義で何事も考えます。「自責」と聞くと社会人として当たり前かもしれないのですが、
・愚痴を課題に変換しよう
・不満を言う暇があったら解決策を考えよう
・他責にしても何も解決しない
など、会社のカルチャーとして強く根付かせています。これ自体は悪いことではありません。
話を戻してコミュニケーションの悩みについては、これまでの山根であれば、
・「それは●●(悩みを抱えている方)の予想に過ぎないから相手(顧客/メンバー)に聞いてみたほうが良いよ」
・「あ、であれば山根から相手(顧客/メンバー)に今の話を伝えてみようか?」
というコミュニケーションを取ることによって解決策を見出していました。
社会の場において、何か課題や悩みなどが当事者同士(当事者:AさんとBさんなど複数名以上のイメージ)で発生した場合は、
その当事者同士で解決をしてほしいと思っていました。なぜならば、社会人はもう立派な大人ですし、且つRespectに欠けた対応をするメンバー/顧客は非常に少ないため、話をすればわかる、と思っていました。
ただ、当社が設立した以降に発生をした人間関係のインシデントを振り返ってみると、前述した箇条書き2点の対応をしてうまくいかないことが頻発していました。
うまくいかなかったことについて、「自責で捉えよう」「相手の立場で考えよう」などの話をしていたのですが、それは表層的な場当たり的なメッセージ(解決策)にしかならず、本質的に、論理的に、且つ感情を理解する形での解決策までは遠く及んでいなかったのです。
↑
これは最近気づいたことです。
(気づいた、とは 表層的な場当たり的な解決をしていたなとやっと気づいた、という部分)
また話が逸れてしまいました。話を戻します。
山根がどのようにアプローチをしたのか、そしてメンタルモデルをどう活用することができたのかを記載します。
1-1. 本件こそ対話で解決できる類なのではないか?
コミュニケーションギャップの中で感情が伴う類は、自分と相手のどちらが「正解」というのはないかと思います。
なぜならば、「群盲象を評す」の中でいうと「お互いが見えている/把握している範囲」が異なるからです。
そのため、Aさんが見えている景色/範囲と、Bさんが見えている景色/範囲が異なるんです。
仮に「東京都」をAさんとBさんが散策した際に、Aさんは渋谷、Bさんは銀座にいったとしたら、全く景色や感想も異なるはずです。これは極端な事例ですが、AさんとBさんでコミュニケーションを取るにあたり、
AさんはBさんの一部しか理解していない
BさんはAさんの一部しか理解していない
というケースがざらに発生していると感じています。
そんな中で、AさんとBさんが正論を振り翳したところで、口論のスキルが高いほうが勝つに決まっています。
(また、反省のブログを書こうかと思うのですが、僕は一般的には口論のスキルはあるほうだと思っていますが、それはドッヂボールのような議論であり、対話ではなかったなと…)
何が言いたいかというと、
「お互いが見えて「いた」景色を共有したほうが良い」
と感じています。
上記で「いた」と記載をしたのは、あくまでもAさんとBさんが見えて「いた」景色は「過去形」であり、且つ「一部」であることを認識してほしいです。一部というか「ほんの一部」です。
1-2. なぜAさんとBさんのコミュニケーションにおける小さな歪みが生まれたのかを、Aさんのメンタルモデルを考えてみた
前項では「対話」の話をしたのですが、対話をするとお互いの見ていた景色が共有できます。
「対話」とは正解を求めない会話のことです、そのため強引に問題解決をしてはいけません(もちろん解決できるのであればして良いですが、問題解決を急いではなりません)。そのため、お互いに気づきを提供し合うイメージです。
ただ、ここで一つ別の問題が発生します。
相手が自分に対して見えていた景色が、自分は予想だにしなかった内容が含まれていることがあり、表層的には理解し難いことがあります。
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わかりにくかったと思うので、もう少し詳細に書きます。
例えば、AさんがBさんに対して Zという事象(思っていたこと) を伝えたとします。ただ、Bさんは「Aさんの意見は偏りが感じるな…」と思うことがあります。一種の価値観と言いますか、AさんとBさんの思っている方向性がどうしても異なってしまうことは、人生で累計で何十万回と発生するコミュニケーションで発生することが多いです。
そして、BさんがAさんにこんなことを言ったりします。
Bさん 「Aさん、ちなみに今言っていた Zという事象は、 どのような背景だったのでしょうか?僕は今Aさんが言っていたことを過去の言動において無かったかと思うのですが…」
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どういうことかというと、
・Aさん⇒Bさんに「BさんがZである」という事象を伝えた
・ただ、Bさんは (Zという言動はしたことないんだけどな… ) と心の中で感じる
・そして、Bさん⇒Aさんに「僕(Bさん)はZという言動はしたことがないのですが…」と伝える
こんな感じです。
皆さん、上記の経験ありませんか?
「え、そんなこと言ったつもりはない」
「そんなこと言ったっけ?」
のようなイメージです。
これって僕の人生でも経験をした回数が多いです。
こちらを「問題」として捉える際に、
・コミュニケーションギャップ
・言った/伝わった、の違い
と片付けてしまうのは簡単です。AさんとBさんでミスコミュニケーションが起きているのかな?と感じるのは容易です。
ただ、こう考えるとどうでしょうか?
「Aさんが無自覚/無意識的に、Bさんに対して Zである と感じてしまっていた」
ここでいう「無自覚/無意識」とは何なのか?
これがメンタルモデルだと個人的には解釈しています。
本ブログの冒頭に申し上げましたが、
メンタルモデルとは、
心の奥底にある決めつけとしての「解釈」や「前提」のこと
やっか いなのは、その多くは、無自覚であったり、無意識であること
です。
つまり、AさんがBさんに対してZと感じてしまっていたことは、無自覚/無意識的に解釈してしまっていた可能性があります。
え、それって被害妄想なのでは?
そんなこと起きていたら、仕事が前に進まないじゃん
という感想を持たれる方も多いかと思うのですが、ただ貴方にもメンタルモデルは(ほぼ)確実に存在しています。
なぜならば、人はこれまで数十年間働いている「当たり前」が染みついてしまっているからです。
幼少期、これまで所属していたチーム、コミュニティ、そして前職の上司など、あらゆる変数によってメンタルモデルは形成されている可能性があります。
1-3. Aさんのメンタルモデルを探ってみる
例えば、という話をします。
仮にAさんが無自覚/無意識的に、Bさんの言動を自己解釈してしまっていた場合、下記のようなことが予想できます。
・Aさんはこれまでの人生の中で、相手の言動から、相手が何を考えているかを「想像」しなければならない環境で過ごしていたのではないか?
など。
Aさんが言ったことの「裏」に何が隠されているのか?Aさんが本当に言いたいことは何なのか?と考えることは大事なのですが、それをネガティブに予想しなければならない環境に身を置いていたら、それを「無自覚/無意識」に考える癖が身に付いています。
これがメンタルモデルです。
そして、メンタルモデルは相手から「気づき」を得ないと、自分自身ではわかりません。
「●●さん(貴方)って、こういうところあるよね〜」
「え、気づかなかった」
という経験ありませんか?
本人は無自覚/無意識であることもあるのです。
1-4. [逆の発想] AさんにもメンタルモデルがあることをBさんも理解しなければならない
本ブログの登場人物であるAさんとBさん。
Aさんのメンタルモデルについてこれまで触れてきました。
Aさん⇒Bさんに対して、無自覚/無意識的にBさんに対して一種の「決めつけ」をしてしまっていた事例なのですが、
Aさんもメンタルモデルがあります。
つまり、Bさん⇒Aさんに対しても、無自覚/無意識的にAさんに対して一種の「決めつけ」が存在している可能性があります。
ある資料の抜粋なのですが、下記をご覧ください。

こちらは、ある支店長が部下である渉外担当と「会話した内容」 と 支店長側が「心の中で考えていたこと」です。
実際に為されている「会話」と、支店長が「心の中で考えていること」が異なることがあります。
そして、心の中で考えていることをそのまま伝えるのではなくて、言葉として発している「会話」が為されます。
上記資料における「左側」に記載をしてある心の中で考えていることは、
支店長側の「決めつけ」である可能性があります。渉外担当の過去の言動が、その「決めつけ」を発生させている可能性もありますが、
支店長はこの「決めつけ」を「無自覚/無意識的」に行っている可能性もあります。
話を整理します。
・本項では、Bさんもメンタルモデルについて言及をしています
・前項まではAさんが一種の決めつけとして、メンタルモデルがあったよ、という話だった
・AさんにもメンタルモデルがあるとBさんが少しでも把握をした場合、本件においてはBさんがAさんに対して歩み寄り(メンタルモデルを知ろうとする気持ち)があると、話はもう少し前に進む可能性もあります。
上記はわかりやすい極端な事例を申し上げてしまったのですが、
やはり相互理解は大事ですね。
まとめ
本ブログではメンタルモデルを僕が自己解釈して書いた内容です。そのため、メンタルモデルについて専門で取り扱っている方からすると、内容が稚拙で正確ではなかったかもしれないのですが、僕なりの解釈でまとめたことをご理解いただければ幸いです。
そして、僕としてはこれまで組織や人間関係について学んだことをうまく表現できた気がしています。
対話と議論の活用場面の違い
1.5次情報の存在、定義
メンタルモデルの存在
プロセス指向心理学における、相手の言動は自分が作り出してしまっている、という話
など、過去に書いたブログも貼っておきますので、ご興味をお持ちの方はご覧いただければ幸いです。
では!
