見出し画像

#85『薄明』14章:挑戦④

前回のお話はこちら↓↓

あらすじはこちら




「彼、彼女らにとって、西園寺が救った第一号の少年──

交通遺児という立場から今の地位までのし上がった櫂が、その最高のロールモデルとして皆の憧れになるでしょう。」


茉莉の口から自分の名が出た瞬間、後ろに控えていた櫂は雷に打たれたような衝撃を受けた。


茉莉が最後に使った最強の切り札。


──それが自分だった。


茉莉は櫂がコンプレックスにしてきた、遺児であるという隠したいはずの闇を、「西園寺の誇るべき成功例」として堂々と提示した。


「拾い物」と蔑まれ、自分でもその運命を呪っていた──


そんな自分の生涯を、西園寺の教育の正しさを証明する、最も価値ある資産なのだと


彼女は言った


「茉……莉」


驚愕した櫂は思わずその名を口にした


「……交通遺児のロールモデル、か」

征嗣が低く呟く。


その視線は櫂に向けられる。


櫂は背筋を伸ばし、西園寺の未来を担う一人の経営者候補として、一点の曇りもない眼差しでその視線を受け止めた。


室内の張り詰めた空気が、ゆっくりと、確実に変化していく


征嗣は椅子の背もたれに深く体重を預け、組んでいた手をほどくと、デスクの上の資料をもう一度見つめた。


「……採用コストの削減、ESG経営による認可優位性、そして人材ポートフォリオの変革…」


征嗣の口元に、微かな笑みが浮かぶ。

それは、愛娘に向ける柔和な笑顔ではなく、ライバルを認めた時のような経営者の笑みだった。


「……いいだろう。現場のKPI(業績評価の指標)への組み込みと、本社での事前研修システムの構築。

この二点を条件に、試験的な立ち上げを許可する」

征嗣が手元のタブレットにサインを刻む。


「お父様…!」

「ただし1年以内に定量的な成果が見えなければ、即座に打ち切る。

櫂、お前が彼女の監視役だ。

身内だからと甘やかせば、お前の評価も削る。わかっているな?」

「承知いたしました」


社長は続けた


「…とは言えお前はまだ社会的に未熟だ。

一年間は理事会の補佐から始めろ。
予算管理は専任をつける。
西園寺の名は重い。組織を動かすのは、おままごとではない。

まずは一週間以内に、理事会へ提出するための完全版の起案書を仕上げろ。そこから先は佐々木にスケジュールの指示を出させる」


そして一瞬だけ、声が柔らぐ。


「無理はするな」



「っ…!……はい!ありがとうございます!!!」


茉莉は顔を紅潮させながら深々と頭を下げた。

目から涙がこぼれそうになるのを、奥歯を噛んで必死でこらえた。

泣いている場合じゃない。

これから数ヶ月は、今までの人生で最も忙しい日々になる。



2人は佐々木と共に社長室を出た


扉を閉めた途端、膝から急に力が抜ける

「………っ……はぁ〜〜〜〜〜〜〜っ……!!!!」


茉莉は大きな息を吐いてその場に座り込んだ


「……茉莉!」


櫂が即座に茉莉の肩を抱く。そして佐々木も膝をつき、茉莉の背中をポンポンと優しくたたいた。

「お疲れ様でした、お嬢様。
あの社長に、一度も言葉を詰まらせることなく、最後には笑みさえ浮かべさせた……ご立派でしたよ」

「櫂…佐々木さん、私…」


膝をつき、肩を上下させて呼吸を整える。

茉莉は今になって震えていた。

極度の緊張を乗り越え、涙を浮かべ、笑う。


「頑張ります…私。

絶対に、皆さんを後悔させない。

そして、一人でも多くの人を幸せにする。…見守ってください。

…一生懸命頑張ります!」



(……本当に、このひとは

凄まじい人だ…)


櫂は誇らしさと、愛おしさと、そして彼女が自分の想像を遥かに超える高みへ登ろうとしていることへの畏敬の念でその胸中は激しく渦巻いていた


「全力であなたを……支えます。
だから、安心してその翼を広げてください。茉莉。…、愛しています。心から。」

佐々木がそこにいるのも構わず櫂は茉莉に愛を告げた。


愛しているなどという言葉ではとても足りない。

気持ちが溢れて止まらない。


ああこの人と出逢えた奇跡。

それこそが

自分の宝だ。




少し早いですが14章がここで終わり、明日はあらすじまとめになります。

その後、番外編をひとつ挟みますね。
重厚な空気が漂う本編からひと息ついて、ちょっと軽い雰囲気のストーリーです。お楽しみに♪

そして15章からいよいよ茉莉の新しい人生のテープが切って落とされます
応援してください!

それではまた






いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集