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郷に入らば

タンゴの発祥地は、南米ラプラタ川流域のウルグアイとアルゼンチンにまたがる地域。この地域の人たちにとってタンゴは今も「ご当地」文化。なかでもアルゼンチンのブエノスアイレスはタンゴのメッカを自認し、音楽、ダンス、文芸、ビジュアルアートと様々な分野にまたがるタンゴ世界で唯一無二の存在感を誇っています。

ブエノスアイレスが南米のパリといわれる大都会であることもあって、タンゴには、都会的イメージがありますが(洒落たバー、見知らぬ男女、漂うメランコリーなど)、実は民衆の遊びから始まったこともあって、盆踊りなどの民間舞踏フォークダンス共通するような部分が今も多く残っています。例えば、コディゴス(códigos)と呼ばれるミロンガダンスパーティでのエチケット集。これにはアイコンタクトとうなづきでダンスパートナーを誘うカベセオなど、タンゴを踊る場所独特な習慣の数々が含まれています。現地以外の人たちには何かとわかりにくいコディゴスですが、少し背景を知ると、あ、そーだったのね、と腑に落ちるところも。そこで、今回はそういうコディゴスをめぐるあれこれをすこし書いてみたいと思います。
(タイトル写真 from Jantango


コディゴスって?

もともとミロンガダンスパーティのエチケットは、先輩タンゲーロスの背中をみて徐々に身につけるものでした。しかし、ミロンガの伝統がない国・地域でもタンゴを踊る人増え、またそういうワタシたちがブエノスアイレスを訪れる機会も増え、いろいろなカルチャークラッシュが起こりました。

カルチャークラッシュはブエノスアイレスのタンゴシーンを活性化した一方で、ビジターにもダンスだけでなく社交面も含めたタンゴの伝統も知ってもらわないと、という気持ちも地元の人々の間に引き起こしました。そのようなわけで語られるようになったのがコディゴスです。しかし、ミロンガのマナーは明文化されず伝わってきたものなので、これが正しいコディゴスだ! といい切れるようなものはない。また、伝統と一口にいっても、1910年代と1950年代では違うとか、ブエノスアイレスの北と南でも違うとか、細かくいいだすときりがない。そこで、ここでは大まかに、今のブエノスアイレスのミロンゲーロミロンガの常連たちが「伝統」と参照することの多い1940、50年代のミロンガでの習慣を中心にご紹介したいと思います。

例えば、Carlos Neuman がこの時代のミロンゲーロス、いわゆるビエホ・ミロンゲーロ古参のミロンゲーロにインタビューしてまとめたというコディゴスは以下のような感じです。性役割が固定していた時代の話なので、男性=リーダー、女性=フォロワー。また、ダンスの最終責任者はリーダーなので、男性がミロンガで注意すべき点として語られています。

⚠️身だしなみは清潔に、おしゃれを楽しむ気持ちをもって整える。靴はキチンとしたものを(よって汚いスニーカー、ビーチサンダルなどはNG)。
⚠️ダンスを申し込むのはミラーダとカベセオで。どんなに礼儀正しくても、いきなり女性の前に立ってダンスに誘うのは「女性の断わる権利を侵害している」とみなされるのでNG。例外はコルティーナの人の流れの中で自然に出会って、じゃあ踊ろう、となった場合。
⚠️カップルで来ている女性にはダンスを申し込まない。連れの男性に断ってから女性に申し込むのもNG。なぜかというと、男性は女性のダンスをする権利を侵害しないので不愉快だと思ってもダメだとはいわない。その状況でダンスを申し込まれるのは女性にとっても居心地が悪いことだから。
⚠️タンダのはじめを聞いてどう踊るか素早くイメージしてカベセオ、カベセオを受けてくれた女性を席まで迎えに行き、ロンダ(踊りの流れ)に乗り遅れないよう踊り始める。
⚠️ダンスフロアでは反時計回りに移動しながら踊る。
⚠️タンダ中、曲頭のワンフレーズは音楽を聞いくだけで、踊らない。
⚠️踊っている間はしゃべらない。音楽が始まっているのにダンスフロアで立ち話を続けない。
⚠️ミロンガはレッスンではないので、女性に教えるようなことはしない。
⚠️ロンダでは他のペアにぶつからないよう注意する。ぶつかったら目線・仕草などでスマートに謝る。
⚠️他のペアの踊るスペースを侵害しない。フロアの混み具合をみて踊りを柔軟に調整する。
⚠️まだ踊りに自信が持てない場合は、バリバリ踊りたい人達を邪魔しないように、ロンダの内側のスペースで踊る。
⚠️同じ女性と続けてタンダを踊ると、2人は(そうでなくても)カップルとみなされて、そのあと他のリーダーはその女性を誘わなくなるので、気をつける。
⚠️タンダを踊り終えた後は、女性に、ありがとうといって、彼女の席まで送っていく。

AiresDeMilonga ビデオ版はコチラ 

踊りに来た人を当惑させない、不愉快にさせないことと、踊るときの安全に重点がおかれてる感じでしょうか。現在、アルゼンチン国内外のミロンガのウェブサイトなどでみられる「当ミロンガの方針」「ゲストの方へのお願い」などは、このような50年代のエチケットに沿ったものが多いように思います。もちろん、各ミロンガにあわせて、一部だけを抜粋したり、独自ルールを加えたものもあります。

ビエホ・ミロンゲーロス

失われつつある世代であるビエホ・ミロンゲーロスとは、タンゴダンスがアルゼンチン国内で人気を盛り返した1940年代とそれに続く50、60年代のミロンガの常連ミロンゲーロ、上流のサロンでの踊り方と下町風の踊り方を融合させ、今につながるサロンタンゴを作り出した世代の踊り手たちのことです。

彼らの多くは、1930年代に頂点に達したアルゼンチン経済が下降線をたどるにつれ、郊外からブエノスアイレス市にチャンスを求めて流入した人たちでした。彼らは市の周辺部に住んで屠殺場、建築現場、市場などで働き、市内の住民からは人種にかかわらず「頭の黒い奴ら」と呼ばれて様々な差別を受けました。

そんな周辺部の若者たちは、しかし、夜には昼と全く装いを改めて市内のナイトクラブやキャバレーに繰り出し、そのダンスで注目を集めました。彼らは、富裕層もやってくる社交の場での人々の華麗な装い、洗練された物腰やシャンペンでの乾杯などをある種のあこがれを持って見つめ、自分たちの美学として取り入れました。その一方、市内の人たちがするような富や名声、学歴によるランク付けは一切拒み、ダンスをとおしての仲間の承認にのみ価値をおく、ある意味ラディカルに平等な場所を自分たちの住む市の周辺部に作り上げたのです。

そういうバリオ近所のミロンガで、彼らはお互いに競い合ってダンスを磨き、年長者はダンスだけでなくナイトクラブでのマナーなどを年少者に教えたので、ミロンガは一般教養を身につける場としても機能していました。身だしなみを整えろ、古顔のミロンゲーロやお互いへの尊敬を欠かすな、初心者はロンダの内側で踊れ、他のペアとぶつかるなんてことは恥ずかしいと思えといった、コディゴスに感じられるある種の説教臭さはそういうところから来ていて、何も観光客だけに向けられているわけではないのです。

「自分のタンゴ」を踊って他のミロンゲーロスから一目置かれることを名誉とする世界に生きていたビエホ・ミロンゲーロたちのプライドは炎のようで、単に回転が上手いとか動きがシャープとかではハナにも引っ掛けてもらえない。また、舞踏技術ではどうだ音楽理論的にはこうだ、などといおうものなら(たとえそれが正しくても)、大衆俺たちのタンゴを見下している、と総スカンとか、タンゴが21世紀に動いていく中では、なかなかに難しい面を持った人たちでもありました。

その半面、彼らはとても優しく、タンゴが好きだから、とミロンガにやってくる人たちを、わけへだてなく親身に気遣ってくれるところがありました。タンゴが営利化・職業化した今では信じられないような、タンゴを人生そのものとする彼らの生き方、深い音楽の理解、そして紛れもないダンスの素晴らしさは、今も世界中のタンゴを踊る人たちの尊敬を集めているのです。

下は、そういうビエホ・ミロンゲーロスのひとり "El Chino Perico" ことRicardo Ponce の晩年のインタビュー。タンゴ教師でもある Pepa Palazon のYouTube人気インタビュー・シリーズ「Tengo una pregunta para vos...(あなたに質問があるんです…)」のひとつです。

彼女のインタビューは他のもとても面白いけれど、私はこの1本を公開してくれたことだけで、もう大感謝。Pepa、タンゴの伝統をシェアしてくれて本当にありがとう🌹

そして21世紀へ

タンゲーラとしてやはり気になるのが女性とコディゴスの関係。1950年代標準では女性はリードしない。一方、男性のフォローは場合によってはOKでした。それは男同士は練習で一緒に踊ることがあるから。現在ではブエノスアイレスでもダブルロールリードもフォローもするOKのミロンガは結構あります。ただ、そういうミロンガでも、女性とは踊らない、というフォロワーもいるので、まずはにミラーダとカベセオで確認するのが👍(関連記事はコチラ)。

また、1950年代、女性はミロンガで受け身の役割だったので、女性から男性にカベセオすることはなかったのだそうです。当時は席からして男女別々。女性はダンスフロアの周りの席に座って、男性席、バーなどにいる男性のカベセオを待つことになっていました。席は指定席で、ダンスフロアに近くカベセオが通りやすい場所が高い。入場時どの料金エリアを希望するか告げると、フロア係が(客の身なりや常連客かどうかなどで判断して)席を決めてくれるというシステム。1950年代だったらさもありなんという感じですが、このようなシステムをとっているミロンガは今もあり、トラッドな雰囲気を愛するミロンゲーロたちから支持されているそうです。常連の中には、受付でどこに座れるか聞いて「その席だったら(カベセオが通りにくくてあまり踊れないから)やめておくわ」と他のミロンガに行っちゃう、なんて人もいるらしい(でもこれ、毎晩たくさんミロンガがあるブエノスアイレスだからできることですよね~)。

不文律とはいえコディゴス規則があるということは、それが破られる場合があるということ。そのあたり、長く踊っている人達はよくわかっているし、またミロンガは楽しむための場所なので、風紀委員のように違反を摘発する人はいない(例外はこの人か😅)。でも、今もコディゴスを遵守しているような「伝統的」ミロンガでは、(いってみたいけど)21世紀のワタシの常識でホントに大丈夫? とちょっと不安にならないわけでもない。そこで、ビジターのマナー関係で耳にする点をいくつかあげてみると、

⚠️自分の席以外に座らない。開いているからといっても、踊っている人の席だったり予約席だったりすることもあるので、決められた席以外は座らない。
⚠️席で靴を履き替えない。靴の履き替え、着替えなどは化粧室か更衣スペースで。
⚠️荷物をダンス場に持ち込まない。特に座席回りは狭いので、シューズバックやバックパック、コートなどはかさばるものはクロークに預ける。
⚠️横の人へのカベセオを遮るような落ち着きない動きをしない。席では椅子の背に寄りかからず、上体をきちんと立てて座るのがベター。
⚠️ヒールで危ない動きをしない。他の人にヒールがあたって怪我🗡️、なんてことにならないよう、バック・オチョやボレオは極力足を床から離さない。
⚠️自分より下手なリーダーを圧倒するような踊りをしない。たとえつまらなくてもリーダーが提案する範囲でのダンスを心がける。
⚠️目を閉じて踊らない。特に混んでいる時は周囲の状況がわからず危ない。また、アブラソが閉じているほうはリーダーの死角になるので、そっちから近づいてくるペアのことなもさりげなくリーダーに教えてあげられるよう、目はあけて踊るのがベター。(もちろん、たまに目を閉じてダンスを楽しむのは問題ない。)

様々なポストやインタビューからの抜き出し

… ¡Chicas! というお姉さま方先輩タンゲーラスのため息が聞こえてくるようですね~。ハイ、気をつけます💦。

蛇足ですが、ブエノスアイレスでも女性の踊客の方が男性より多いし、女性はリードしないトラディショナルなミロンガでの壁の花率は結構高い。また、ベテラン・上級フォロワーがひしめいているし、リーダーもフォロワーも踊る相手を厳選する感じなので、コディゴスを完璧に守っていてもダンスに誘われるとは限らない😭。また、誘われたけどイマイチなダンスだった、といったことはフツーにあるので、そのあたりは現実的な期待レベルで。

おわりに

チャンテクレール、カフェ・ナシオナル、アルマグロ……往時の名だたるミロンガは今はもう存在しない。人も変わり、ミロンガの習慣も変わるのは自然な事。一方、変わっていくものを惜しむのも人の常。なんにつけてもそうですが、伝統へのかかわり方は人それぞれ。なので、結局は自分に合ったリラックスできるところで踊ることが、自分もまわりもハッピー、のカギかもですね(いきなり入り口に「XXXXXは禁止!」とか貼ってあるのをみると、ビクッとしちゃいますし)。え? それでもトラッドなミロンガでの、あの親密なダンスはあきらめられないわ🥹……ですか? わかりました。止めません。今夜も幸運を祈る🌹
©2025, Rico Unno, CC BY-ND


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