仏教の教えの大前提「四法印」とは
「仏教とは何ぞや」
私が思うにそれは「この世の真理について、お釈迦様及び弟子や信者たちがまとめ上げた哲学」だと思っています。
教えは理論立ててまとめられているので、私にとっては「なるほどな~」と腑に落ちるものばかりです。
そして、その基本姿勢は「何々だから信じろ」ではなく「何々だから自分で確かめてみてね」といった感じなので、最終的には自分で答えを見つけなければいけないのでしょうね。
とりあえず議論が好きな方々は、仏陀を論破できるか挑戦してみるのも良いかと思います。
私も基本はそのような半分疑いの姿勢で仏教を学んでいます。
前置きが長くなりましたが、仏教の教えというものは非常に理論立てて構成されており、その根底にある大前提の教えが「四法印」です。
諸行無常、諸法無我、一切皆苦、涅槃寂静の四つです。
宗派によって一つ欠けて「三法印」だったりします。
それでは解説していきたいと思いますが、全てを一度に説明するのは大変ですので、あくまでこの記事の中では、簡潔に輪郭だけの記述に留めておきたいと思います。
1.諸行無常
諸行無常とは、あらゆるものは常に変化しており、不変のものは存在しないという意味です。
「さすがに変わらないものもあるだろ」っと思ってしまうかもしれませんが、よくよく考えるとそんなものは無いと気付けるのではないかと思います。
無限の広さを持つ宇宙ですら遠い未来では消滅する可能性が示唆されている訳ですから。
2.諸法無我
諸法無我とは、あらゆるものは縁起によって成り立っており、確固たる「我(実体)」を持っていないという意味です。
ちょっとわからなくなってきましたね…。
早い話が、この世のすべての物事は他の物事との相互関係によってのみ成り立っており、独立して存在しているものではないということです。
とりあえずは、「親がいないと子がいない」とか、「弟がいないと兄にはなれない」とか、「熱いという概念があるから、対比として冷たいという概念がある」みたいな話だと思っていただいて結構でしょう。
3.一切皆苦
一切皆苦とは、あらゆるものは思い通りにならないということです。
例えば、「こうしたら未来ではこうなっているだろう」という予測を外した時に人は苦しむものです。
予測していた「成功した自分」と、実際の「失敗した自分」を比較して苦しんでいる訳です。
よくよく考えると「成功した自分」や「失敗した自分」というものが、自分の脳内だけに存在する幻であることがわかるでしょう。
「成功した世界線」を観測することは出来ませんし、何をもって成功とするのかの判断基準も確固たる実体を持っていないのですから。
4.涅槃寂静
涅槃寂静とは、煩悩や迷い、悩みが完全になくなった悟りの世界は静かで安らかな境地であるという意味です。
これについては正直「だそうです」としか言いようがありません笑
私自身が悟った訳ではありませんので笑
是非とも私と一緒に涅槃を目指してみようではありませんか。
しかしながら、私自身は涅槃を目指しているわけではありませんが…。
ほんなわけで、これが仏教の教えの大前提です。
数学で言ったら「四則演算」みたいなものです。
この四法印を理解するだけで、何か悟ったかのような気持ちになれるかと思うのですが、私が思うにそれは仏教の大きな罠の一つだと考えています。
四法印を理解するのはスタート地点。
やっとここから長い仏道の旅が始まるのです。
いかがでしたでしょうか。
「もう少し知りたいな」と感じてくださった方は、よろしければ下の記事もどうぞご覧ください。
なかなか腑に落ちない所も多いかと思いますが、これが私の仏教です。
ありがとうございました。
