「わかりました」は、聞けている。「そうしたい」が、聞こえない
前回は、規模もフェーズも違うさまざまな会社とご一緒するなかで、それでも変わらず大切だと感じてきたことについて綴りました。今日はその続きとして、組織が変わりはじめるとき、現場では何が起きているのか——というお話をしたいと思います。
伝えるための言葉と、聴き合うための言葉
組織の中のコミュニケーションは、大きく二つに分けられます。伝えるための言葉と、聴き合うための言葉です。
「伝える」側の代表が、説明・説得・指示です。
まず「説明」。情報を渡して、知ってもらうこと。丁寧な資料や説明会などがこれにあたります。目指すのは「わかった」です。
次に「説得」。データや事例を並べ、ときには自らの情熱や想いを込めて、納得してもらうこと。目指すのは「たしかに、そのとおりだ」です。
そして「指示」。方針を示して、行動を揃えること。目指すのは「やります」です。
この三つは、組織を動かすうえで、どれも欠かせません。説明のない組織は迷いますし、説得のない方針は、納得のないまま人を動かすことになり、指示のない組織はスピードを失います。三つがきちんと機能していることは、それ自体、良い経営の証だと思います。
ただ、「伝える」言葉には共通点があります。矢印が一方向であることです。伝える側から、受け取る側へ。正しいことを、正しく届ける。どれほど想いを込めても、この向きは変わりません。
それでも、こぼれてしまうもの
そうすると、どうしても「その間で漏れてしまうもの」が出てきます。
たとえば、受け取る側の中に残った小さな引っかかり。「わかったけれど、うちの部署では難しいと思う」という現場だけが知っている事実。「本当はこうしたほうがいいのに」という、口にされないままのアイデア。そして何より、「わかった」「やります」の先にあるはずの、「そうしたい」という内側からの気持ち。
一方向の矢印には、これらを拾い上げる戻り道がありません。伝え方をどれだけ磨いても、こぼれたものは、こぼれたままです。
対話が拾い上げるもの
もう一方の「聴き合う」言葉——対話は、ここを拾うためにあります。
対話の目的は、結論を出すことでも、どちらかが勝つことでもない——私はそう考えています。お互いに見えているものを持ち寄って、重ねること。経営には経営から見える景色があり、現場には現場からしか見えない事実がある。それを評価を挟まずに聴き合うことで、双方が得をします。
経営側は、資料やデータには上がってこない現場の実感を手に入れ、判断の質が上がる。現場側は、方針の背景にある意味を手に入れ、借り物だった言葉が自分の言葉になっていく。
ワークショップの場で、最初は口数の少なかった方が、周りがじっと聴いているうちに、ぼつぼつと自分の気持ちや意見を話し始めることがあります。「実は、ずっと引っかかっていたことがあって」。最初は途切れがちだった言葉が、真摯に耳を傾けてもらえるとわかると、だんだん具体的になっていく。そして話し終えたとき、その方の表情が少し変わっている。何かが解決したわけではないのに、です。
思うに、あの瞬間、その場の「関係」が変わったのです。「ここでは言っていいのだ」という感覚が場に生まれると、それまで漏れ続けていたもの——引っかかりも、現場の事実も、アイデアも——が、組織の中を流れ始めます。
いちばん手間のかかる時間
正直に言えば、対話は、いちばん手間のかかるコミュニケーションです。時間を取らなければならず、すぐに結論は出ず、一見すると効率が悪い。だから、忙しい組織ほど後回しになりがちです。
けれど、この手間のかかる時間こそが、説明でも説得でも指示でも届かなかった場所に届き、組織をいちばん深いところから変えていく——それが、現場に居合わせてきた私の実感です。理念のような大きな言葉が、お題目ではなく自分たちの言葉として語られ始めるのは、たいていこの土台の上でした。
私がCULTIVAという伴走の仕事で大切にしているのは、突き詰めれば、この聴き合う時間を組織の中に少しずつ増やしていくことです。立派な計画を届けることよりも、対話が自然に生まれる場をつくること。種を蒔く前に、土をやわらかくするような仕事だと思っています。
そして、社内の利害や上下関係から半歩外にいる人間だからこそ、安心して話せる——そんな場面が、たしかにあります。いちばん手間のかかるところに外の伴走者が腰を据えて関わる意味は、ここにあると考えています。
あなたの組織で最近、「対話」と呼べる時間はあったでしょうか。会議でも報告でもない、聴くことから始まる時間のことです。もしすぐに思い浮かばなくても、それは珍しいことではありません。ただ、思い浮かばなかったとしたら、そのこと自体が、案外だいじな手がかりかもしれません。
では、その時間はどうすれば生まれるのか。この連載のなかで、これから少しずつ書いていきたいと思います。
今回の一冊
デヴィッド・ボーム『ダイアローグ——対立から共生へ、議論から対話へ』(金井真弓 訳、英治出版、2007年)
「対話」という言葉の解像度を、根本から上げてくれる一冊です。話し合いがうまくいかないのは技術の問題ではない、というボームの視点は、組織の場づくりを考えるうえで、折に触れて立ち返る場所になっています。
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