砂場でプリンを作る私と、地形を変える娘。
幼い頃の私は、永遠に砂場でプリンを作っている子だった。
小さなバケツに砂を詰めて、手のひらでぎゅっと押して、そっとひっくり返す。
ぱかん、と型から抜けた砂のかたまりを見て、満足する。
それだけを、何度も何度も繰り返していた。
砂場の端っこで、しゃがみこんで。
世界の広さなんて知らないまま、目の前の小さなプリンを、いくつも作っていた。
たぶん私は、子どもの頃からあまり遠くへ走っていくタイプではなかった。
ひとつの場所にとどまって、手元のものをじっと見ている。
きれいに型が抜けたとか、少し崩れたとか、今度はもう少し湿った砂で作ってみようとか。
そんな小さな違いを、ずっと確かめているような子だった。
だから、娘を見ていると、ときどき不思議な気持ちになる。
3歳の娘は、砂場遊びも大好きだ。
でも、砂場にずっと座っているわけではない。
走る。
登る。
すべる。
また走る。
この前まで登れなかった、ロッククライミングのような壁も、ついに自分の力で登れるようになった。
手をかけて、足をかけて、身体をぐっと持ち上げる。
少し前なら途中で「できない」と言っていた高さを、いまは当たり前みたいな顔で越えていく。
登った先には、すべり台がある。
娘はそれを何度も何度もすべる。
登って、すべって、また走って、また登る。
まるで公園全体をひとつの大きな呼吸みたいに使っている。
その姿を見ていると、私の娘なのに、私よりも妹に似ているな、と思う。
妹は昔から活動的で。
外へ外へ、前へ前へ、身体ごと世界に飛び込んでいくようなところがあった。
かつて、私の隣で砂場を飛び出していった妹の背中が、いまの娘に重なる。
砂場に戻ってきたかと思えば、今度は静かにプリンを作るのではない。
スコップでざくざく穴を掘る。
小さな手で砂をかき出して、そこに水を入れると言い出す。
水道までバケツを持っていき、重そうに水を運ぶ。
こぼしながら、でも真剣に。
そして、掘った穴にざばっと注ぐ。
砂は一気に色を変える。
乾いた灰色から、濃い土の色へ。
小さな穴は、たちまち泥の池になる。
私は少し離れたところで、それを眺めている。
ああ、私は砂場でプリンを作っていたけれど、
この子は、砂場に水を運んで、地形を変えている。
同じ砂場なのに、見えている世界がこんなにも違う。
私は型の中に砂をおさめる子だった。
娘は、砂場そのものを作り替えようとする子。
その違いが、なんだか眩しい。
もちろん、見ている側としては、心配もする。
服、泥だらけになるな。
靴、びしょびしょだな。
そのバケツ、重くないかな。
転ばないかな。
水道、何往復するつもりかな。
そんなことを思いながらも、止められない。
娘の中で、いま何かが動いているのがわかるからだ。
水を入れたら、砂はどうなるのか。
穴はどこまで深くできるのか。
バケツの水はどれくらい重いのか。
自分の手で運んだものが、目の前の景色を変える感覚。
たぶん娘は、遊びながら知っている。
世界は、触ると変わる。
自分が動けば、景色も動く。
できなかった壁も、ある日登れるようになる。
それは、私が砂場でプリンを作りながら知っていた世界とは、少し違う。
私は、崩れない形を作ることが好きだった。
そっとひっくり返して、きれいに抜ける瞬間が好きだった。
手の中の小さな成功を、何度も確かめていた。
娘は、崩れることをあまり怖がらない。
むしろ、崩れるところまで含めて楽しんでいるように見える。
水を入れすぎて、穴のふちが崩れる。
泥が跳ねる。
バケツは空になる。
それでも娘は笑って、また水道へ向かう。
その背中を見ていると、私は少しだけ、自分の小さかった頃に声をかけたくなる。
大丈夫。
プリンを作っていたあなたも、ちゃんとよかったよ。
走らなくても。
登らなくても。
同じ場所で、同じ遊びを繰り返していても。
あなたはあなたのやり方で、世界を見ていた。
そして同時に、娘にも言いたくなる。
そのまま行っておいで。
水を運んで、穴を掘って、壁を登って、何度でもすべっておいで。
あなたはあなたのやり方で、世界を広げている。
親になると、自分の子ども時代を、もう一度横から見せられることがある。
似ているところを見つけて嬉しくなったり、まったく違うところに驚いたりする。
娘は、私の子どもだけれど、私のやり直しではない。
砂場の端でプリンを作っていた私とは違う足取りで、娘は公園を駆け抜けていく。
そのことが、少し寂しくて、でもたまらなく誇らしい。
すべり台から降りてきた娘が、泥のついた手で私を呼ぶ。
「ママ、見て!」
その声に顔を上げると、そこには、もうプリンではない何かができている。
穴で、池で、工事現場で、娘だけの大発明みたいなもの。
私は笑って言う。
「すごいね」
本当に、すごい。
砂場は、ただの砂場ではなくて。
私にとっては、小さなプリンを何度も作り、確かめる場所。
娘にとっては、水を運び、地面を変え、未知の世界を広げるための場所。
同じ砂の上にいても、見ている夢は違う。
その違いこそが、こんなにも眩しい。
喜木 拝
凛花さんの企画に参加しています。
お題で1ビンゴしました!
今回のお題は「砂場」。

これまでのお題はこちら👇
「苺」
「消しゴム」
「目玉焼き」
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