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透明な気づき ─観察と変化のエッセイ─

毎月、無償でZINEをつくって配布しています。皆さんのエッセイを募集し、お礼代わりに1000字以上の感想記事をつくっています。

▼今月号はこちら。

灯火さんが描く素敵なエッセイを読ませてもらいました!

▼まずはこちらからどうぞ。721字とさらりと読めます。




無限ループしたくなるエッセイ


冒頭の一文にまず目を惹かれる。
このエッセイでは、いったいどんなことが語られるのだろう。そんなわくわく感が芽生えた。

梅雨どきは、リトマス紙だ。

そして読み終えたときに「ああ、そうだったのか……」と静かな余韻の中で答えがわかる。だから、注意深く読み進めて、何度でも最初に戻ってきたくなるエッセイだと思った。

梅雨という気候的にも精神的にも重くなりがちな季節を、極めて繊細な感性と観察眼ですくいあげているのが素晴らしかった。

灯火さんのエッセイでは「モノ」が象徴的に描かれていると何度も書いているけれど、今回もそうだと思った。読むときにはぜひ、どんな「モノ」が登場するのかを一つひとつ追ってみてほしい。


洗濯担当ならきっとわかる”梅雨ならではの不快感”


去年か一昨年だったと思う。
SaitaかESSEonline、どちらかの連載コラムで「梅雨どきは家事の総量が増える」と書いた記憶がある。

でもどのくらい増えるのかは、家庭によってかなり異なる。
エッセイを読んで、灯火さんのおうちでは「(わが家よりももっと)相当な量が増えている」と推測した。

濡れた靴。拭かれないランドセル。やたらと先端ばかりが壊れる傘。

前半は、家庭の"洗濯担当”としてだからこそ感じてしまう、日常のささやかなストレスが淡々と描かれる。

いずれも、些細なことに見えるかもしれない。でも、積み重なれば時間と心のキャパシティを超えてしまう梅雨ならではの問題だ。


けれども、灯火さんのエッセイで面白いのは、それらの出来事が「メンタル状況を自覚するのに適した時期」として語られている点。

単なる愚痴や日常のぼやきじゃ終わらない。

ここで、冒頭の答えがそっと提示されており、はっとさせられた。


リトマス紙の結果は……


中盤から後半にかけての展開では、見えるものが大きく変わってきていて興味深かった。

かつては「びちょびちょのくつ下」だとしか思えなかったものが、実は「泥を予洗いしてくれたくつ下」だったと気づく場面。

これは、行動の背後にある配慮や成長に気づいた瞬間でありつつ、自身の変化でもある。
静かなのに美しい転換点のように思えた。

そして最終的に、雨音が“聞こえる”ようになったとき、ひとつの「感情の回復」を描ききっている。
雨音も、家族の気遣いも、自分の感情も、「ずっとそこにあった」。

そのことに気づくまでのプロセスが、静かで、それでいて深く胸に沁みる。


6月の見方がきっと変わる文章


6月という月は、苦手な人が多い印象だ。
梅雨に代表されるようどこか湿った感じや、不自由な閉塞感のある感じが思い起こされるのかなと思う。

でも、灯火さんのこのエッセイでは、6月がむしろ“試しの月”のように描かれている。心が鈍っている時ほど、本当はたくさんのものが「届いている」ことに気づきにくいという真理をも伝えてくれていてはっとさせられた。

〈梅雨どきは、リトマス紙だ〉という一文に象徴されるように、季節が心の状態をあぶり出す「試薬」のように扱われている点が秀逸でありつつ、丁寧な眼差しで精緻に描かれた絵画を見たような、すっきりとした読後感。

 大好きな作品だった。


灯火さんのおすすめ記事3つ


▼灯火さんは私設コンテストを開催しています。第2回の応募作品に感想を書いてくださったので紹介。

▼文具好きな人におすすめしたい!

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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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