カベセオ進化系
カベセオとは、ダンスパートナーを踊りに誘う、アルゼンチンタンゴ独特のお作法。どうするのが正しい、こうするのが上手くいく、とタンゴ関係のソーシャルメディアでも常に意見がとびかう、沼トピックのひとつでもあります。
(タイトル画像:Photo by morefun_boy on Unsplash)
みんなでああでもないこうでもない、といってるうちに、これはこうしたほうがいいんじゃない? といった話が出てくるのは、まあ当然。そんなわけで、今日はそのあたりのカベセオ事情を少し書いてみたいと思いま~す。
カベセオ:おさらいと伝説
スペイン語の cabeceo は短くうなづく、といった意味のことば。タンゴの文脈では、踊らないかい? というふうに軽く頭をしゃくって踊りたい相手を誘う仕草のことです。この時、誘う方は踊りたい人から少し離れた場所にいて、言葉を交わさずにダンスに招待することになっています(もう少し詳しいことはコチラの記事を)。
なぜこのようなお作法があるのかという点に関して、ポルテーニョたちが「伝説」としてよく引くのは次のような話です。
……タンゴが大流行した20世紀初めのブエノスアイレス、ある日のミロンガで、テーブル席に座っている若い娘の前に若い男がやってきていいました。よお、カワイ子ちゃん、オレと踊らないかい? そのいい方が気に入らなかったのか、娘はプイっと横を向いて、あんたとは踊りたくないわ。ムッとした男は、なんだよ、踊りたくないなら、なんでこんなとこに座ってんだよ! といきなり手をあげて娘の頬をパシッ! 彼女は泣きながらダンスホールを出ていき、間もなく烈火のごとく怒った彼女の父親と兄弟が乗り込んできてパーティーは滅茶苦茶に。その日以来、ミロンガで直接女性の前に立ってダンスを申し込むのはご法度になり、男性は離れたところから女性にカベセオすることになりました……。
伝説は伝説としても、20世紀初めの社会的な常識では、男性が女性にカジュアルにアプローチ、などということはありえませんでした。そんな中でもタンゴを踊りたくてたまらない若い未婚の男女が顰蹙をかわずに踊れるように、当時のミロンガではカベセオを含めた様々なルールが適用されました(関連記事はコチラ)。今もときどきポルテーニョたちが、カベセオは女性を守るためのものだ、などというのは(そこだけ聞くと、どこが🤔? となっちゃいますが)彼らがこういう話を聞いて育ってきているからなのです。
チャットセオ
チャットセオとは英語圏・ソーシャルメディア発の言葉で、ちょっとした会話を意味する英単語の chat とカベセオを合わせた造語。つまり、バーなどで踊りたいなと思う相手にさりげなく話しかけてダンスに誘うやり方のことです。タンゴ以外のダンスパーティでは普通の誘い方だし、これを禁止しているミロンガはないとおもいますが、タンゴでは、バーやラウンジでは踊り以外のことをおしゃべりしたりしてリラックスしたいわ、という人もいるので、上手くいくとは限らない。
注意したほうがいいのは、ダンスフロア周辺のカベセオ圏内にいる人たちにアプローチする場合。……あそこの彼女、なんだか所在なさげに座っているじゃん。チャンスかも。話しかけてみようか……って思いがちなんですが、その彼女、ひょっとしたらお目当てのタンゲーロを射止めるべく次のタンダに向けて待機中なのかも。そんなときフラフラ近づいても、臨戦態勢の彼女にお邪魔ムシ扱いされるだけ。ここは一歩引いて、さりげなく彼女の視線をインターセプトできる位置に移動し、ココにも guappoはいるんだぜ、とアピールするのが 賢明。そうやってオーラを放ちながら立ってること自体がミロンガの雰囲気を盛り上げるのに役立っているし(そうなんです、タンゲーロスのダンディなエネルギー、これがミロンガでは超重要なんです!)、彼女も他のタンゲーラスも(そのときは踊らなくても)、あら、彼ってクールじゃない、と後日につながる好印象になること間違いなし🌹
さらに、チャットセオ上級者版は:
この人と踊りたいな、と思う人にバーなどで当たり障りのない話をして顔見知りになる。
フロアで他の人と踊って、自分がそれなりに踊れることを目当ての人にアピールする。
その後、改めて「あなたと踊りたいです」とはっきりカベセオする。
というような感じでしょうか。カベセオをはっきり届けるには、まず、視線を、ぐる~ん(伏し目がちに他のミラーダをやり過ごして)ズム! と灯台のライトの感じで意中の人に当てます。相手が気づいて2人の視線がロックしたところでピシッとカベセオし、相手の視線は離さない(ここで腰砕けになっては水の泡☝️)。まあ、めんどくさい手順ですが、成功した暁には達成感だけでなく、いろんな意味で承認欲求もドーンと満たされますよん。
進化系カベセオ
カベセオはもともとリーダーがするもので、タンゴの伝統的な文脈ではリーダー=男性、フォロワー=女性。なので今でもトラディッショナルなミロンガではカベセオは男性リーダーからのみとされています(関連記事はコチラ)。
しかし、21世紀のミロンガには、女性リーダー、男性フォロワー、リードもフォローもするダブルローラー、男女以外のカテゴリーのダンサーなど、様々な人たちが踊りにやってきます。ブエノスアイレス以外の場所では、いっそ煩わしいカベセオをやめて普通のダンスパーティのようにしては、という声もある一方、ブエノスアイレスではカベセオ擁護派が大多数な感じ。その理由は:
自分たちの伝統であるタンゴ文化の一部だから
社交の手間抜きにダンスを楽しめるから
言葉を使わないので、政治、思想信条、文化など、分断の原因となるものが介入せず、いろいろな人と素直に触れ合う機会を持てるから
などでしょうか。このうち3は、内戦やら人権の抑圧やら、いろいろひどい経験してきているアルゼンチン社会ではかなり重要な点なのかも、と感じます。
また、カベセオ擁護派=伝統堅持派ではなく、女性リーダーのカベセオなどは問題視しないなど、柔軟な人も多い。まあ、どういうパターンであれ、カベセオをもらっても踊りたくなければ(例えば、誰がリードしても別に気にならないけど、わたしは男性としか踊りたくないの、とか)視線を逸らせばそれで事足りるわけですし。
すこしややこしいのは男性フォロワーがカベセオした場合です。カベセオを受けた人は、彼がフォロワーと知らなければ、自分はフォロワーとして招待されたと考えることがほとんどなので(逆バイアス😅)、男性フォロワーたちは、踊る前に説明をするとか、リードもできる人が多いので、リーダーとして数曲踊ってから「君、リードもする? ぼくはフォローも好きなんだ、次から入れ替わらない?」など、いろいろな手順をふんでフォローを楽しんでいるのだそうです。そんな男性フォロワーの世界がうかがえる興味深い The Tango Banter のエピソードはこちらから。
いや~、さすがタンゴは現在進行形。チャットセオ、女性からカベセオ、ダブルロールで役割交代、これからもミロンガではいろんな形の出会いとダンスが期待できそうですね~。
©2025, Rico Unno, CC BY-ND
