【短編小説】彼女を翻訳する言葉(プロンプト)(上)|「君の理想は私でしょ?」——逢魔が時の答え合わせ
※ 本作は全2部作の「上巻」です。【下巻はこちら】→●
私は絵を描くことが好きだ。
しかし残念ながら、自身の画力は乏しい。
高校の美術では担当教師の贔屓(ひいき)で最高評定の「5」をもらったが、嬉しくなかった。
むしろ、自分の無能さを突きつけられているようで惨めだった。
だから今は、画像を生成AIに描かせている。
好んで出力させるのは、やはりというか、私の理想を形にした美女たちだ。
それをスマホに保存し、一人の時間にときどき眺めては、眼と心の保養にしていた。
迂闊(うかつ)だったのは、それを教室でやってしまったことだ。
よりによって、クラスのスクールカースト上位にいる、思慮の浅い女子グループに見つかってしまった。
ボス猿・カスミ(私は心中「カス」と呼んでいた)は、私から引ったくるようにスマホを奪い取ると、私を指差して大声で嘲笑った。
「コイツ、キモ! 何これ、ウケるんだけど!」
瞬く間に、教室中の視線が私に集まる。
私はじっと耐えようとした。
だが次の瞬間、頭の中でパツンと音がして、心のシャッターが降りた。
気がつけば、私は有無を言わさずカスの手首を掴み、後ろ手にねじった。
悲鳴とともに、スマホを力ずくで奪い返す。
「……痛いっ! 何すんのよ!」
「具体的に教えろ」
腕をひねられたまま顔を歪める彼女を冷ややかに見下ろし、私は低く、よく通る声で言った。
「何が、どうキモいんだ?」
「……ッ、生身の女にもてないから萌え絵で、ニヤついてるのがキモいって言ってんのよ!」
「俺がお前にそれを見せびらかしたか? 観ることを強制したか?」
私はさらに言葉を重ねる。
「自分のスマホで、好きなイラストを愛でて何が悪い。 ……勝手に後ろから覗き込んで、人の手から物を奪い取って、クラス中に晒し者にしたお前の性根のほうが、よっぽどキモいんだよ!」
キーキーとうるさく、まるで猿のようにカスが鳴く。
「キモいんだよ!……痛い、痛いってば……!」
クラスメートたちは完全に凍りつき、誰も動こうとしない。
だが、静まり返った教室の中で、私は確かに何かを感じ取っていた。
幼なじみの佐久間 紗希(さくま さき)__サキと目が合った。彼女は黙ってうなずいた。
「……話を逸らすな。俺の質問に答えろよ。脳ミソの足りないお前にもう一回だけチャンスをやる」
私はひたすら、腹の底から声を出して追及を続けた。
「俺のスマホの中で完結していることを、どうしてお前はわざわざ、俺の断り無しに勝手に触れ回ったのか?」
「……もう一つ。俺がお前にこの絵を無理矢理に見せたか?」
「さあ!答えろ!」
カスは語彙力がなく、なおも「キモい」を連呼するだけだった。
やがて、カスはとうとう泣きだした。
大粒の涙をこぼしてた。
痛みのせいだけではない。
自分が仕掛けた稚拙な嫌がらせのせいで、私から永久に拒絶される檻(おり)に自ら飛び込んでしまった――その取り返しのつかない後悔と自己嫌悪に、心が完全に叩き折られたかのような泣き方だった。
あまりにもくだらなすぎて、私は掴んでいた手を離してやった。
ボス猿・カスは泣いてしまった。
カスの取り巻きの猿どもが「女子に暴力振るってサイテー!」と、哀しいほどに予想通りの反撃をしてきた。
「あれ?……俺の問いに、きちんと答えてくれれば、土下座でもなんでもするけど?」
私がそう返しても、やはり彼女たちは所詮、猿だった。
「お前が先に謝れ」
「お前がキモいのが悪い!」
……さっぱり意味が分からない。
「……だからさ、俺の問いに答えろよ。猿でも聴力はあるだろ?ひょっとして意思疎通できない?……仕方ないね。お猿さん」
そのとき、外野の男子から援護の合の手が入った。
「まずは答えてやれよ」
それに続いて、もう一人が声を張り上げる。
「お前らのやってること、口で言い返せず、物理的に殴り返して黙らそうとするDV男と同じ。……自分らがさきにシンを『公開処刑』にしようとしといて、反撃されたら被害者ヅラかよ。マジかよ。非道過ぎ!」
その瞬間、教室がドッと沸いた。 男子どもが笑い、女子の半数も口元が緩みかけたまま、こちらを見ている。
私は返した。
「お前ら、猿に期待しすぎだよ」って。
男子はさらに笑っていた。
「……だってさ!……なんとか言えよ。キーキー言うだけで、何も有効打を返せてまっしぇーん(笑)」
クラス№1のイケメン・橘 博(たちばな ひろし)__ヒロシが私に言った。
「イラスト、見せてくれ」と。
私はヒロシに画面を見せた。
ヒロシは、はっきり聞こえるほどに息を呑んだ。
「シン! ……うお! 超イケてんじゃん! 俺にも送ってくれ!……これ、でこから手に入れた?」
彼が声を上げた瞬間、群がってきた他の男子どもからも、静かな響めきのような感嘆が漏れる。
スマホの画面に映し出されていたのは、私がこだわり抜いて出力させた「彼女」の姿だ。
「俺がAIに作らせた」
「おいおい!マジかよ。どうして写真風に寄せなかったんだ?」
「写実に寄せると、一気に無機質になるんだよ。不思議なもんだけどさ……一目で『違う!』と言うほど差がある」
薄暗い寝室。
ベッドサイドランプの琥珀色の光が、シーツの柔らかな陰影を浮かび上がらせている。そこに横たわるのは、黒髪を無造作に散らした、どこかアンニュイな瞳の美女。
身体のラインを強調するネイビーのニットワンピースに、透き通るような黒タイツに包まれたしなやかな脚――。
ただ可愛いだけの絵じゃない。
構図、光の当たり方、そして何より、ポーズを変えても彼女の持つ独特の空気感が寸分の狂いもなく維持されている。
「お前、AIに自前のプロンプトで、自分の理想の美人を描かせたって、すげえことだぞ!……俺は全力で推す!」


「いや、ほめてもらって嬉しいんだが……正直、恥ずかしい」
「創作なんだから、ビビんな!……だけど、俺は推す!……イラスト、送ってくれ!」
ヒロシが興奮気味に私の肩を叩いて、スマホを返した。
すぐに送っておいた。
ヒロシ、ご機嫌で眺めてた。
「後から違うポーズとか、服を変えたものも作ってくれよ」
「それはいくらでもできる……つうか、お前が生成AIに指示すればいい!」
「……!……よし、セパレートの黒い水着を希望!……赤も希望!……女豹のポーズ!……猫のポーズ!……うひょー!」
「……残念なイケメン(笑)。知性=痴性だったんだな……。お前」
そうだ。私は絵を思うように描けない。
納得いくまで描こうとすると、どんどん悪くなるような気がする。
先生がほめてくれても、何か心に引っかかるものがある。
だが、AIに自分の理想を完璧に翻訳させるための「言葉」を持っている。
先ほどまで私を「キモい」と断じていた教室の空気は、学年首席のイケメンの言葉で一瞬にして変わった。
……私は、この現金さが大嫌いだ。
「作品」ではなくて、「評者」によって手のひらを返す。
そのおかげで助かったんだけど、釈然としない。
「……え?」
蚊の鳴くような声を出したのは、さっきまで泣いていた雌猿だ。
彼女たちの言う「キモい萌え絵」と言ったもの。
しかし、目の前にあるのは、カースト上位のヒロシが瞬時に肯定した価値だった。
ちなみにヒロシは学年首席で、カーストとか眼中にないし、社交的だけど群れない。
カスたちの顔から完全に血の気が引いていく。
自分たちがどれほど浅はかで、独自の審美眼のない「ただの猿」であるかを、クラス全員の前で証明されてしまったことに、ようやく気づいたらしい。
男子の一人が、溜息をつきながら言った。
「……スマホの中だけで、イラストの美女を愛でるくらい、見逃してやれよ……本物の女子にコスプレを無理強いしたわけじゃないだろ……」と。
ある女子が「そのとおりだわ」と言って、数人の女子がうなづいていた。
その言葉を合図にするように予鈴が鳴り響き、教室の騒ぎはようやく収まった。
席に戻るカスたちの背中は、先ほどまでの傲慢さが嘘のように縮こまっていた。
しかし、やはりというか、カスはチクった。
放課後、私は担任の教師から職員室への呼び出しを受けた。
雌猿どもが「男子に暴力を振るわれた」と泣きついたのだ。
職員室の重苦しい空気の中、私は感情を交えず、自分の記憶にある事実だけを淡々と述べた。
先にスマホを強奪され、晒し者にされたこと。
それを奪い返すために手首を掴んだこと。
そして、彼女たちが私をどれほど踏みにじったか。
「それで……その、トラブルの原因になったイラストは?」
担任の促しに応じ、私はポケットからスマホを取り出して画面を示した。液晶の中に、あのアンニュイな瞳をした「彼女」が浮かびあがる。
「っ……」
担任が小さく息を飲んだ。
ただの「オタクの萌え絵」をめぐる悪ガキの喧嘩だと思っていたのだろう。だが、そこに表示されていたのは、大人の鑑賞にも耐えうる、圧倒的な光と影の芸術だった。
担任はしばらく絶句したあと、内線電話で美術の女性教師を呼び出した。
やってきた美術教師に、担任が困惑した様子で私のスマホを差し出す。
画面を覗き込んだ彼女の目が、ハッとしたように見開かれた。
「……理想化しすぎだし、よくあるマンガの女性だけど」
美術教師は画面を凝視したまま、呟くように言った。
「AIを操って、自分の理想を表現できたってことは、たいしたもの。……これ、どうやって作ったの?」
彼女の瞳は、単なる好奇心ではなく、一人の表現者としての真剣な光を帯びていた。
私は静かに答えた。
「……小説の登場人物の描写のテキストを、AIに打ち込んで、根気強くトライアンドエラーを繰り返しました」
絵の具や筆は使えない。
だが、私には言葉がある。
一文字、一文、彼女の髪のなびき方からシーツの皺、ランプの光量に至るまで、執念深く言葉を尽くしてAIと対話したのだ。
私の答えを聞いた美術教師の顔に、感嘆の笑みが浮かんだ。
「……粘り強いのね! さすが、私が『5』をつけた新城くん!……自分を卑下なんかしたらダメだよ!……県の作品展で佳作になったじゃない!…自信持ちなよ」
「……先生だって、思うように描けないんだから。誰だってそうだよ」
その言葉に、胸の奥の澱(おり)が少しだけ軽くなるのを感じた。
高校の美術で「5」をもらったとき、私は自分の画力のなさを贔屓されたのだと思い、惨めさしか感じていなかった。
しかし彼女は、私の手のデッサン力よりも、その裏にある「美への執着と構成力」を最初から見抜いていたのかもしれない。
担任の教師は、美術教師のその反応を見て完全に毒気を抜かれたようだった。
「……そうか。それなら、暴力はいかんが、原因は向こうのプライバシー侵害にあるな。向こうにも厳しく注意しておく」と、頭を掻きながら言った。
職員室を後にする私の足取りは、心なしか軽かった。
実を言うと、ヒロシ、担任と美術教師……あとカスに見られた美女より、健康的なタイプの女子の方が好きだ。
……こちらのイラスト(「№1」とする)は誰にも見せていない。
現実のモデルは居るが、美化しすぎだと、自分でも分かっている。
後日、クラスメートの女子数人から、騒ぎの元になったイラスト、そのプロンプトの詳細を尋ねられた。 その中の一人、いつも早口で賑やかなサキ。
プロンプトの作成過程を教えたら、彼女たちはあきれかえった。
「……壁打ちを六時間も?!……そこまでしたら、やっと出来た?」
「五日間で計六時間。最後に到達した文字数は300字くらい」
「……すごいね……だけどさ、その熱意をリアルの女子に向けなよ!」
やれやれ、と私は心の中で肩をすくめる。
(……サキの口数が少なければ、是非、そうしたいもんだけどさ。あんたが音量を下げて、口数を七割減らせば、顔と雰囲気は№1の女性そのものなんだが……)
私はサキだけに、もう一つのプロンプト……そう……№1のイラストのプロンプトを送信した。
「こっちのプロンプトの女子が好みなんだよね」
「……モデル、居るの?」
「……もちろん。めちゃくちゃに美化してるけど」
「どれくらい?」
「……ライドスピーカーとイヤホンくらいの差があって、マシンガンとピストルくらいの違いがある」
「何それ」
「口を開かなければ、最高に好きなタイプ……なんだけどな」
「……誰?ねえねえ、私にだけ教えてよ」
「……とりあえず、Geminiにその指令を出せば?……テキストファイル付けて送ったから、全選択、コピペで一発だけど……今は指示を出すんじゃない!……おい!やめろ!」
「あ!……逃げるな!……シンちゃん!」
(幼なじみに下手な隠し事はしない。手のうちをあかして嫌われてしまえば、それまでのこと……しかし、行動速すぎ!)
後日。
部活からの下校路。
漁港に下りていく遊歩道。
陽がどんどん傾いていく。
それは正しくーー逢魔が時。
遊歩道を駆け下りる私。
左カーブを曲がったとき、彼女が姿を現した。
夕闇が迫る石畳。
空は茜色から赤紫のグラデーション。
サキが唇をムズムスさせながら私に近づいてきた。

呆然とする私。
スマホを示す彼女。
そのディスプレイには「№1の彼女」。

「……ちょっと美化しすぎだよ。これはムリ!」
サキはそう言った。
「サキちゃん……どうツッコんだらいいの?……誰もそんなこと求めてないよ」
私は視線を逸らし、防衛線を張る。
「何を求めているの?」
下からあざとく覗き込んできたサキの瞳が、まっすぐに私を射抜いた。
「……何だろうね。贅沢すぎでしたか?」
観念して自嘲気味に呟いた私を見て、サキはさらに口元を綻ばせる。
「こんな感じ?」
サキは悪戯っぽく笑うと、ふっと首を傾け、その指先で自分の髪型を器用にイラストの彼女へと寄せた。
静寂な「理想」が、目の前で生身の三次元として出力される。
「止めてくれーー! 羞恥心で死ぬ」
私の脳内を完全に暴かれた精神的公開処刑に、私は頭を抱えて擁壁に突っ伏した。
「もう許して!!お願いだから許して!!血涙が出そう!!」
サキは大爆笑して、ヨタヨタと遊歩道に座り込んだ。
「……お腹が痛い!! お腹が痛い!! ……あ、あ、あーーっ!!こ、子どもが、あ、赤ちゃんが、赤ちゃんが産まれるぅう!!!」
私が心の中で「口数を七割減らせ」と願っていた少女は、私のすぐ近くで、涙を流しながら最大音量のノイズで笑い転げていた。

だが、擁壁によりかかり両手で頭を抱えたまま、私の口元からも、どうしようもなく締まりのない笑みが溢れてしまうのだった。
どんどん闇が深くなる。
街灯がつきはじめる。
「サキちゃん、帰ろう!一緒に帰ろう。日が暮れる。さあ立って!笑ってる場合じゃない……急いで……ぷぷぷぷぷ」
私が差し出した右手を、サキは右手で握り返して、立ち上がった。
「……うん!……ぷぷぷぷぷ」
最後まで締まらねえ!
終わり
この作品は、登場人物も組織も団体も、書かれていることはすべてフィクションです。現実世界とは一切関係ありません。
ヒロシの頑張り
彼の望みは叶えられました。
ほぼすべてが生成できました。









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