渡来人は、帰ってきた縄文人だった ── 鬼界カルデラから、シュメール・ユダヤ・インドまで
7300年前、鹿児島の沖で海が燃えた日があった。その日に故郷を追われた人々が、ユーラシア大陸を西へ、東へとさまよい、何千年もかけて日本に戻ってきたかもしれない、という話がある。遺伝子解析と世界中の伝承を重ねると、教科書では「渡来人」と呼ばれている人々の正体が、少し違って見えてくる。
海が燃えた日
7300年前。
鹿児島の沖、
鬼界カルデラ。
その日、
海が燃えた。
火砕流が海の上を
40km走った。
火山灰は東北まで届いた。
完新世1万1千年で、
世界最大の噴火だったと、
神戸大学の研究で分かっている。
その下にいた南九州の縄文人は、
壊滅した。
1000年、
人が住んだ形跡がない。
1000年、
無人。
教科書では、
「日本人のルーツは、ずっとここにいた人たち」
と、なんとなく書いてある。
ただ、ずっと、
ではなかったかもしれない。
Dという血の世界地図
日本人男性のY染色体を調べると、
40%くらいが
「ハプログループD」
という古い系統を持っている。
縄文人由来の血だ。
このD、世界に3か所だけ、
飛び石のように残っている。
日本。
チベット。
アンダマン諸島。
中央アジアでは、消えた。
中国の主要な集団からも、消えた。
辺境にだけ、
残っている。
ちなみに、
最近は核ゲノムという解析が進んだ。
Y染色体だけだと父系しか追えないが、
核ゲノムなら父母両方の実態が見える。
その結果、
「縄文人=D、弥生人=O」
という単純な分け方は、
ほぼ崩れた。
たとえば、
鳥取の麦バダ遺跡。
同じ人骨から、
DとOの両方が検出された。
古代から、混血はもっと
進んでいたということ。
DNAと見た目の関係を、
進撃の歴史旅という方が
丁寧に整理していたのがこれ。
散らばったDの痕跡
ここから少し、
ロマンが入ってくる。
ただし、
ロマンの根っこにも、
遺伝子の話がちゃんと残っている。
中国南部に
チャン族という民族がいる。
彼らにも、
ハプログループDの痕跡がある。
そして、なぜか
「失われた10支族」の伝承を持っている。
自分たちはアブラハムの子だ、
と語る。
ミャンマー国境のカレン族も似ている。
インドのベネ・メナシェは、
マナセ族の末裔を名乗っている。
キルギス人には、
こんな伝承が残っている。
「肉が好きだった者は山に残って
キルギス人になり、
魚が好きだった者は海へ向かって
日本人になった」
兄弟だった、と言っている。
これ、
日本神話の海幸彦と山幸彦の話に
似ていなくもない。
進撃の歴史旅という方は、
こうした痕跡を並べて、
こんな仮説を語っている。
「ユーラシア大陸を西から東まで、
D系統の民族同士による広大なネットワークが
あったのではないか」
朝鮮半島に縄文系の痕跡が残っていることを
発掘資料から整理した動画はこれ。
鬼界カルデラから散った縄文人が、
大陸を経て、また日本に戻ってきた——
その大まかな流れが冒頭で語られている。
学術の主流からすると、
少数派の説。
ただ、
「核ゲノムで分かってきたこと」と
「世界中の伝承」を
丁寧に組み合わせていて、
無視するには厚みがある。
そして、戻ってきた
時代は飛ぶ。
紀元前後、
大陸から日本に渡ってきた人々がいた。
教科書では、
「渡来人」
と呼ばれている。
秦氏、弓月君、扶余、百済。
彼らがヤマト王権を支えた。
ここで、ちょっと立ち止まる。
弓月君は、
中央アジアの「弓月国」から来たとされる。
キルギスの、あたり。
さっき出てきた、
「肉が好きだった者」の
住んでいた場所だ。
つまり、
教科書で
「大陸からやってきた渡来人」
と書かれている人たちの中に、
もとは、
ここから出ていった縄文人の子孫が、
混じっていた、
かもしれない。
これを、
縄文帰還組
と呼ぶ人がいる。
帰ってきた縄文人。
本人たちは、
自分が帰ってきたことを、
たぶん、覚えていなかった。
D系統が日本にたどり着いて、いったん大陸に出て、やがて戻ってきた——その総まとめはこちら。
中心が壊れて、周縁が保存する
故郷を追われ、
長い旅をして、
時を経て戻ってくる。
この物語、
どこかで聞いたような気がする。
同じ仕組みは、
あちこちにある。
ローマが崩れた後、
辺境の修道院が
古典を抱えて千年生きた。
そして時が経って、
ルネサンスとして本国に戻ってきた。
方言は、
周縁ほど古い形が残る。
柳田國男が
方言周圏論で書いた。
梅棹忠夫は、
「文明は周縁が保存する」
と書いた。
中心で生まれたものは、
中心で壊れる。
そして、
端っこに逃げ込んで、
時間をかけて戻ってくる。
これを、
「逃げ場の地理学」
とでも呼べばいいだろうか。
日本列島は、
世界の端っこにある冷蔵庫で、
古い血と、古い神話と、古い言葉を、
ちゃんと保管していた、
のかもしれない。
結び
Dは、帰ってきたのか。
それとも、ずっとここにいたのか。
たぶん、
両方だ。
出ていった一部は、
世界の端で生き延びて、
何千年か経って戻ってきた。
戻れなかった一部は、
チベットやアンダマンで、
今も残っている。
ずっとここにいた一部は、
ずっとここにいた。
縄文の血は、
散ったあとも、
散ったまま、
ちゃんと残っていた。
それを保管していたのは、
誰でもなく、
「世界の端っこ」という場所そのもの、
だったのかもしれない。
データで見る「ハプログループDの世界分布」
・日本人男性のY染色体ハプロD系統: 約32〜39%(Wikipedia「ハプログループD1a2a」)
・アイヌ: 80%以上(同上)
・アンダマン諸島オンゲ族・ジャラワ族: D1a2b系統で100%(同上)
・チベット: D1a1(Z27276)系統が高頻度(Wikipedia「ハプログループD」)
・中央アジア・中国の主要集団: ほぼ消失
・D系統の分岐年代: 約5万3千年前(同上)
・鬼界カルデラ大噴火: 約7300年前、完新世最大規模(神戸大学・JAMSTEC研究(2024))
あわせて読みたい
聖書と古事記が、同じ脳から出てきた
古事記も最初は怪しい本だった
ちゃんとやってる人ほど、怒ってる ── 放蕩息子の、兄の話
よくある質問
Q. 縄文帰還組や日ユ同祖論は学術的に認められているの?
A. 主流の学説ではありません。秦氏ユダヤ系説、弓月=失われた10支族説などは、考古学・遺伝学の主流からは支持されていません。ただし、ハプログループDが日本・チベット・アンダマンに飛び石で残ることや、中国南部のチャン族にD系統の痕跡と「失われた10支族」伝承があることは、事実として確認されています。「点」は事実、「線で結ぶ」のは仮説、という整理が公平だと思います。
Q. なぜ中央アジアでD系統が消えたの?
A. はっきりとは分かっていません。ただ、中央アジアは東西交通の要衝で、人の入れ替わりが激しい地域です。新しい集団(O系統やR系統など)が大規模に流入したことで、古いD系統が薄まっていった、という説明が一般的です。逆に言うと、辺境の方が「古い形」を残しやすい、という構造が見えます。
Q. 「縄文人=Dで、弥生人=O」は正しい?
A. 大まかな傾向としては当たっていますが、最近の核ゲノム解析で「単純すぎる」と分かってきました。鳥取・麦バダ遺跡では、同じ人骨からD系統とO系統が両方検出されています。混血は私たちが思うより、ずっと早く、ずっと深く進んでいたようです。
いいなと思ったら応援しよう!
読んでいただき、ありがとうございます。
チップは任意ですが、いただけた場合は、静かにガッツポーズしています。