見出し画像

信用は部分的でもいい

あの人は、仕事の話ならどこまでも信用できる。

締め切りは必ず守るし、頼んだことは期待以上の形で返してくれる。

けれど、お金の話になると、なぜか手放しでは信頼できない自分がいる。

ひとつの場面で見せてくれた誠実さが、なぜ別の場面では同じように感じられないのだろう。

そんな相手に、心当たりがないだろうか。

でも本当にそうだろうか。

多くの人は、信用というものを、ひとつのまとまった評価として捉えてしまう。

信用できる人か、信用できない人か。

まるでスイッチのように、白か黒かのどちらかで判断しようとする。

すっきり白黒つけたい、という気持ちも分かる。

けれど、信用は、そんなふうに一括りにできるものではないのかもしれない。

以前、この区別をしないまま失敗した経験がある。

仕事を通して長く付き合ってきた相手がいた。

締め切りは必ず守り、頼んだことは期待以上にこなしてくれる。

その実績を見て、この人はどんな場面でも信用できる人だ、と思い込んでいた。

だから、個人的な資金のやり取りについても、深く確認しないまま任せてしまった。

けれど結果は、思っていたものとはまったく違った。

仕事の場面での誠実さは、お金の場面での誠実さを、何ひとつ保証してはいなかった。

ひとつの領域での実績を、他のすべての領域にまで広げて期待してしまったことを、今でも悔やんでいる。

信用は、場面や領域ごとに、それぞれ独立して育っていくものだ。

一方の場面で誠実さを見せてきたからといって、もう一方の場面でも同じように誠実であるとは限らない。

なぜなら、人はそれぞれの領域で、まったく違う経験や価値観、優先順位を持っているからだ。

仕事では失敗を恐れて誠実に振る舞う人が、お金のことになると急に自分の都合を優先してしまう、ということは、珍しいことではない。

それは、その人が嘘つきだから起きることではない。

領域が変われば、その人が守ろうとしているものも変わる、というだけのことだ。

それでは、結局誰のことも完全には信用できないことになるのではないか、と思う人もいるかもしれない。

たしかに、そう聞こえるかもしれない。

けれど、それは信用できないという話ではない。

信用は、全部かゼロかではなく、積み重ねた領域の分だけ、少しずつ育っていくものだという話だ。

ただし、すべての領域が同じ重みを持つわけではない。

正直さや安全に関わる領域は、他の領域でどれだけ信用できても、埋め合わせにはならない。

締め切りを守ってくれるからといって、嘘をつかれても構わないわけではない。

領域ごとに分けて見ることと、大事な領域まで見過ごすことは、まったく別の話だ。

以前、過去の自分を裁くときには、選べたのに選ばなかったのか、そもそも選べなかったのかを、分けて考えることの大切さについて書いた。

実は、他人を信用できるかどうかを判断するときも、同じように白か黒かで一括りにしない方がいい。

ひとつの場面だけを根拠に、全部を決めつけてしまわなくていい。

仕事は信用できるのに、お金は信用しきれない。

その状態のまま、少しずつ確かめていけばいい。

次に、誰かを信用できるかどうか迷ったときは、少しだけ自分に聞いてみてほしい。

・この人を信用できると感じているのは、特定の場面に限られていないだろうか →YES/NO

・その場面以外の実績は、まだ確認できていないだけかもしれないと思えるだろうか →YES/NO

・信用できていない領域があっても、それは全体を否定する理由にはならないと思えるだろうか →YES/NO

上の2つがYESなら、それは信用が足りないのではなく、まだ確認していない領域があるだけだ。

焦って全部を決めつける必要はない。

3つ目もYESなら、その姿勢はもう、部分的な信用を積み重ねていける状態にある。

信用は、ひとつの場面で証明されたら、それで終わりというものではない。

領域ごとに、少しずつ積み重ねていくものだ。

全部を一度に信用する必要はない。

信用できる部分は、もうそこにある。

信用を見極める目もまた、人を見る目の一部だ。

次回は、「人は言葉より〇〇を見る」について書いていく。

シリーズの続きは、LINEで先にお知らせしています。

あわせて、noteでは公開していない
「違和感チェックリスト15」を無料でお渡ししています。

https://lin.ee/xcje6LD


前の記事はこちら↓

いいなと思ったら応援しよう!