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立ち止まって確かめる

ハッピーライティングマラソン#56のテーマ
『ちょっと勇気がいるけど、発信したいことは何ですか?』


私にとってそれは、数字を追うのをやめ、自分の本当の願いに立ち返るまでの葛藤を言葉にすることでした。



以前、ご紹介させていただいた傾聴100人チャレンジに挑戦中の田中和子さん。

和子さんが「余白のひととき」での時間のことを、先に素敵な記事にしてくださいました。


私も、和子さんとご一緒させていただいたときのことを振り返り、記事にさせていただいています。



和子さんの「傾聴100人チャレンジ」のご趣旨に共感し、100人の方にお話を聴く挑戦をしようかと考えました。

ですが、

そもそも100人も集まるのか?

私の場合、100人と決めてしまうと、今までの経験上、本来の「余白のひとときを過ごしてもらいたい」という思いよりも、数字を追いかけることが目的、惰性になってしまうのではないか、
と不安が過ぎりました。


余白のひとときは、正解を探すためではなく、自分の声を聴くための時間と考えています。


対話を通じて、自分でも気づいていなかった想いや願いに出会い、その人自身の光を見つけていく。


私はその過程に静かに寄り添う存在でありたいと思っています。


そのような時間を持つために、まずは誰かを巻き込むことなくできること、

「30」にこだわることにしてみました。

まずは1ヶ月、30日連続投稿。

実は、先週の土曜日の投稿でちょうど30日連続でした。


目標を設定する前までは、月曜日と金曜日の週2回投稿を基本に、気が向いたときだけ不定期に投稿していました。


最初の頃は、定期投稿以外の日は、「何を書けばいいのだろう?」と必死にネタを探して、書いていました。


連続投稿にあまり意義を感じていなかったこともありますし、書くネタに困ることも多く、表現への苦手意識から自分に負荷をかけたくなかったのです。


それでも、数字を目標にすることが今の自分に合うのか確かめたくて、まずは100よりも小さな数字で試してみることにしました。


案の定、連続投稿も気づけば数字にばかり執着し、「続けること」自体が目的になりかけている自分に気づきました。


もちろん、数字を目標にすることで見える景色もあります。


けれど、今の私が本当に求めているのは、数を積み上げることではなく、その過程で生まれる「対話の密度」なのだと、この30日間を通じて改めて確信しました。

数字という「外側の指標」に向き合った直後だったからこそ、和子さんとの対話という「内側の豊かさ」が、より一層眩しく感じられました。



その確信をより深いものにしてくれたのが、和子さんとの「余白のひととき」。
和子さんと過ごした時間はとても楽しく、お一人おひとりと向き合う時間をより大切にしたい、これからもこの場を続けていきたいという思いが強くなりました。

それと同時に、私はただ参加してくださる方の「数」を増やしたいわけではないのだと、改めて気づかされたのです。

noteという場所には、すでにご自身の想いや願いを言葉にしながら歩んでいる方がたくさんいらっしゃいます。

その方々が、それぞれの場所で満たされた時間を過ごしておられるなら、それもまた素敵なこと。

それでも、まだ言葉になっていない想いや、誰にも見せていない声があるのであれば、その声に耳を傾ける時間をご一緒できたら嬉しい。

そう願っています。

今一度、和子さんとの時間を冷静に振り返ってみて、私の役割について辿り着いた一つの答えがありました。


それは、私は「鏡」だったのかもしれない、ということです。  


正直に言えば、私は何か特別なことをした感覚はありません。


ただ、その場でご一緒し、和子さんのお話に耳を傾けていただけでした。


そこで思い出したのが、「余白のひととき」の募集文に書いた言葉です。

「砂漠のオアシスで息をつくような『心の余白』を取り戻す時間になれば幸いです」



写真でしか見たことはありませんが、砂漠のオアシスの水面は鏡のように空や周囲を映し出します。


私は、気づかないうちに鏡のような役割をしていたのかもしれません。


和子さんがもともと持っていた光や想いを映し出し、ご自身の光を頼りに歩む姿に立ち会わせていただいた。

そんな出来事だったような気がしています。


だからこそ、和子さんのおっしゃっていた「安心して還っていける場所」とは、自分自身の原点や光に還る場所なのだと捉えています。


「余白のひととき」の募集文では、休息の場所としてオアシスを考えていました。


ですが、和子さんとの時間を通して、休息の意味だけではない、「自分の声と再会する場所」「自分の光を映す鏡」としての意味が加わった思いがしております。


「余白のひととき」は、私がずっと考え続けている「どう生きるか」「何を大切にして生きるか」という問いの延長線上にある場なのだと、わずかながら輪郭が浮かび上がってきた思いです。


言葉や気持ちが行き来することを大切に、私自身、まだまだ模索段階ですが少しずつ進めていければと思います。


最後になりますが、大切な気づきのきっかけをくださった方々に感謝を伝えたいと思います。

この書く習慣の場を与えてくださり、挑戦する勇気をくださった本田健さん。

「鏡」としての役割に気づかせてくださり、温かな光を映してくださった田中和子さん。

そして、この記事を最後まで読み、私の心の機微に触れてくださった読者の皆さま。

すべての尊いご縁に、心から感謝いたします。

これからも、言葉と心の余白を大切に育んでいきたいと思います。


余白のひとときにご興味をお持ちいただけた方はこちらから↓


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