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#11薄明スピンオフ 『九条稜真の恋』

こちらの物語は、先日完結した長編恋愛小説『薄明』の番外編(スピンオフ)ですが本編をお読みになっていない方でも単体でお楽しみいただける内容になっていますので、本編未読の方もぜひ気軽にお読みください。

お待たせしてしまいすみません。帰国しました!(シンガポールの写真などは昨日のnoteにどうぞ)

前回のお話はこちら

ぜひおさらいの上、続きをお読みください🤗
それではどうぞ…



薄明スピンオフ 九条稜真の恋 第11話


……

深い水底から浮かび上がるように、意識がゆっくりと押し上げられる。

頭の奥にはまだ心地よい痺れのようなものが残っていて、自分の身体がどこにあるのかすら、すぐには分からない。


まぶたを開けることすら億劫で、稜真はぼんやりと夢現ゆめうつつを漂っていた


「……、ん…」


​わずかに身をよじると肌をかすめる、見知らぬシーツの触感。

まとわりつくアロマの香りと、ほんの少しのアルコールの余韻。


自分の部屋の匂いではない。


​(……?ここは……どこだ……?)


かすみのような記憶がゆっくりと輪郭を取り戻していく。

​昨日の夕方、美術館に行った


ビストロの温かい灯りの下で食事をし、夢中で言葉を交わして


閉店後の冷たい夜風の中、誘われるまま、この部屋に来て──。



​そこまで思い至った瞬間、頭の奥の霧が一気に吹き飛び、昨夜の記憶が鮮烈な熱を伴って脳裏に焦点を結んだ。



​理華を、抱いた。


息が止まるほど甘く、何もかも忘れ、彼女をこの手で───。


​(そうだここは、理華さんの部屋だ…!)


​ドクン、と心臓が跳ね、脳が一気に覚醒を迎える。


───理華と肌を重ねるのは確か4回目だ。

彼女が高級娼婦エスコートをしている時に、自分は客としてその身を沈めた。


だが──



​稜真は、息を殺しながらそっと隣を振り返る。

​そこにはまだ薄暗い中、規則正しい寝息を立てている理華の姿があった。

胸が甘く締め付けられる。



昨夜の彼女は、以前「エリカ」として一夜を共にした時とはまるで違っていた。


あの頃の彼女は、どこまでもプロフェッショナルだった。

こちらの求めるものを先回りし、男の自尊心を完璧に満たしてくれる、隙のない洗練された技術と従順な仕草。

それは間違いなく極上のもので、自分を救ってくれたことに嘘はない。


  

​しかし──昨夜の理華は違った。


​ただの、ひとりの愛しい女性だった。


僕の首に必死にしがみつき、熱い吐息を漏らしながら、甘えるように何度も名を呼ばれた。


足を絡ませ、思うままに抱きしめてくれた。


男を喜ばせるための計算された身のこなしではなく、自分の与える快感に翻弄され、ただ歓喜に震えて全身で僕を求めてくれた。


​甘やかで、奔放で、まるで飲み込まれてしまいそうなほど愛おしく──そしてなにより


無防備だった。



稜真は思わず口元に手を当てる

隣で眠る理華は、昨夜のあの艶やかな表情は影を潜め、まるで少女のように可憐だ


(……どうしよう)


すごく……

愛おしい。



稜真は息を吐き、天井を見上げた


​酔っていたとはいえ、まさかこんなことになるなんて。

思わぬ展開の早さに、自分でも言葉が出ない。


​壁の時計に目をやると、針はもうすぐ六時を指すところだった。

会社の始業は九時だ。ここから一度自分の家に帰り、シャワーを浴びて着替えれば、余裕で間に合うだろう


​けれど……


稜真はすぐに立ち上がることが出来なかった。

いや、立ち上がりたくなかった。


シーツの中に漂う彼女の香りと、この温もりの中に、まだもう少しだけ身を沈めていたい。


だってつい、​ほんの十数時間前、僕はたった独りだったのだ。

物寂しく、心にぽっかりと大きな穴が空いたような、冷たく侘しい日々を生きていた。

​それが……なんということだろう


​世界がまるで反転していた。

ずっと会いたいと密かに願い続けていた女性と、今、こうして同じベッドの上にいる。

手を伸ばせば、触れられる距離に彼女は眠っている。


茉莉と別れて以来数年、これまで誰と過ごしても埋まらなかった心の隙間に、たった一つのピースがかちりとハマったような不思議な感覚があった


​だが…


ふと不穏な想像が胸をよぎる


​そう思っているのは自分だけではないのか

理華にとっては、もしかしたら僕なんて

大勢の中のひとり、だったり──

するのではないだろうか


稜真が息を詰めたその時だった。


「おはようございます」


​隣で、シーツが擦れる音がした。


薄目を開けた理華が、まだ少し眠たそうに、それでいてこの上もなく温かい瞳で稜真を見つめ、優しく微笑んでいた。

「……っあ……、っ…
おは、…おはよう」

​内心を見透かされたような焦りと、目覚めた理華のあまりの美しさに、ドギマギして思わずどもってしまった

そんな彼の慌てようを見て、理華がクスッとおかしそうに笑う。


「……お仕事…、お時間、大丈夫ですか?」

「……あっ、うん、大丈夫。
始業は9時だから全然…。今なら急がなくても、十分間に合うよ。」


「そう、良かった…。」


​理華は安堵の溜息混じりに微笑むと、ベッドの上に半身を起こした。


「これ、少し借りてもいいかしら」


シーツが滑り落ち、露わになった美しい肩と白い肌。

彼女はベッド脇に落ちていた稜真のシャツをサッと拾い上げ肩に羽織る。


ボタンもロクに留めずにそのまま立ち上がると、キッチンへ向かい、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して戻ってきた。


​「どうぞ。喉、乾いているでしょう?」

​「…あ…ありがとう」


​自分のダボッとしたシャツから、理華の華奢な首筋と鎖骨、そして細い脚が覗いている。


(か…彼シャツってやつじゃないか…)


目のやりどころに困り、稜真は慌ててもらったペットボトルのキャップを開け、冷たい水を喉に流し込んだ。

昨夜の酒気と熱っぽさが引いていき、現実の朝の感覚がじわじわと戻ってくる

「…ごめんなさい、昨日無理に誘って引き留めてしまって。今日月曜日なのに。」


ベッドの端に腰掛けながら申し訳なさそうに彼女が言う

「そんな、無理だなんて……
嬉しかったよ、すごく。…、

本当にすごく……嬉しかった…。」


稜真が心の底から噛み締めるようにしみじみとそう言うと

理華がホッとしたように胸をなで下ろし、笑った。


そして、長いまつ毛を伏せると、顔にかかった髪を指先でそっと耳にかけながら、少しだけトーンを落としてぽつりと呟いた。


「あの…稜真さん。

……あんな仕事をしていた女が言っても全然説得力無いのは分かってるんですけど……」


​そこまで言って、理華は一度言葉を切り、意を決したように静かに言葉を紡ぐ。


「私を軽い女だと思わないでくださいね」

ドキッと心臓が跳ねた

さっき心の中でよぎった不安を見透かされていたようで。


「誰でも良かったんじゃないの…私、稜真さんだったから誘ったんです。」


理華が真っすぐこちらを見て言った


まっさらで、ひたむきで、


涙は出ていないのになぜか
──泣いているように見えた


​稜真も息を呑み、吸い寄せられるようにその瞳から目を離せなくなる。


「私、駆け引きとか計算とか…そういうことしたくないんです。

ごまかしたり卑屈になったり、押したり引いたり、待ったり、焦らしたり…そういうの全部。


もう…二度と…

後悔したくないから。」





続きは明日21時頃更新予定です



理華の後悔とは…?


九条稜真の恋を第一話から読む↓

本編薄明を第一話から読んでみたい方はこちら↓

本編薄明で理華と稜真が交わるシーンがある18章はこちら↓

明日もお楽しみに!

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