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AIをよく使う人ほど、自分の意見だと思い込んでいる——「予測変換の一番上」を選び続けた3ヶ月

この記事はこんな人へ

  • AIに日常的に相談していて、たまに「これは自分の考えなのか」とふと分からなくなる人

  • 便利に使えているはずなのに、なんとなく思考力が鈍っている気がする人

  • 会議やチャットで「AIがそう言っていたので」と口にすることが増えた人

  • AIを否定はしたくないけれど、健全な距離感をそろそろ知りたい人


正直に言う。

三ヶ月前、私はある部下への評価コメントを書くのに悩んでいた。厳しいことも伝えたいが、関係は壊したくない。AIに、いくつか言い回しの候補を出してもらった。

三つの候補が、すぐに返ってきた。どれもきれいに整っていた。私は、いちばん上に表示された候補を、ほとんど迷わずコピーした。

その週、似たような場面が、また何度かあった。会議の進行案、メールの文面、企画書の見出し。私は毎回、AIが最初に出してきた案を選んでいた。

ある日、ふと気づいた。ここ最近、自分がゼロから考えて出した言葉が、一つもない。

理由は、まだ分からなかった。


一 三分で終わった評価コメント

その評価コメントは、結局三分で書き終えた。以前なら、下書きしては消し、言い回しに迷い、三十分はかかっていた作業だった。

早く終わったこと自体は、悪いことではないはずだった。でも、提出した後、私はそのコメントの内容を、ほとんど覚えていなかった。自分の手で選んだはずの言葉なのに、まるで他人が書いた文章のような、奇妙な距離感があった。

珍しくない話だと思う。


二 ある人から聞いた、企画書がどれも同じに見えた話

これは、私の知人の編集者から聞いた話である。

彼は最近、複数の若手ライターから上がってくる企画書に、ある違和感を覚えていたという。文章は違うのに、構成の骨格や、切り口の付け方が、なぜかどれも似ていた。

「みんな、AIに壁打ちしてから企画書を書いているんですよね。それ自体は悪くない。でも、最初にAIが出してくる切り口って、実はだいたい同じなんです。みんな、その一番上の案を採用しているから、企画書の骨格が、知らないうちに揃ってきている」

彼はこう言っていたそうだ。「個性がなくなったんじゃない。みんな、同じ予測変換の一番上を選んでいるだけなんです」


三 検索窓の予測変換を、ふと思い出した

もう一つ、私自身のちょっとした気づきがある。

スマホで調べ物をするとき、検索窓に文字を打ち込むと、予測変換の候補が並ぶ。多くの人は、その一番上の候補を、ほとんど無意識にタップする。

自分がその言葉を「調べたかった」のか、それとも予測変換に「そう調べさせられた」のか、その境界は、実はかなり曖昧だ。

評価コメントの話、企画書の話、そして検索窓の予測変換。三つとも、まったく違う場所での出来事に見える。


四 それでも、あなたは思うだろう

ここまで読んで、あなたはこう思っているかもしれない。

「評価コメントの話と、企画書の話と、検索窓の話。全部バラバラじゃないか」と。

その通りである。私も最初、この三つを結びつけて考えたことなど、一度もなかった。

でも、違った。


五 多くの人は、こう考える。でもそれは違う

多くの人は、「AIに頼りすぎるのが怖い」という不安を、「使う頻度」の問題だと考える。使う回数を減らせば、自分の頭で考える力は戻ってくるはずだと。

でもそれは違う。

問題は、使う頻度ではない。AIが出してきた「一番上の候補」を、無自覚にそのまま自分の意見として採用してしまう、その一瞬の切り替わりに気づけているかどうかだ。使う回数が多くても、その切り替わりに気づいている人は、思考が鈍らない。使う回数が少なくても、気づかずに採用し続けている人は、静かに考える力を手放していく。

でも、まだ全部は言わない。


六 そういうことだったのか

ここまで隠していた答えを、ここで言う。

AIが返してくる「一番上の候補」は、あなたの状況を知った上での最適解ではない。文字として渡された情報だけから導かれた、最も無難で、最も当たり障りのない答えだ。それ自体は、AIの欠陥ではない。むしろ誠実な仕様だと言っていい。

問題は、その無難な答えが、整った文章の形をしているせいで、まるで「結論」のように見えてしまうことにある。予測変換の一番上をタップするのと同じ感覚で、私たちはそれを、自分の意見として受け取ってしまう。

私が三分で書き終えた評価コメントも、あの企画書がどれも似てきた現象も、根っこは同じだった。AIが提示した「一番上の候補」を、自分で選んだつもりで、実はただ採用していただけだった。

あなたが最近、考える力が鈍っている気がするのは、あなたの能力が落ちたからではない。AIの「一番上の候補」と、自分自身の意見との境界が、静かに曖昧になっていっただけなのだ。

そして、いちばん大事なことを言う。

この境界が曖昧になるのは、意志が弱いからではない。むしろ、便利なものが目の前に現れれば、誰でも自然とその心地よさに寄りかかってしまう。それは、責められることではない。ただ、まだ、境界を意識的に引き直していなかっただけの話だ。


七 わかった。でも、明日もAIは、すぐに一番上の候補を出してくる

ここまで読んで、「なるほど、そういう構造か」と、頭では納得してもらえたかもしれない。

でも、正直に言う。理屈が分かっても、明日また評価コメントを書くとき、AIはやはり数秒で、整った候補を差し出してくる。その心地よさに抗うのは、決意だけでは、正直続かない。

PMは知っている。正しい理屈を説明しても、現場の習慣はすぐには変わらない。人と向き合う仕事も、AIとの付き合い方も同じだ。

じゃあ、どうすればいいのか。


八 最後のピースだけ、渡しておく

この問いに対して、私はある一つの問いを立てるようになった。

AIとの関係において、自分は今、どちらの席に座っているのか。行き先を決めてハンドルを握る側か、それとも、示された方向に頷くだけの側か。

この視点を持つと、AIの回答を「結論」ではなく「素材」として扱えるようになる。ただし、それを一時的な心がけで終わらせず、実際の質問の仕方、受け取り方まで含めて、具体的な型に落とし込む必要がある。

その型については、こちらに詳しく書いている。


九 その先にある、次の三分間

想像してみてほしい。

次に評価コメントを書くとき、AIはやはり、すぐに整った候補を出してくる。でもあなたは、それをすぐにはコピーしない。一晩、あるいは数分、その候補を素材として眺め、自分の言葉に置き換える一手間を挟む。

三分は、五分になるかもしれない。でも、書き終えたコメントは、確かにあなた自身の言葉になっている。


エピローグ

あの評価コメントの一件から、私は自分の中に、小さなルールを一つ作った。

AIが最初に出してきた案を、その日のうちには採用しない。

たったこれだけのことで、私が選ぶ言葉は、以前より少しだけ、私自身の顔をするようになった。

あなたが最後に、誰にも予測されていない、自分だけの言葉で何かを書いたのは、いつだっただろうか。

本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。

人を責めるより構造を見る。 今日も、少し優しくなれる。


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最後のピースはこちら

この記事で見えたのは、「なぜ自分の意見だと思い込んでしまうのか」という構造まで。

AIとの関係で、運転席に座り続けるための具体的な質問の型、回答を素材として検証する手順まで、こちらにまとめている。

AIに詳しい人ほど、AIに使われている。──運転席と助手席、あなたはどちらに座っているか(¥1,980) https://note.com/quiet_emu2080/n/nfdd84828676e


人を責めない。構造を見る。だから少し優しくなれる。

©shiraco|PMPおじさんの実践ノート @NoteCcm42090

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