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同じ声から、三人の主役が生まれた——古谷徹が演じた、組織の主役型人材の構造

正直に言う。

組織の中で「主役」になる人材には、いくつかの異なる発露の仕方がある。主役は一つの類型ではない。古谷徹という声優が、アムロ・レイ、安室透、星矢を同じ喉から発しているという事実は、主役型人材の三類型を、私に整理する手がかりを提供してくれた。三人は、いずれも作品の中心に立つ主役級の人物である。しかし、主役としての立ち方は、三人で全く異なる。

アムロ・レイは、機動戦士ガンダムの主人公である。地球連邦軍のパイロット候補生として戦争に巻き込まれ、ガンダムというモビルスーツに偶然搭乗することで、エースパイロットになる。彼の戦闘能力は、ニュータイプとしての潜在能力に由来する。能力は、本人の意志による訓練の結果ではなく、生まれ持った素質の発露である。彼自身は、戦争を望んでいない。望まない戦争の中で、生き残るために戦い続ける。物語の終盤で、彼は精神的な疲弊を見せる。疲弊しながら、戦い続ける選択を、彼は最後まで取り続ける。

安室透は、名探偵コナンに登場する三重身分のエージェントである。表向きは私立探偵の毛利小五郎の弟子として登場し、実際には公安警察の捜査官であり、さらには犯罪組織「黒の組織」に潜入したスパイとして活動している。三つの身分を同時に演じ分け、それぞれの場面で異なる人格を発露する。彼の能力は、本人の意志による訓練と、複数の任務の統合的な遂行能力に由来する。生まれ持った素質ではなく、彼の選択と訓練の積み重ねが、彼の能力の核心である。

星矢は、聖闘士星矢の主人公である。ペガサス星座の聖闘士として、女神アテナを守るために戦い続ける。彼の戦闘能力は、修行の結果として獲得したものである。修行は過酷で、何年にもわたって続けられた。仲間との結束を重視し、戦いの中で何度も窮地に陥りながら、仲間の助けによって立ち上がる。情熱的な性格で、戦いの動機を明確に言語化する。仲間のため、女神のため、正義のため、と彼は繰り返し叫ぶ。

三人を並べると、対比軸は明確である。アムロは受動型の才能であり、安室は多重人格型のエージェントであり、星矢は情熱型の実行者である。これは、組織の主役型人材の三類型として、PMの視点から論じられる構造を持つ。

アムロ型の受動型才能を、私は二十年の現場で何人か見てきた。彼らの特徴は、本人が望んでいない役割で能力を発揮することである。プロジェクトのリーダーになりたいわけではない。表に立ちたいわけでもない。しかし、組織の局面が彼らをリーダーの役割に押し出す。押し出された彼らは、生まれ持った素質によって、その役割を高い水準で遂行する。遂行しながら、本人は精神的な疲弊を蓄積する。

アムロ型の本質は、能力と本人の意志の間に齟齬がある点にある。彼らは、自分の能力を組織の中で発揮することに、必ずしも積極的ではない。発揮することの代償を、本人が直感的に理解しているからである。代償は、戦い続ける疲弊であり、表に立つことの孤立であり、能力の発揮を期待され続ける重さである。これらの代償を引き受けながら、彼らは役割を遂行する。引き受け続けた結果、彼らは物語の終盤で、精神的な限界に達する。

PMの視点でアムロ型を分析すると、彼らは組織の中で「能力を発揮させる場の管理が必要な人材」である。能力の発揮を彼らに任せきりにすると、彼らは消耗する。消耗を防ぐには、PMが彼らの能力の発揮頻度と、その間の回復の時間を、計画的に管理する必要がある。アムロ型を組織のエースとして起用し続けると、彼らは半年から一年で限界に達する。達した後の回復には、長い時間を要する。

アムロ型への対応として、私が現場で取ってきたのは、彼らに「能力を発揮しない時間」を意図的に与えることである。プロジェクトの中で、彼らに重要な役割を担わせる期間と、彼らを補助的な役割に置く期間を、交互に配置する設計を取る。設計が機能している限り、アムロ型は長期的に組織にとって価値を生み続ける。設計が崩れると、彼らは離脱するか、消耗による機能不全に陥る。

安室型の多重人格型エージェントを、私は数人見てきた。彼らの特徴は、組織の中で複数の役割を同時に演じ分けることである。表向きの役割と、裏の役割と、さらに別の役割を、それぞれ異なる人格として遂行する。各役割の周囲の人々は、彼の他の役割を知らない。知らないまま、それぞれの場面での彼を信頼する。三つの信頼の同時保持が、安室型の能力の核心である。

安室型の本質は、複数の任務の統合的な遂行が、彼の存在理由である点にある。一つの役割だけを担う人材ではない。複数の役割を同時に担うことが、彼の能力の発露である。各役割の間には、利益相反が存在する。利益相反を、本人が個人の判断で調整する。調整の結果として、複数の組織が、彼を通じて連携する。連携の質が、安室型の組織への貢献の核心である。

PMの視点で安室型を分析すると、彼らは組織の中で「複数の組織の境界を越える接続役」として位置づけることが適切である。組織の内部だけで完結する役割ではなく、複数の組織にまたがる任務に、彼らは適合する。プロジェクトの中で、社内と社外の境界、部門と部門の境界、本社と現場の境界。これらの境界を越える役割を、安室型は最も高い水準で遂行する。

安室型の限界は、組織からの完全な信頼を得にくい点にある。複数の役割を同時に担う構造は、各役割の関係者から見ると「他の場面では別の顔を持つ」という不確実性として認識される。認識された不確実性が、組織からの信頼の上限を制約する。安室型は、この上限を理解した上で、自分の役割を遂行する。理解しない組織が安室型に完全な忠誠を求めると、安室型は組織から離れる。

安室型への対応として、私が取ってきたのは、彼らに完全な忠誠を求めないことである。求めるのは、各役割の境界の中での誠実な遂行である。境界を越えた要求を組織が出すと、安室型は別の役割の任務との利益相反に直面する。直面した安室型は、組織から離れる選択を取る。境界を尊重する組織だけが、安室型を長期的に活用できる。

星矢型の情熱型実行者を、私は最も多く見てきた気がする。彼らの特徴は、戦いの動機を明確に言語化することである。「仲間のため」「目標のため」「正義のため」という動機を、繰り返し言語化する。言語化された動機が、彼ら自身の戦闘継続の根拠になる。さらに、言語化された動機が、周囲のメンバーを動かす。周囲のメンバーは、星矢型の動機の言語化に共感し、共感の連鎖が組織の推進力を生む。

星矢型の本質は、能力の獲得が修行の結果である点にある。生まれ持った素質ではなく、過酷な修行の積み重ねが、彼らの能力の核心である。修行の過程を、彼らは自分の物語として保持する。物語を持っているからこそ、彼らは戦いの局面で立ち上がり続けることができる。窮地に陥っても、修行の物語を思い出すことで、彼らは再び立ち上がる。仲間との結束も、修行の過程で築かれた絆として、彼らの中で機能する。

PMの視点で星矢型を分析すると、彼らは組織の中で「動機の言語化と仲間の結束を担う人材」として位置づけることが適切である。彼らに任せた業務は、単なる業務遂行を超えて、組織の動機を言語化する場として機能する。言語化された動機が、組織の他のメンバーに伝播し、組織全体の推進力を高める。

星矢型の限界は、動機の言語化が組織の論理と齟齬する場面での機能不全にある。「正義のため」という動機が、組織のビジネス目的と一致しない場合、星矢型は組織の論理に従うのではなく、自分の動機に従う判断を取る。判断の結果として、組織のプロジェクトが本来の目的から逸脱する。逸脱を防ぐには、PMが星矢型の動機を組織の目的と接続する翻訳作業を担う必要がある。

三人が同じプロジェクトに配属されたら、PMはどう人材配置するか。これが本記事の中核論点である。

私の結論は、三人の役割を組織の異なる場面に分割することである。アムロを技術的な最終解決の役割として、安室を組織の境界を越える接続役として、星矢を動機の言語化と仲間の結束を担う役割として配置する。三人の役割は、組織の異なる機能に対応し、互いに干渉しない。

三人の主役型人材を、同じ組織で同時に活かすには、PMが三人の能力の発露の場を、それぞれ異なる時間軸と異なる関係者の中で設計する必要がある。アムロは、技術的な臨界点で限定的に投入する。安室は、複数組織の連携が必要な場面で、境界を越える役割を担う。星矢は、組織の動機を言語化し、仲間の結束を高める役割を、平時に継続的に担う。

ただし、三人の主役型人材を同じ組織に共存させることには、隠れた論点がある。主役型は、組織の中で複数共存させることが原理的に難しい。主役は、本来一つの物語に一人である。複数の主役が同じ物語に共存すると、各主役の物語が互いに相対化され、それぞれの主役性が希薄化する。希薄化された主役は、本来の能力を発揮できない。

この問題への対応として、私が取ってきたのは、三人の主役型を「異なる物語の主役」として位置づけることである。アムロは技術領域の物語の主役、安室は組織連携の物語の主役、星矢は動機共有の物語の主役。三つの物語を、組織の中で並行して走らせる。並行する物語の交点に、PMが位置する。PMが交点を管理することで、三人の主役は互いの物語を侵食せず、それぞれの場で主役として機能する。

古谷徹が、アムロ・レイ、安室透、星矢を同じ喉から発しているという事実は、組織の主役型人材の三類型が、本質的には同じ素材から生まれているという比喩として読める。アムロの「親父にもぶたれたことないのに!」という叫びと、安室の冷静な分析口調と、星矢の「ペガサス流星拳!」という情熱的な叫びは、同じ声優の声でありながら、全く異なる主役として記憶される。声は同じでも、組織での主役の立ち方は違う。

組織の中で、主役は一つの類型ではない。受動的に押し出されて主役になるアムロ、複数の役割を同時に演じる安室、修行の物語を持つ星矢。三つの主役性は、それぞれ異なる構造で組織に価値を生む。PMの役割は、三類型の主役型人材を識別し、それぞれの主役性が発露する物語を設計し、複数の物語が並行して走る組織構造を構築することである。

私自身、二十年の現場で、アムロとして本人の意志に反して役割を担った経験、安室として複数の組織の境界を越える役割を担った経験、星矢として動機の言語化と仲間の結束を担った経験の、すべてを持つ。コンサルタントという立場は、組織の主役にはならない立場である。なれないからこそ、組織の中の主役型人材を識別し、彼らの主役性が発露する場を設計する役割を担える。主役にならない者だけが、複数の主役を支える役割を担える。これは、二十年の現場で繰り返し確認してきた構造である。

古谷徹が同じ喉から発する三人の主役の声は、組織の中で主役性がどのように発露するかの三つの異なる形を、私たちに示している。受動的な才能のアムロ、多重人格のエージェント安室、情熱的な実行者星矢。三つの主役性のいずれかが、組織の各場面で必要とされる。PMの仕事は、必要とされる主役性を識別し、その主役性を持つ人材を、適切な場に配置することである。

本記事を含む連載「同じ声、違う人格——PMが見る、声優の組織論」は、エンタメ題材を媒介に組織論を論じる新書として書籍化を見据えている。


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