越の雪姫 三竹屋 新潟三条 和菓子なスクチャイ073 2024.09.25
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越の雪姫 三竹屋 新潟三条




1.三竹屋の「越の雪姫」
三竹屋の「越の雪姫」は、一般名称としてはいわゆる淡雪または淡雪羹で、たとえば以前紹介したJAL国内線ファーストクラスの食後に提供された甘味、山口県下関の松琴堂の「阿わ雪」の系統のお菓子だ。
新潟燕で言うと以前紹介した「雲がくれ」だろう。
他にも名前を変えて各地にありそうなお菓子で吾輩が最も好む和菓子のひとつだ。
今回紹介する「越の雪姫」はジャイアント馬場さんの故郷新潟三条の和菓子屋「三竹屋」の商品だ。
ちなみに「越の雪姫」の謂れでもあるのかとGoogleで検索すると、あいにく長岡の三大銘菓「越乃雪」ばかりが出てきて「越の雪姫」が出てこないのだった。
「越乃雪」が有名すぎて「越の・・・」で越乃雪が検索されてしまう。
2.ふわふわ系は散らからない系
この手のふわふわ系のお菓子は齧っても散らからない「散らからない系」というのもいい。
粉菓子は齧ると散らかる「散らかり系」だ。
粉菓子はだいたい押し菓子なので押さえつけて整形しているが、この「淡雪系」はメレンゲの要領で空気を含ませてふわふわにしているので、押さえつければペタンコになるかちっちゃくなる。
「押し菓子」とは反対の「押さえつけたらアカン菓子」なのだ。
言い換えれば「持ち運びに気を使う系」のお菓子だ。
そのため数を買う場合箱に入れる場合が多い。
しかし三竹屋では地元の地元民のためのお菓子屋さんで、一個売りしているのが嬉しいのだった。ここは大人の駄菓子屋の感覚だ。
近所のおばあちゃんがお茶を飲む時に一個だけ買いに来てるような姿が目に浮かぶ。
3.三竹屋さん

「三竹屋」店舗は写真のように暖簾もなく、言われなければここが和菓子屋さんとは思えないのだ。
しかも営業時間も休日も謎。
この写真を撮った時は平日の午後1時過ぎだったがこのようにカーテンが閉まっていて休業中だった。
営業していても暖簾も看板もないので、外から店舗を覗いてショウケースに商品が並んでいるかどうかを見極めるしかない。
何度も行ってる店だが一度午後3時ごろにちょうど主人がカーテンを閉めつつあるタイミングだったことがあった。
「もう今日はおしまいなんですよ〜」
と言うのだったが特に吾輩のように遠くから行く場合「ガーン!」の瞬間だ。
この写真の時も休んでいて「ガーン!」だった。
実際吾輩の場合、このお店は3回に1回、いや、2回に1回は「ガーン!閉まってる!」の憂き目に遭っている。
店主はかくしゃくとはされているがご高齢でお一人で製造から販売まで行っているのでいつやめてしまうのか気が気でないのだ。
ひとりでの製造なのでそんなに数も種類も出せないが、季節に応じて鮎が出たりきんつばが出たり今回のように越の雪姫が出たり中華まんじゅうが出たり水まんじゅうが出たりどら焼きが出たり、その他諸々、持ちネタは結構豊富なのだ。
それにお菓子はどれも誠実に美味しい!
4.知り合いホテルマンの親戚
実はここは吾輩のよく泊まる地方都市の外資系ホテルのホテルマンの親戚なのだ。
そのホテルマンが新潟三条出身と言うのでジャイアント馬場さん情報をいろいろ聞き出したことがあった。
そこでこの和菓子屋のことを教えてくれたのだ。
誰かに言われないと絶対に通り過ぎてしまう店舗で気付かないはずだ。
店の雰囲気からも、昔からの馴染みの地元民のために営業しているということがわかるのだった。
場所柄、遠くから買いに来る人はいなさそうな店なのだ。
ましてや吾輩のように県外から買いに行く人など皆無だろう。
5.笑点の春風亭一之輔はどう?
ご主人は笑点が好きなので行く度に笑点ネタの話になるが、一度、春風亭一之輔はどう思うかと訊いてみたことがあった。
春風亭一之輔は年齢では笑点メンバーで一番若い。
が、一番エラソーにしている・・・ように見える。(≧∇≦)
ご高齢の方がああいうヤツを見ると生意気だと感じるのではないかと思ったのだった。
そもそも吾輩自身が当初春風亭一之輔は生意気なヤツと思っていたから他の人の、とくにご高齢の方の意見を訊きたかったのだ。
するとご主人はとても嬉しそうな表情をして言った。
「いや〜、面白いですよ〜。彼は好きですよ〜」
春風亭一之輔は案外高齢者層にウケているのかもしれないとその時初めて気付いたのだった。
訪問するたびに壁に掛かってる笑点カレンダーが毎月一枚ずつめくられているのだが、それが変わるのを見るために毎月通って、その時々の和菓子を買いたいな、と思うのだった。
6.ジャイアント馬場さんがリヤカーで通った道
ちなみにジャイアント馬場さんの小中学生時代、この店の前の道をリヤカーで通っていたのを何度も見ていたらしい。
ご主人は馬場さんよりずっと年下なので小さい頃の話だ。
もちろん道路は舗装されていない砂利道だった。
この道の先に市が立つので、その行き帰りにこの道をリヤカーで通っていたのだそうだ。
7.ジャンボ鶴田さんがガムを買いに来た
その後、馬場さんがプロレスラーになってから、全日本プロレス三条大会の時は隣の越前屋ホテルにレスラー達が宿泊していたらしい。
ただし馬場さん自身は実家に帰るのでホテルには泊まっていなかった。
それで、あるとき、三竹屋にジャンボ鶴田さんがぬうと現れて、店内を見渡してからガムを買ったことがあったらしい。
興行バスが出発する直前であったようだ。
ジャンボ鶴田さんは大きな手でガムの代金をご主人に支払ったそうな。
あいにくご主人はプロレスには昔から興味なく見てなかったようで特に何も話はしなかったらしいが、ジャンボ鶴田さんは知っていたようだ。
その時は三竹屋は和菓子だけでなく駄菓子も扱うお菓子屋さんだったのだ。
ジャイアント馬場さん絡みのこういう貴重な生の話が聞けるのも吾輩が三条に通う理由のひとつなのだ。
(おわり)
