烙印 第13話「失われた輝き」
傷付いた足が痛む。自宅にたどり着いた時には、近隣は静寂に包まれていた。誰もいない部屋、薄汚れた築20年の、マサのアパートの扉が、ガチャリと音を立てて開く。
ベッドまでたどり着けばいい。もう少しだろ。どうしたんだよ。俺は。 玄関先で、座り込むがままに、崩れ落ちる。足はもう限界だった。 痛い。白い包帯が、今や、血と埃にまみれて見る影もない。
そして、コンサート会場で聞いた、桜子の地獄花が、マサの頭を無限ループした。
赤き徒花 どこに咲く 実らぬ恋を かき抱き
実らぬ恋を、かき抱き。
実らぬ、恋を。
「うっ…ひっ…。」 嗚咽が、喉を突き上げる。
そうだ。あの歌の、地獄に咲いている徒花っていうのは、きっと俺なんだ。ここはもう、地獄なんだから。
マサの意に逆らう、声にならない嗚咽が、闇に溶ける。 真っ暗な闇の中、自宅の電気をつけなかったのは、全てを闇に沈めて隠れてしまいたかったからだった。
泣いている姿を再確認したくなかった。
そこら中にある鏡や金属の反射から、身を守りたかった。
輝くものに傷つけられるのが怖かった。
マサは思い出す。 あの日の、エイジの笑顔。何度も何度も駅前で歌って、のどがカラカラになるほど歌っていたマサ。
その隣でギターを懸命にかき鳴らす、そのエイジの前で、
マサが初めて、自分の歌声で泣いてくれる客に出会って、
チップを渡してもらった時の、エイジの向けて来る、あの優しかった笑顔。
「お前は、本当にやればできるんだよ!」エイジの弾んだ明るい声。
そして、二人で喜びを分かち合った、あの時間。
輝いていた。
…輝きのさなかに、俺はいたんだ。
そして今、その輝きが、心臓をえぐってくる。
苦しい。
苦しい。
もう、その輝きは、消えてしまったんだ。そうだ、戻らないんだ。
失った。あいつを。絶対に、絶対に、失いたくなかった。
俺の人生そのものになるほど、側にいてくれた、あいつを。
触れたかった…のか。
違う。
エイジの、笑顔。
エイジの、眼差し。
エイジの面影。
心が、その全てで満ちている。
俺は…。違う!……違う…。
ああ。…あああぁあ。
沈黙を破る、腹の底から絞り出したような、かすれた声が、認めたくなかった感情の全てを、自分自身に向けた刃物のように突きつける。
「ダメだ…。」
浮かび上がる答えは、煙を上げて魂に押される
焼けただれた烙印のようだった。
「……………ダメだ!」
思うな、何も思うな。
ああ。痛い、痛くて…。焼け付くようだ!
…死ぬ…、認めなければ、内側から焼け死ぬ!
俺が、抱いてしまった、この、気持ちは…。感情は…!
認めたくなかった。だが、認めざるを得なかった。どうしようも無く、烙印は深く、どこまでも心を焼き尽くしている。
否定が出来ない。
抗えない。
「…ダメだ………何も…何も…違わねえ…。」
触れたい。エイジの白い肌に、爪痕が残るほど、強くかき抱きたい。
あの、整った顔を、乱したい。
あいつの前でそうしたように、
自ら心を引き裂いて、
俺に、全ての感情を浴びせて
取り乱して、二度と戻れない程
ぐしゃぐしゃになればいい。
この手で壊せるものなら、
今すぐに壊してしまいたい。
…いっそのこと…いっそのこと。
エイジ、お前がどんなに醜くてもいい、
無様でもいい、
恥辱にまみれていてもいい、
誰にも見せない顔を見せてほしい。
その顔を。
本当に、俺だけのものに出来るなら。
いっそ俺はお前に殺されてもいいと思っているんだぜ。
ああ。でも。壊れるエイジを見たくないんだ、だから逃げたんだ。
置き去りにしたのは俺の方だ。
電話…しねえと。コードにつなげばいける。
あれ…おかしい。
つながらねえ。
なんで?
…着信拒否されて…いる…?
「嘘だろ!そんな…そんな事お前がするなんて!!
エイジ!エイジ!!嘘だろう!?ああ。行かなきゃ…。」
エイジが泣いている気がするから…!
足が痛いけど、まだ、外の自転車に乗れば、いけるから…。
昨日は鍵見つからなかったから使えなかったけど、今、思い出すから。
帰っていてくれ。
何かの間違いだって言ってくれ。
数十分後、ようやくカギを見つけたマサは、
疲れと痛みで、限界を迎えていた体を引きずるように
再び家を出た。軋む自転車を必死でこぐ。
流れて行く車のライトが歪んでいる。
マサの頬を伝う涙が、風圧で斜めにゆっくりと軌道を描く。
しかし、道半ばで、自転車のタイヤがパンクし、マサはそれを乗り捨てて、
息を切らしながら再びエイジのアパートへと向かった。
時はもう夜明けが迫っていた。
アパートの屋根が見え始めた。
マサは、目の前の通りに人の気配を感じ、注視する。
エイジである。だが、声をかけることが出来ずにいた。
他人の空似の可能性が高い。何故なら。
濃密に違和感を覚えたからである。
幽鬼のような虚ろな後ろ姿。
昨日会った時には白いTシャツだったはずだ。
それが、いやにだぶついた黒い衣装を身に纏っているのだ。
会場に置き去りにしたあのデカいリュックも、背負っていない。
しかし似ていた。似すぎていた。
変だな…?あれ…なんか、違う人…かな。
もう少し、近づいてみるか。
そして、エイジの背後、至近距離まで来てしまった。
更なる地獄が、彼を待つとも知らずに。
いざ。地獄へのカウントダウンが始まり候へば、いざ来ぬるぞよ!
戦慄すべき、妄執の埋め火が、爆ぜる時を待たれよ!
更新され次第、上記マガジンにて、掲載予定なりければ、乞うご期待!
https://note.com/prime_lemur1632/n/n101d092de82e 第1話
https://note.com/prime_lemur1632/n/nffe878333923 第2話
https://note.com/prime_lemur1632/n/n70230ea1ca35 第3話
https://note.com/prime_lemur1632/n/n8673917ba9cf 第4話
https://note.com/prime_lemur1632/n/n20c6e4724ed6 第5話
https://note.com/prime_lemur1632/n/n60fd4e2ba418 第6話
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