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恋愛小説:マシーン・ガン(1)Red House #創作大賞2025

あらすじ

夕暮れに溶け込む放課後の音楽室で、「彼女」はギターを弾いていた。その音に導かれるように扉を開く「僕」。羽のように揺れる旋律は、やがて銃弾のような叫びに変わり、過去の記憶を再生する。音と光の中で混じり合う感情。──これは、孤独を超えた二人が、自分自身を見つけて旅立つ愛と再生の物語。

あらすじ

2話

3話

4話(終)

1

——— 放課後の校舎は、時間が止まったように静かでした。

僕は高校二年生で、放課後、校舎の3階にいました。長い廊下を一人でゆっくりと歩いていました。

学校は町の高台に建っていて、窓からは遠くまで街並みを見渡すことができます。放課後の時間、誰もいない廊下には、赤く沈みかけた夕陽が差し込み、窓枠の形を模した影が床の上に長く伸びていました。

木造の古い校舎は歩くたびにわずかにきしみ、空気には木の香りが漂っていました。その香りは、静けさがかたちを持って漂っていました。僕は小さく確認をするように、鼻から息を吸い込んでみました。

僕はゆっくりと歩きました。足音だけが廊下に吸い込まれていき、現実の輪郭が少しずつぼやけていくのを感じました。まるで、夢の中にいるみたいでした。

学校はすでに誰もいませんでした。生徒の話し声も、部活動の掛け声も、どこにも聞こえませんでした。

僕は下校の途中でした。一階で靴に履き替えたとき、何かを忘れた気がして、教室に戻ろうと思いました。上靴に履き直し、職員室のある一階の廊下から、突き当たりの階段を上り、3階へ戻ろうとしました。

けれど、階段を登るその途中で、自分が何を忘れたのか、思い出せなくなりました。ハンカチだっただろうか、ノートだっただろうか。いくつか思い浮かべてみましたが、どれも違う気がしました。そもそも何かを忘れたのかさえもわからなくなりました。すぐに忘れてしまう程度のものならば、それほど大切なものでもなかったのだろうと思いました。

今日急いで帰らなければいけない理由も僕にはありませんでした。だから僕は、そのまま、階段を上り続け、目的のなくなった教室へ向かって歩いていきました。廊下を照らす夕方の光の中を、足音が響きました。

廊下を歩く足音が、夕方の校舎に小さく響いていました。窓際を通りかかると、ふと視線が外へと流れていきます。でも、僕の目が捉えているのは、明確な風景ではありませんでした。

校庭の向こうに立ち並ぶ木々の姿は、輪郭がぼんやりと滲んでいて、空に浮かぶ雲の形も、はっきりとは認識できません。それらはまるで、水に溶けた絵の具のように、淡く、揺らぎながら視界に流れ込んでくるだけでした。

木の緑も、空の青も、ただ「色」として目に入ってくるだけで、それがどんな形をしているのか、どんな意味を持っているのか。まるで、視線はそこにあるのに、心だけが少し遅れて歩いているような感覚。目の奥を風が通り抜けていくような空虚さの中で、僕はただ歩いていました。

歩きながら、ゆっくりと流れる時間に身を預けているような感覚がありました。足が進むのではなく、時間が自分を進めている。足は自然と動き、どこへ向かっているのかを問うこともしませんでした。それは、瞑想の散歩のようでした。僕はおそらく「ぼおっと」してるのだと思いました。


そんな風に、極めてゆっくりと歩いていると、どこからか音が聞こえてきました。その音色は、僕の作る静寂な空間に不思議な魔法をかけはじめているようでした。

最初は、かすかな振動のように聞こえました。空気が微かに揺れ、何かが存在を主張するように、音が廊下に静かに響いています。風鈴の鈴音のようでもあり、遠くから吹く風の音のようでもあり、形のないその音は、最初、つかみどころがありませんでした。

しかし、音は徐々に形を帯びていきました。単なる物音ではなく、確かな意図をもって奏でられていました。まるで誰かの呼び声のように、僕の耳と意識に触れてくるのを感じました。

──それは、エレキギターの音でした。

僕は足を止め、振り向いて、音の出所をみつめました。音は、三階の廊下の奥、僕の向かっていた教室とは反対側の、奥端にある音楽室から響いていました。

ゆっくりと音楽室に目を向けると、古びた木の扉が、少しだけ開いていました。扉の隙間からは、夕陽が柔らかく差し込み、廊下の静寂の中に温かな光の帯を細く一本作っていました。その光は誰かを導く道標のように、床に細く長く延びていました。

僕は、自分の教室に行くのをやめて、音楽室へと歩いていきました。

廊下に響いたギターの音は、歩を進めるごとに少しずつ輪郭を帯びていきます。僕は足音を立てないように、かかとを上げ、できるだけゆっくりと歩きました。消えそうなその音を、その静けさを壊してしまわないように、静かに進んで行きました。

音楽室の扉の前まで来て、僕は立ち止まりました。わずかに開いたその隙間から、温かな空気とともに、ギターの音が優しく漏れてきました。扉の古い木材の表面は乾いていて、わずかにひび割れていました。

ほんの少しだけ力を入れてノブを持ち、扉を引くと、keeee..と、小さな音を立てて扉がわずかに開きました。その隙間から、僕はそっと中を覗き込みました。

そして、そこにいたのは――「彼女」でした。

2

彼女は、教室の奥にある席にひとり、椅子を置き、ギターを持って、腰を下ろしていました。夕陽が背後から差し込み、肩や腕、ギターのボディを淡い金色に染め上げていました。その姿は、輪郭が柔らかく光に溶けていて、どこか現実のものではないように見えました。

彼女は椅子に浅く腰かけ、背中を起こしてギターを抱えていました。指先はゆっくりと動いていて、アンプからはざらついた音が静かに響いていました。

彼女は黒髪のロングヘアで、制服のブレザーを着ていました。髪は少し乱れており、前髪が目元を隠すように垂れていました。痩せ型の体格で、肩を少し丸めているような姿勢でした。顔立ちは整っているが、どこか影のある表情を浮かべていました。その瞳は遠くを見つめるように深く、時折視線を落とすたびに長いまつげが印象的でした。

制服は清潔でしたが、スカートの裾が少し擦り切れていて、靴下も少しだけ緩んでいました。全体的に手入れは行き届いているものの、どこか自分の存在を主張することを避けているような印象を受けました。

彼女のギター演奏は、即興、インプロビゼーションのようでした。決められた譜面など存在しないかのように、音が自由に、アドリブのように流れていきます。けれど、決して気まぐれではなく、彼女の中にだけある確かなルールと地図に従っているようにも感じました。

その音は不思議と僕の耳に馴染みました。初めて聴くはずなのに、どこか懐かしいような感覚が胸の奥に残りました。幼い頃流れていたような、まるで夢の中で聴いたことがあるような――あるいは、ずっと昔、名前も知らない誰かが教えてくれたような――そんな感触でした。

彼女の弾く音楽は、「ブルース」でした。切なく、どこか翳りのあるメロディ。湿り気を含んだ低音が、部屋の隅々に染み込むように響いていました。

少女の指先からこぼれるには、少し重い音色でした。大人びた孤独と、言葉にできない静けさ含んだようなその音は陰影がありました。

ただ、彼女にはそれがよく似合っている気がしました。ギターを抱く姿勢も、フレットを押さえる指の動きも、どれも自然で、まるでギターが彼女の一部になっているかのようでした。彼女はギターを弾いているのではなく、自分の中にある何かを語っているように見えました。

やっぱり、この音は、この曲は、この「ブルース」は、どこかで聴いたことがある気がしてきました。

けれど、それがいつだったのか、誰が弾いていたのか、思い出そうとしてもはっきりとは浮かびません。ただ、胸の奥に何かが静かに触れた感覚だけが、確かにそこに残っていました。

彼女は、僕の存在に気づいていないかのように、うつむいたまま演奏を続けていました。

髪が頬にかかり、その表情は読めません。それでも、彼女の背中からは、どこか待っていた人を迎えるような雰囲気が漂っていました。まるで、僕がここに来ることを知っていたかのように、僕を教室へと静かに招き入れるように、指先から音を鳴らし続けていました。その音には確かな意思と温度がありました。彼女が呼びかけるように、語りかけるように、呼応して音楽が流れていました。

ギターの音は、即興のような自由な流れを保ちながら、徐々にひとつの形を帯びていきました。最初はブルース特有の、ゆったりとしたコード進行だけが繰り返されていました。しかしそのなかに、わずかに揺れるタイミング、音の重なり、メロディの余韻が混ざり始めていました。

その響きに引き寄せられるように、僕は扉の影からそっと教室の中に踏み出しました。教室は、廊下とは空気が変わっていました。ギターの音が空間を支配していて、音のひとつひとつが埃を照らす光の粒と混ざり合い、目に見えるほど濃密になっていたのです。まるで、過去の記憶の展示室を歩き始めたような、そんな不思議な感覚でした。

彼女のギターは、低く、うねるようなトーンで、ひとつの旋律をゆっくりと形作っていきました。感情を押し殺すようなフレーズ。張り詰めた静けさのなかに、どこか置き去りにされたような寂しさが滲んでいました。

リフは短く、言葉のように切れながらも、どこかで続いていくことを願っているかのようでした。音と音の間にある空白に、息を呑むような間がありました。

淡々と続くブルースの進行のなかで、彼女は何も語らず、ただギターだけが語っていました。何度も、何度も、行き場を探して彷徨うような旋律。それなのに、どこにも辿り着かない。

その時、不意に――まるで胸の奥にしまっていた名前が、音によって呼び出されたかのように、僕の目の前に、自然と、曲の名前が浮かびました。

3

「Red House」。

ジミ・ヘンドリックス。

曲名とアーティストがスクリーンテロップのように目前に浮かんだ気がしました。

僕は、それほど音楽に詳しいわけではありません。ギターの種類や奏法なんて知らないし、コード進行の理屈もよく分かっていません。ジミ・ヘンドリックスの名前だって、有名だから知っているだけで、熱心に聴いたことがあるわけじゃない。

なのに――どうしてだろう。この曲を知っている。

彼女の演奏を聴きながら、まるで誰かが耳元でそっと囁いたように、あるいは長い間閉ざされていた引き出しの鍵が急に開いたように、その曲の名前が自然と頭に、目の前に浮かびました。

「Red House」だ、と確信する前に、もうそれ以外ではあり得ないと、誰かが答えていました。曲の名前だけじゃありません。彼女の演奏のひとつひとつの旋律が予想でき、詳細に感じ取れていました。

ピックが弦に触れる瞬間の、ほんのわずかな引っかかり。アンプから滲み出すように広がる、湿ったトーン。音が途切れるときの余韻。彼女の指先が次のコードへ移る前に、ほんの少し迷うような呼吸のような間。そのすべてが、言葉ではなく感覚として、僕の中に流れ込んできました。

低音弦が唸るたびに、胸の奥が震えました。まるでその音が、僕自身のどこか深いところに触れているような感覚でした。高音のフレーズが上がるたびに、何かを探し続けているような孤独を感じました。

彼女の演奏は、正確さや技術のアピールとは無縁でした。そこにある気持ちが、言葉の代わりに音として存在しているだけでした。

そして、そんな彼女の音に触れていると、まるで僕自身が、ずっと前からこの曲をお気に入りとして知っていたような錯覚すら覚えました。知らないはずなのに、知っている。聴いたことがないのに、懐かしい。

彼女の指使いは、この曲を何度も弾いてきたかのように自然でした。ベンドやビブラートを効かせた音が、夕暮れの教室に響き渡ります。時折入る微かなミスも、アドリブのような生々しさを感じさせました。

アンプから流れる歪んだ音は、どこか懐かしく、そして痛みを帯びていました。彼女は時折、目を閉じ、深いため息をつくように音を紡いでいきます。「ブルース」の悲しみが、彼女の指先から溢れ出ているようでした。

演奏は次第に熱を帯びてきました。彼女の内に秘めた感情が、ギターの音となって解き放たれていくようでした。その音は僕を待っていたような、誘うような、何かを告げようとするような響きを持っていました。一音一音が意味を持ち、僕の心に直接語りかけてくるようでした。

彼女が一瞬、こちらをチラリと見たような気がしました。

そしてブルースのフレーズはスローに、フェードアウトするように止まりました。

静寂が訪れました。

彼女の指が止まり、音が静かに消えていくと、空気が一瞬、固まったように感じました。彼女は、ギターを抱えたまま黙っていました。

何も言わない彼女のうつむいた顔を、僕はじっとみていました。そしてしばらくすると、彼女は再び演奏をはじめました。曲調がかわりました。

「レッドハウス」はジミ・ヘンドリックスが書いた曲で、1966年にジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスによって録音された最初の曲の1つです。従来の12音節のブルースの音楽形式を持ち、ヘンドリックスのギター演奏が特徴です。彼はExperienceを結成する前にこの曲を開発し、初期のブルースの曲に触発されました。

wikipedia:Red House (song)

Edited by REI / with support from ChatGPT , Image generated with Canva

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