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言えない会社——上司も、部下も、社長も

「部下に、言えないんです」

管理職の方から、こんな相談を受けることが少なくありません。伝えていないわけでは、ないのです。気になることがあれば、折にふれて話してはいる。ただ、いちばん言うべき核心のところは、やわらかい言い回しに包んでいるうちに、輪郭が消えていく。一般論に薄めて、本人に届く手前で止まってしまう——。経営者の方からは、少し形を変えて同じ相談が届きます。「うちの管理職が、部下に注意できなくなっているんです」。

言えない理由は、一つではありません。強く言えば、角が立つ。相手との間が、ぎくしゃくするかもしれない。自分もプレイヤーとして手一杯で、指摘したあとを見届ける余裕がない。この人手不足のなかで、もし辞められたら、という頭もよぎる。そこに近年、「ハラスメント」への不安が重なりました。指導とハラスメントのあいだの線は、思っているよりずっと引きにくいもののようです。まじめに部下と向き合ってきた人ほど、その曖昧さを重く感じている。怖がるのは、不誠実だからではなく、誠実だからです。

こうしたご相談には、「伝え方」の工夫でお応えすることができます。順序があり、言葉の選び方があり、場の作り方がある。ただ、正直に言うと、それだけで済んだためしが、あまりないのです。

印象に残っているケースがあります。入口は、やはり管理職の方の「部下に言えない」でした。ところが、現場の方たちのお話を一人ずつ聴かせていただくと、部下の側からも、同じ言葉が出てきたのです。「上司に、言えないんです」。言ったほうがいいことがある。でも、忙しそうだから。否定されたらへこむから。評価に響くかもしれないから。

そして、管理職の方も、話の終わりに、少し声を落としました。伺えば、社長に対しても、明確に伝えられていないことがあるようでした。現場のことは、本当は正確に伝えたい。ただ、忙しい社長に、細かな心配まで持ち込みたくない。現場のことは現場で何とかするのが自分の役目だ、という思いもある。だから報告は、角の立たない形に丸めてから出す——。部下の方たちが口にした理由と、ほとんど同じ形をしていました。

上司は、部下に言えない。部下は、上司に言えない。管理職は、社長に言えない。

並べてみて、気づいたことがあります。三者とも、よく似た形の「言えない」を抱えながら、お互いのそれには、あまり気づいていないようでした。それぞれが、自分だけの事情として、言葉を呑み込んでいた。実際に起きていたのは、管理職ひとりの問題ではありませんでした。ここを直せばもっと良くなるという指摘が。現場で小さく軋みはじめているものへの気づきが。数字になる前の、良くない兆しの報告が——伝われば会社を良くしたはずの言葉が、あちこちで、言われないまま消えていたのです。私はこれを、会社に薄い膜が一枚かかっているような状態だと考えています。

膜は、「言ったらどうなるか」という、みんなの小さな予測でできています。言えば、空気が重くなる。言っても、変わらない。言った人が、損をする。こうした予測は、一度か二度の経験があれば、十分に育ちます。そこに悪意がなかったとしても、膜は、日々すこしずつ厚くなるのです。

そして、この膜でいちばん割を食うのは、実は経営側かもしれません。膜のある会社で経営に届くのは、角の取れた報告です。現場の実感がどこかぼやけたまま、それでも経営の判断だけは、日々くださなければならない。見えているつもりの現場が、実は見えていないかもしれない——膜は、会社のいちばん重要な判断を、そういう足場の上に置いてしまうのです。

ここまで来ると、伝え方の研修だけでは足りない理由が見えてきます。言い方は、いわば種の蒔き方の話です。でも、膜がかかっているのは、土のほうでした。一人が上手に蒔けるようになっても、土が変わらなければ、隣の人はやっぱり黙ったままです。

もし「言えない」「言ってもらえない」が続いているなら、それは、個人の性格や能力だけの問題ではないのかもしれません。見るべきは、人そのものよりも、土壌のほうです。——では、膜はどうしたら薄くなっていくのか。それはこの連載の少し先で、腰を据えて書かせてください。

おすすめの一冊
『恐れのない組織』(エイミー・C・エドモンドソン/英治出版)
「心理的安全性」という言葉の生みの親による原典です。心理的安全性とは、仲の良さやぬるさのことではなく、率直な言葉が罰されない土壌の話なのだ、ということが丁寧に書かれています。今日の「膜」の話の、研究の側からの答えだと私は思っています。

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CULTIVA(カルティバ)/株式会社A&Mコンサルティング 代表 下風亜子
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