山の暮らしの物語8 折れた山桜
裏山に大きな山桜の木があった。
春になると、淡いピンクの花びらが庭先に舞い降りてきて、井戸の水に浮かんでいたりする。
畑の上の薮には 山の神さまの楠木が立っているが、この山桜は そこから少し離れた湧き水のそばにあって、まるで女神のようだ。
そんな桜の木が、夏の嵐でバリバリと折れてしまった。
父さんは残念がって、何度も折れた桜の様子を見に足を運んだ。
「半分はつながっとるで、何とかなるかもしれん」
やがて雪が降りお正月が来て、しばらく桜を忘れていたが
水もぬるみ田植えの支度が始まる頃、裏山に登ったゆきちゃんは、倒れた桜の小枝にほんのり赤いつぼみを見つけた。
よく見ると、あちこちでつぼみがふくらんでいる。
「わぁ〜い わぁ〜い」大喜びで父さんに報告した。
花の咲くのを待ちわびていると、よく晴れたある日、おばちゃんに連れられて、同い年のいとこメイちゃんが遊びにやって来た。
「ねぇ ねぇ 桜の花 取りに行こ!」
ゆきちゃんはうれしくって、さっそくメイちゃんを裏山に誘った。

今までは手が届かなかった枝が、斜面に倒れて無数の花を付けている。
陽に照らされた斜面は暖かくて、遠くの田んぼからカエルの鳴き声が聞こえていた。
夢中で枝を折っていると、父さん 母さん おばちゃんが、そろってやって来た。皆んな にこにこ笑っている。暖かい春の午後だった。
あの戦争が終わって、10年余り経った頃だ。
大人達が、どんな思いで二人を見守っていたか… 二人は知るはずもない。
その後、桜は根元から新しい芽を出し
ずいぶん小さくなったけど、それからもずっとその家を見守ってくれた。
この「山の暮らしの物語8 折れた山桜」は
こちら 「4月生まれの君へ 戦さの後で」の原作です。
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