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なぜ私はゲンロンyの投稿論文『共病のすすめ──フリーダ・カーロと病いを生きること』を書いたのか

ゲンロンy創刊号の投稿論文に『共病のすすめ──フリーダ・カーロと病いを生きること』という私の文章が掲載されることになった。私にとって、初めての商業誌。つまり、商業誌デビューするのだ。

とはいえ、いまだに実感がない。ゲンロンyの表紙では、文芸評論家の三宅香帆の名前の下にのしりこと自分の名前が載っている。おそらく「このひとは誰?」と思われているだろう。

そこで、今回は、私の自己紹介をしつつ、『共病のすすめ──フリーダ・カーロと病いを生きること』の執筆の理由や制作の裏側を書こうと思う。

とりあえず、まずは簡単な自己紹介をしよう。

私はふだん、のしりことして、BOOTHや文学フリマ東京などで本を販売したり、noteに文章を書いたりしている。そして、線維筋痛症と慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)という病いがあり、ほとんど寝たきりの状態だ。つねに全身に激痛や極度の疲労感などの症状がある中で暮らしている。今回の『共病のすすめ──フリーダ・カーロと病いを生きること』では、私のその病いについて触れている。

では、なぜ私はゲンロンyの投稿論文に挑んだのだろうか。そこには、切実な想いがあった。



1.はじまりは突然やってくる

あれは、去年の夏ごろのこと。ある日、ぼーっとTwitter(X)を眺めていたら、ゲンロンから新しく創刊されるゲンロンyで投稿論文の募集を知った。最初は、「どうせ、私は対象外で応募できないだろう」と思い込んでいた。きっと、経験があるひととか研究者とか、何かしらの条件があって私には無理なんだろうなと決め付けながらも、投稿論文の募集事項が書いてあるページを覗いた。

しかし、よく読むと、どうやら未経験者の私でも応募ができるようだ。これは、もしかしてチャンスなのではないか。締切の日付から逆算すると、いまからすぐにでも書き始めればギリギリ間に合うかもしれない。これを逃す訳にはいかない。そうして、私は急いで書き始めたのだった。

以前から、私は書き手として上を目指したい気持ちがあった。けれど、病いを理由に諦めていた。体調によっては、一日中何もできないこともあるからだ。そんな人間に、商業媒体で執筆ができる訳がないと思っていた。「それだったら、自分で本を作ればいい。」そう考え、おととしの12月の文学フリマ東京39から、自分で作った本を売るようになった。本作りを経験することで、病いのある中でも、印刷所の入稿日(締切)から逆算して執筆スケジュールを立てることができるようになり、書き手として自信がついた。

だが、私はそれとは別に大きな悩みを抱えていた。私は現在、時々ヘルパーを使いつつも、母に介護をされながら生活をしている。しかし、母も高齢だ。この生活がいつまでも続くとは限らない。私が大丈夫でも、母が何かしらで介護ができなくなれば、毎日生活することだけで精一杯になり、本を作ること自体ができなくなる確率が高い。また、文学フリマなどのイベントへの出店自体も同時に困難となってしまう。私の場合、いまの制度だと、文学フリマなどの活動に関してヘルパーを頼ることができない。いまも、母は仕事をしながら、元気に動いている。だが、身体は確実に衰えていく。重い車いすを坂道で押したり、介護にはそれなりの体力が必要だ。「いまはまだ大丈夫だから、私ができなくなる前に色んなところへ行こう。」と母は言う。そう遠くない未来に、行動範囲が狭まる現実が待っている。

いつかその日が来ることを覚悟しながら、私はそれまでのあいだに世に残そうと思って本を作り続けている。けれど、本を作れば作るほど、ずっと作品づくりをやり続けていきたい気持ちが強くなっていく。こんな楽しいことをやめたくない。しかし、いまの状態から抜け出すのは非常に難しい。でも、上を目指せば、この状況も少しは変わって良くなるかもしれない。夢を持てるかもしれない。だから、この機会を逃す訳にはいかなかった。その切実なる想いが、投稿論文に応募する背中を押した。そして何より、この投稿論文の募集は、私が一番影響を受けている出版社のゲンロンから出されたものだった。そうしたことがあり、私は投稿論文に挑むことになった。


2.共病とフリーダ・カーロ

振り返ってみると、投稿論文『共病のすすめ──フリーダ・カーロと病いを生きること』は、私がこれまで書いてきた作品と深く繋がっている。

タイトルからわかるとおり、この文章には病いやメキシコ画家のフリーダ・カーロ、そして共病が出てくる。初めて書いた『なんだか痛くて仕方がない』の「痛みと共に生きる」という文章には、すでに原型があり、病いとフリーダを繋げて書いている。このころにはまだ共病という言葉は出てこないものの、既存の言葉ではない何か別の言葉が必要だと感じながら書いていた。その半年後。2作目の『共病ダイアリー』で、初めて共病という言葉を使った。私にとっての共病とは、病いと共にありながら、主体的に自分として生きるという、闘病ではない別のことを表すための言葉だ。この共病がとても重要な要素となっている。

投稿論文を執筆する前、最後に書いたのが『共病ダイアリー』だった。けれど、今回の文章では、それまでの私には書けなかった新たなことに挑んでいる。それが、『共病のすすめ──フリーダ・カーロと病いを生きること』なのだ。


3.書いて休んでまた書いて

執筆中は、体調が不安定で思うように進まない日もあった。締切に間に合うかどうか最後まで不安になりながらも、ひたすら書いていた。そして、執筆で疲れた脳や身体を意識的にしっかり休むようにしていた。いままでの私の経験上、それをしないと、ある日突然倒れ込み、それ以降書くことができなくなってしまうからだ。
だから、投稿論文が完成するまで、書いては休んでまた書いて……の繰り返しの日々だった。また、外出すると、1〜2日ほど疲れてまともに書けなくなる。だから、最低限の外出のみにした。そのため、執筆以外のことがほとんどできなかった。あの頃、私の近くには、資料として使うためにフリーダの作品集と日記がいつでも読めるように置いてあった。身体が思うように動けなくて嫌になったときは、お気に入りのページを眺め、フリーダからパワーをもらっていた。

執筆も終わりに近づいていたとき、投稿論文のタイトルを考えていた。何個か候補を出していく中で、ふと、スマイレージというハロプロのグループのセカンドアルバムに入っている「新・日本のすすめ!」という曲が脳内に流れてきた。これだと思った。

私が書き手として影響を受けたひとりに、必ずつんく♂が入る。じつは、インターネット上に文章を書いて発信するようになったキッカケが、ハロプロなのだ。中学生のころにハロプロのテキストをやってみたくて、初めて自分で作ったサイトに、ハロプロに纏わる話や日々のことなどを書いていた。『共病のすすめ──フリーダ・カーロと病いを生きること』は、何かと私の原点との繋がりがあるタイトルとなった。

そうして、私は締切の数日前になんとか書き終えることができ、応募したのだった。


4.はじめての編集者

それから少し経ち、去年の11月に行われた文学フリマ東京41の新刊『恋愛だけがすべてじゃない』を書いていた頃のこと。ある日、投稿論文に決まったという連絡をメールで受け取った。新手の詐欺メールではないかと疑ってしまうほど驚いた。てっきり、落ちたとばかり思い込んでいたため、すごく嬉しかった。しかし、すぐに目の前の本の制作とイベントの準備で頭がいっぱいとなり、文学フリマ東京41が終わるまで、あまり喜びに浸れなかった。

その後、ゲンロンyの編集者さんと校正作業が始まった。編集者さんがつくこと自体、初めてだった。Wordの校閲機能など校正にまつわることを何も知らなかった私は、編集者さんに教えてもらいながら、作業をしていった。私はこれまで、本の執筆から表紙のデザインまでほとんどひとりで作ってきた。けれど、編集者さんが入ると、ひとりの作業では思いつかないような視点や提案などをもらえる。そこから、ひとつひとつじっくり考え、自分の言葉にしていく。それが大変良い刺激となり、少しずつ文章がより良い方向に変わっていくのを感じた。何より、発表前の文章を誰かに読んでもらい、反応が来ることが嬉しかった。ずっとひとりで孤独に書いていた私にとって、それはとても励みになった。編集者さんのおかげで、誰かと一緒に本づくりをする楽しさを、私はこのとき初めて知った。


5.新たなステージへ

今年の1月。ゲンロンyの目次が世に出た後、ゲンロンカフェで行われたトークイベントへお客さんとして行った。すると、会場のステージにあるスクリーンにゲンロンyの広告が表示され、その中に自分の名前を見つけた。そのとき、私は感じた。書き手として新たなステージに立っていることに。良くも悪くも、変わり始めている。私はついていけるのだろうか。

もともと私は、人文系とほど遠い場所にいた。むかしの私は読み書き障害(ディスレクシア)があり、読書が苦痛だった。けれど、6年前のあるときに読むコツを掴んでから、いままでできなかった分を埋めるかのように喰らいつく勢いで本を読むようになった。病いで学校を休みがちだったため、輝かしい学歴とは程遠い。だからか、読書をするまで、私はソクラテスやプラトンを知らなかった。そんな人間が、こうして人文系の商業誌で60以上の投稿論文の応募から選ばれてデビューするとは、世の中は不思議なものだ。

今回、私はゲンロンyの投稿論文の制作の裏側を書いた。これを機に、ひとりでも多くのひとに、私の文章やゲンロンyを読んでもらえたら嬉しい。

『共病のすすめ──フリーダ・カーロと病いを生きること』は、いまの私が全力で挑んで書いた作品だ。いったい、私の文章はどのように読まれるのだろうか。そのようなことを考えながら、今日も私はこの世界で書いて生きている。




===以下、告知など===


のしりこの著作物
これまでに、以下の著作を出しています。

  1. 『なんだか痛くて仕方がない』 
    (試し読みはこちら

  2. 『共病ダイアリー』
    (試し読みはこちら

  3. 『恋愛だけがすべてじゃない』
    (試し読みはこちら

線維筋痛症・慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)などの病気について日記やエッセイで綴った本と、恋愛とアセクシュアルについて書いた本などをBOOTHやAmazon Kindleで販売しています。

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『なんだか痛くて仕方がない』電子版はこちら
『共病ダイアリー』電子版はこちら
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