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【山歩エッセイ】汝、足るを知るべし。さもなくば死なん。【道迷い】


2003.6.2 平治岳・大船山

 晴れ、時々曇り。
 宿からタクシーに乗り、2,960円払って登山口まで移動。

08:15 吉部登山口

 急登は1カ所のみ。平坦で楽なコース。
 新緑がきれい。
(08:55 暮雨の滝)5分程休み。
 ただの滝。高さは4~5mか。

10:00 坊がつる 平治岳入山口(5分ほど休み)

10:40 大戸越(5分休み)

「うどんごし」と読むそうな。
 このように読むことを昨日知った。うかつなものである。
 平治岳を見上げると山肌がミヤマキリシマの色に染められている。
 登山客は居ることは居るが、渋滞はしていない。
 途中、「こんな険しかったか?」と思いながら、ロープをたぐって岩をよじ登ったり、表土が深くえぐれた道に苦しんだり、少しずつ上がっていく。

11:25 平治岳(~12:40)

 大戸越を振り返るとミヤマキリシマの絨毯だが、頂上部を見ると虫害のため、40%程度しか花が咲いていない。
 さほど暑くない。

13:00 大戸越(~13:20:弁当)

2026/08/02追記

 ここで「大船山にも行きたい」と欲を出し、「行けるだろう」と楽観論に基づいて行動したことが、生命身体を危険にさらすことにつながりました。

14:25 北大船山

 かなり足に疲労がきている。
 段原のミヤマキリシマは虫害で壊滅していた。

15:10 大船山(5分休み)

 霞で眺めは今一つ。由布岳が見える。
 イワカガミとベニドウダンが咲いていた。

イワカガミ(Wikipediaより)
ベニドウダン(Wikipediaより)

道に迷う。

 大船山から坊がつるに下りる際、坊がつるへの近道だと思い込んで、左に折れて分かれ道に入る。それは方向違いの鉾立峠へのルートだった。

 その時、地図をリュックから出して確認すれば、これから述べるような状況は起こらなかった。悔やまれてならない。

 進みながら「変だ」と思った。方向が明らかに違う。しかし、来た道を引き返すのは面倒だし、「直ぐにカーブして正しい方向に行くさ」と楽観していた。
 その楽観は、現実の前にあっさりと崩れる。日没までの残り時間を考えると、引き返す時間がもったいないと、鳴子川沿いの道無きところに入ってしまう。

 ロープを越えて、ルートをはずれた。このときの心理は後になって考えると不可解だ。パニックということなのだろうか?現実を前に「腰が抜ける」という感覚を知った。
 鳴子川沿いの道は、何の目印もなく、やぶを何度も通り、巨岩だらけの涸れ沢を地面にへばりつくようにして進むような、ひどいものだった。
 数回4mほどの段を通過したが、ミスをすれば足を折り、一巻の終わり、「死」が現実になりかねなかった。事実、落葉を踏み抜いて、岩の割れ目に数回はまった。
 「死の恐怖」よりも「早く坊がつるに出たい」という焦りばかりが募った。途中、人工構造物を見たときは「助かる」と思った。

2026/08/02追記

 山の中で道迷いを疑ったとき、砂防ダム等の人工構造物を目にしたとき、心の底から「ホッとする」という心理状態になるものです。
 これは同様の経験をした方なら、実感を伴って分かっていただけるものと信じます。
 時間にすれば1時間程度の道迷いでしたけど、渦中に居るときは焦燥と恐怖で、時間の感覚がありませんでした。

 坊がつるの炊事場に飛び出したとき、思わず「生きてる!」と叫んでしまった。足が萎えそうだった。

16:20 坊がつる

 雨ガ池越までの上りが、本当に、心底つらかった。
 目の前の樹木に縋り付き、次の樹木に縋り付くことを繰り返して、歩を運んでいた。
 足が萎えかかっていた。足が上がらない。

17:50 長者原

 明るいうちにゴールできた。
 生きているとホッとした。
 冷たい牛乳がとてもおいしかった。

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