同じ声から、二人の覆面が生まれた——池田秀一が演じた、組織の中で正体を隠す者たちの構
正直に言う。
組織の中には、正体を隠して動く人材が必要な局面がある。表向きの役割と、裏の正体を、同じ人間が同時に保持する。両者の整合を取りながら、組織の利益のために動く。池田秀一という声優が、シャア・アズナブルと赤井秀一を同じ喉から発しているという事実は、組織の中の覆面型工作員の二類型を、私に整理する手がかりを提供してくれた。
シャア・アズナブルは、機動戦士ガンダムに登場する敵側のエースパイロットである。ジオン公国軍の少佐として、地球連邦軍と戦う。仮面で顔を隠し、本名を伏せて活動する。本名はキャスバル・レム・ダイクン。ジオン・ズム・ダイクンの遺児であり、父を謀殺したザビ家への復讐を最終目標とする。表向きはジオン軍の士官として戦いながら、内面では別の目的を保持する。仮面は、単なる物理的な隠蔽ではなく、彼の二重性の象徴である。
赤井秀一は、名探偵コナンに登場するFBI捜査官である。日本に潜入し、犯罪組織「黒の組織」と対峙する。物語の中盤で、組織に正体を見破られそうになり、自らの死を偽装する。死を偽装した後、別人として再登場する。別人として活動しながら、FBI捜査官としての本来の目的を遂行する。複数の身分を、状況に応じて使い分ける。本名と偽名の境界を、彼自身が管理する。
二人を並べると、対比軸は明確である。シャアは仮面型の戦略家であり、赤井は偽装型の工作員である。これは、組織の中で正体を隠す者の二類型として、PMの視点から論じられる構造を持つ。
シャア型の仮面型戦略家を、私は二十年の現場で何人か見てきた。彼らの特徴は、組織の中で表向きの役割を全うしながら、内面に別の目的を保持していることである。表向きの役割は、組織の論理に整合する。整合しない場合、彼らは表向きの役割を維持できない。維持できないと、内面の目的に近づくための足場を失う。だから、彼らは表向きの役割を高い水準で遂行する。遂行しながら、内面の目的への接近の機会を、長期にわたって伺い続ける。
シャア型の本質は、表向きの役割と内面の目的の整合を、本人が継続的に管理する点にある。両者は本来、矛盾する。矛盾を解消するための論理を、本人が日々構築し続ける。構築の質が、シャア型の能力の核心である。質が高い場合、表向きの役割を完全に演じきりながら、内面の目的への接近を進めることができる。質が低い場合、いずれかの局面で矛盾が表面化し、組織から排除される。
PMの視点でシャア型を分析すると、彼らは組織の中で「長期的な変革の主導者」として機能する可能性を持つ。組織の現状を表面的には受け入れながら、内面では組織の構造的な変革を構想する。構想を、機が熟すまで隠し続ける。隠し続けた構想を、適切な局面で実行に移す。実行された変革は、組織の表面的な合意を経ない形で進む。経ない形で進むからこそ、組織の現状維持の力に阻まれない。
シャア型の限界は、内面の目的が達成された後の機能不全にある。シャアの最終目的は、ザビ家への復讐である。復讐が達成された瞬間、シャアの存在理由は失われる。失われた後、彼は別の目的を探す。探す過程で、彼の判断は不安定になる。物語の続編「機動戦士Ζガンダム」での彼の行動の不整合は、最終目的を失った後の彼の混乱を反映している。組織のシャア型も、内面の目的が達成された後、行動が不安定になる傾向を持つ。
シャア型への対応として、私が現場で取ってきたのは、彼らの内面の目的を組織が把握しないことである。把握しようとすると、シャア型は警戒し、組織から距離を取る。把握しない代わりに、彼らの表向きの役割の遂行を、客観的な指標で評価する。評価が高い限り、彼らを組織内に維持する。彼らの内面の目的が、組織の利益と矛盾する場面が来るかもしれない。来た場合に、組織がどう対応するかは、その時点での判断とする。来ない場合、彼らは組織の長期的な変革の主導者として、価値を生み続ける。
赤井型の偽装型工作員を、私は数人見てきた。彼らの特徴は、複数の身分を状況に応じて使い分けることである。シャア型が一つの仮面の下で活動するのに対し、赤井型は複数の身分を場面ごとに切り替える。切り替えの管理は、本人が一人で担う。各身分の周囲の関係者は、他の身分を知らない。知らないまま、それぞれの場面での彼を信頼する。
赤井型の本質は、身分の切り替えが、彼の任務の遂行に不可欠である点にある。FBI捜査官としての彼が、犯罪組織に潜入することはできない。潜入するには、別の身分が必要になる。別の身分は、本名を伏せた偽装である。偽装が成立する限り、彼は犯罪組織の内部から情報を取得できる。取得した情報を、FBI捜査官としての身分に持ち帰る。持ち帰った情報が、本来の任務の遂行を支える。
PMの視点で赤井型を分析すると、彼らは組織の中で「特殊な情報収集の任務を担う人材」として位置づけることが適切である。標準的な手順では取得できない情報を、彼らは別の身分を経由して取得する。取得の過程で、彼らは複数の組織にまたがって活動する。複数の組織の論理を同時に内面化することは、本来極めて困難である。困難を可能にする能力が、赤井型の核心である。
赤井型の限界は、身分の切り替えが破綻した場合の被害が、組織の中核に及ぶ点にある。複数の身分を一人で管理する構造は、本人の認知資源に大きな負荷をかける。負荷の蓄積が一定の閾値を超えると、身分の混同や情報の漏洩が発生する。発生した瞬間、彼の任務の前提が崩壊する。崩壊した任務の被害は、組織全体に波及する。波及の規模は、シャア型の限界よりも、はるかに大きい。
赤井型への対応として、私が取ってきたのは、彼らの身分の切り替えを支援する仕組みを組織側で整備することである。本人が一人で管理する負荷を、組織のシステムで部分的に肩代わりする。具体的には、各身分の活動記録の独立した管理、身分の切り替えのタイミングの計画的な調整、本人の精神的な負荷のモニタリング。これらの仕組みが機能している限り、赤井型は長期的に任務を遂行できる。仕組みが欠けている組織では、赤井型は半年から一年で破綻する。
二人が同じプロジェクトに配属されたら、PMはどう人材配置するか。これが本記事の中核論点である。
私の結論は、二人を同じプロジェクトの中で異なる役割に配置することである。シャアを長期的な変革の主導者として、赤井を特殊な情報収集の任務の担当者として配置する。両者の役割は、組織の異なる時間軸と異なる種類の隠蔽に対応する。シャアは長期にわたる単一の仮面、赤井は短期から中期にわたる複数の偽装。両者の隠蔽の構造が異なるため、互いの活動を直接干渉させることなく、組織の中で並行して機能させることができる。
ただし、二人を共存させる組織には、特殊な前提条件が必要である。条件は、組織が「正体を隠す人材の存在」を、組織の運営原理として受け入れていることである。受け入れない組織では、シャア型と赤井型のいずれも機能できない。組織の標準的な評価軸は、人材の「透明性」を求める。透明性を求める組織で、正体を隠す人材は、評価の対象外となる。対象外となった人材は、組織から排除される。排除された組織は、シャア型の長期的な変革も、赤井型の特殊な情報収集も、両方を失う。
正体を隠す人材を組織が受け入れる条件は、組織のトップが「すべての人材の正体を把握する必要はない」という判断を持つことである。この判断は、組織のトップにとって、非常に難しい判断である。把握しないことは、リスクの引き受けを意味する。引き受けたリスクが、組織の利益に転化するかどうかは、長期的にしか判定できない。判定の難しさが、シャア型と赤井型の人材を組織内で正当に処遇する困難の根源にある。
PMの役割は、組織のトップに対して、「正体を隠す人材の存在を許容することの長期的な価値」を言語化して提示することである。提示が成功した場合、組織はシャア型と赤井型の両方を活用できる。失敗した場合、両者は組織から排除されるか、もしくは自ら組織を離れる。離れた後の組織は、変革の主導者と特殊な情報収集の能力を、両方失う。失われた能力の代替を、別の手段で組織が獲得することは、現実的に困難である。
池田秀一が、シャア・アズナブルと赤井秀一を同じ喉から発しているという事実は、組織の中で正体を隠す者の二類型が、本質的には同じ素材から生まれているという比喩として読める。シャアの「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」という独白と、赤井の「沈黙は金、雄弁は銀」という静かな思考は、同じ声優の声でありながら、全く異なる隠蔽の質として記憶される。声は同じでも、組織での隠し方は違う。
組織の中で、正体を隠す人材は、表向きの透明性とは別の論理で価値を生む。長期的な変革の主導者であるシャア型と、特殊な情報収集の任務を担う赤井型。両者の隠蔽の能力が、組織の表面的な合意では到達できない領域への接近を可能にする。組織がこれらの人材を活用するかどうかは、組織のトップの判断に委ねられる。
私自身、二十年の現場で、シャア型として表向きの役割の下で別の目的を保持した経験、赤井型として複数の身分を切り替えながら情報収集を担った経験の両方を持つ。コンサルタントという立場は、組織の内部の人材ではないため、ある種の「常時の覆面状態」で活動している。組織の正規の構成員ではなく、外部から契約に基づいて関わる立場は、組織の正体把握の対象外に置かれる。対象外であるからこそ、組織の内部では達成できない役割を担うことができる。
私が現場で出会ったシャア型と赤井型の人材は、ほとんどの場合、組織の中で適切に処遇されていなかった。彼らの隠蔽の能力を、組織が理解できなかったからである。理解できない組織で、彼らは消耗するか、離脱した。離脱した彼らの一部は、私と同じく外部のコンサルタントになった。組織の内部で覆面を続けるよりも、外部から覆面を保ったまま組織に関わる方が、彼らの能力の発露の場として適合するからである。
池田秀一が同じ喉から発する二人の覆面の声は、組織の中で正体を隠す者たちが担う役割の二つの異なる形を、私たちに示している。仮面の下で長期的な目的を持ち続けるシャア、複数の偽装を切り替えながら任務を遂行する赤井。両者の隠蔽の能力が、組織の表面的な合意では到達できない領域への扉を開く。扉を開く者の存在を許容するかどうかが、組織の長期的な可能性を決める。
本記事を含む連載「同じ声、違う人格——PMが見る、声優の組織論」は、エンタメ題材を媒介に組織論を論じる新書として書籍化を見据えている。
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