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「管理職になりたい人」は、いなくなったのか

リーダーや管理職に、なりたがる人がいない——。そんなお悩みを、経営者の方からうかがうことが、この数年で増えました。

声をかけた相手からは、ていねいな理由が返ってくるといいます。自分には向いていないと思う。マネジメントより、スペシャリストとして成長したい。いまの業務に、もう少し集中したい。どれも本当のことだと思います。ただ、それが全部かというと、もしかすると、少し違うのかもしれません。

実際、数字にも表れています。パーソル総合研究所が毎年続けている1万人規模の定点調査では、「いまの会社で管理職になりたい」と答える人は年々減りつづけ、2026年には、およそ6人に1人——調査開始以来、もっとも低い水準になりました。

管理職という仕事について——これから、その立場を担うかもしれない人たちに、いま、どんな話が伝わっているでしょうか。責任が重い。会議が多い。上と下の板挟みになる。自分の業務を抱えたまま、部下も見る——。実際のところは会社によってずいぶん違うはずですが、少なくとも、こうした「大変そうな話」のほうが、よく聞こえてくるように思います。

ですから、処遇を見直したり、プレイングの業務比率を減らしたりする会社も増えています。大事なことだと思います。ただ、そこまで手を打っても、なかなか手が挙がらない——そんな声も、やはり耳にします。

私が現場で聴いていて、もう一段奥にあるように感じるのは、二つの気持ちです。

一つは、人と向き合うことへの、ためらい。評価を伝える。期待に届いていないことを、本人に言う。辞めたい、と切り出される。そのどれもが、正解のない仕事です。段取りでは越えられない。うまくやったつもりでも、相手の表情が固いまま終わることがある。あの重さを、引き受けたくない——。人と人との関係が希薄になっているといわれる昨今、そう感じる人が増えていたとしても、驚くことではないのかもしれません。

もう一つは、自分でやったほうが確かだ、という感覚。自分の手で出した成果は、数字や形になって、目に見えて返ってきます。いっぽう、人が育つには、時間がかかります。歩みはまっすぐではなく、行きつ戻りつしながら、ゆっくりと実っていく。そしてその実りは、本人の努力や、まわりの支え、めぐり合わせが重なった結果でもあって、自分の関わりがどれほどだったのかを、確かめるすべはありません。

少し、視野を広げてみます。

同じパーソル総合研究所が、欧米やアジアなど世界18の国・地域で行った調査(2022年)では、「いまの会社で管理職になりたい」と答えた人は、全体の平均で6割近く。インドやベトナム、フィリピンでは8割を超えていました。日本は、およそ2割。18の国・地域の中で、最下位でした。

この差を、何か一つの理由で説明することは、私にはできません。ただ、管理職への気持ちが、国や地域でこれほど違うのだとしたら——それは、それぞれの場所で「管理職という仕事が、どう見えているか」と関係していそうな気がします。

ところで——少し意外な調査の話をさせてください。

管理職として働いている人たちは、同じ年代の一般社員よりも、会社への満足度や、仕事での幸せの実感が、むしろ高い。同研究所が2023年に公表した分析に、そんな結果があります。

研究者は、こう読み解いていました。若手には管理職の大変さばかりが伝わっていて、そのやりがいが、十分に伝わっていないのではないか——と。

言われてみれば、大変さと、やりがいとでは、伝わり方に最初から差があるのかもしれません。昨今は、自分の業務を持ちながらチームを見るプレイングマネージャーが大半です。抱えている業務の種類や量、プレッシャーは、そばで見ていれば伝わります。けれど、人が育つのを見届ける手ごたえと充実感は、その人の内側で起きることで、本人が語らないかぎり、外からは見えません。

実際、伴走先で管理職の方々のお話を聴いていると、部下の誰かの成長について、嬉しそうに話してくださる瞬間があります。その表情に、この仕事の「見えない側」が、ふっと見えることがあるのです。

私自身も、会社を立ち上げる前——企業に勤めていたころは、リーダーや管理職の立場を数多く経験してきました。正直に言えば、大変なことは、数えきれないほどありました。それでも、いま、人と組織の成長にかかわる仕事を生業にしているのは、偶然ではないのだと思います。あの日々には、あそこでしか味わえない充実感と、あそこでしか得られない学びが、たしかにあった。それが私を、この仕事に連れてきたのだと思います。

ただ——あの充実感は、当時の私の内側にあったもので、まわりからは、きっと見えていなかったはずです。いま、多くの職場で起きているのも、案外、同じことなのかもしれません。すぐ近くの席に、育てる喜びを知っている人がいる。それなのに、その喜びより先に、大変さばかりが目に入ってしまう。

だとすれば、道筋も見えてきます。

まず、割に合う構造にすること。処遇やプレイングの比率を見直して、「引き受けたら損をする」状態をなくす。多くの会社が取り組みはじめているのは、ここです。ただ、ここまでは土台で、土台は、目指す理由まではつくってくれません。

その上に要るのは、育てたことが、成果として数えられること。売上をつくった人が認められるように、人を育てた人が認められる。数字と同じくらい確かなものとして、育ったという出来事が扱われる。

そしてもう一つ。育てる喜びが、組織の中をめぐること。育てた本人が、あの内側の充実感を自分の言葉で語り、まわりがともに喜ぶ。その景色が日常になったとき、いちばん近くの席から見える管理職の姿は、「大変そう」から、少しずつ変わりはじめるのだと思います。

だから、経営者の方から「管理職のなり手がいない」というお悩みをうかがったとき、私がまず聴いてみたくなるのは——その会社の中で「人が育ったこと」が、どんなふうに扱われているか、です。気づいた誰かが、声にしているのか。まわりが、ともに喜んでいるのか。それとも——気づかれないまま、日々の忙しさに、流れていってしまうのか。

なりたい人がいないのではなく、なりたくなる土が、まだ整っていないだけなのかもしれません。

——最後に、一つだけ。御社で最近、「あの人が育ったね」という会話を、耳にされたことはあるでしょうか。

すぐに思い当たらないとしたら——案外、そこが、最初に手をつける場所なのかもしれません。

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出典:株式会社パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査」/同「グローバル就業実態・成長意識調査」(2022年)/同コラム「『若手社員は管理職になりたくない』論を検討する」(2023年)

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