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本田すのうさんの創作大賞応募作品ぜんぶ読んだ《感想》


創作大賞で感想文を書いてくださった方の作品を読み込んでいる。

一覧があれば時間が許す限りなるべくすべて読んでいて(長編小説がある場合、全部は難しいので時間を決めて読んだ分だけにしている)きょうは、本田すのうさんの作品をすべて読んだ。




タイムマシンが使えるなら20分前に


3歳になった三男くん。この時期ならではのいい間違い「まだぱれてる」がかわいい。うちの息子は同じ意味で「まだぱえてる」でした。

「タイムマシンが使えるなら20分前に」の意味がわかって、ああ……と共感しました。きっと、全親が感じたことのある気持ちだ。でもちょっと悔しいと言うか意固地になる気持ちもわかる。わたしはだいたい意固地になっている。

でも、できることならやってあげたいんですよね。ただ、状況が、環境がゆるさない。「そうしたほうがいいかも」と思いつつ、あとで「やっぱりこうすればよかった」と思ってしまう。

「どっせい」がいい……すのうさん、かわいいのにパワフルなのすごいです。


夫が作る体に優しすぎるラーメン


小さい頃から、大事な時に熱を出してばかりいました。

こんな書き出しからはじまるエッセイ。読み進めていくと、不憫男子アルロンさん顔負けのラインナップ……><
わたしもそうとう不憫なんですが、大事なときに熱を出すパターンは未経験。タイプが違う不憫のようです。

(ちなみに、作中でリンクが貼られているすのうさんのマイコプラズマ肺炎闘病記。まさに公開から1週間後に助けられることになります)

お子さんが3人いると、罹患する倍率も上がるだろうし、家族内感染によって「みんなが元気なとき」って少ないのだろうなあ。わたしはたいていうつった風邪が悪化して咳喘息(?)になって永遠に咳をしていました。


すのうさんが寝込んだとき、料理をしないご主人がどうするのか──。ご主人は、ラーメンをつくりはじめました。

わたしの夫婦エッセイにいただいた感想で「うちと全然違う!」と書いてくださっていたのを思い出しました。うちと全然違う!!!!うちは夫がコンビニに行き、大量のおにぎりやコンビニ弁当、ゼリー飲料、おやつを買ってきて、そこから食べたいものを取る感じです。やばい。
(※ちなみになぜかわたしの食べものだけなくて苦しむことになります)

実況めっちゃおもしろい。できあがったものがあまりにも優しすぎる、味。

"いつまで赤ちゃんに見えているんでしょうか” わかるなあ。

この自分時間がなさすぎて5時間睡眠している夏休みに、下の子も来年小学生だと言うのに、夫からいまだに添い寝での寝かしつけをするように言われてキレているのがわたしです……。去年は折れてやりましたが、23時まで騒ぐので発狂していました。今年はもうやりません。

わが家のはなし

でも、すのうさんもご主人も優しいなあ、と、終盤を読みながら思っていました。うちは……また沈むタイプの海をキメなければいけないのでは。



ドラム式洗濯機がおずおずと願う声を無視してはならない


ドラム式洗濯機、しゃべるんですか。

まず驚いたのがそこでした。うちのはしゃべらないし、乾燥機はこわれていて、いま、家事負担の大きさに日々泣いています。終わったらブザーが鳴る設定にしているのに何の音もせず、干し忘れて寝ちゃうことも……。


え? ここまで読みながら書き進めてきたんですけど、え……そうか、それで乾燥機が壊れてるのかとびっくりした……。みんなそうなんだ。もうね、うちもまったく乾かないです。

教えてくれるのいいなあ。うちのドラム式はなにも教えてくれずに気づくと壊れていました。分解清掃予約します。読んでよかった。これで分解したらなおりますか……。

もう乾燥機のない生活半年以上してるんですがつらすぎます。

それにしても、すのうさんは、日常をあたたかくユーモラスに書くのがうまい。


ジャングルに向かうために必要なもの


「うちら来週、大宮に行くんだ」




「高崎より先に……親無しで行くの?」
「ジャングルに……武器無しで行くの?」とでも尋ねているかのような声色で私は聞いた。

なんのはなしだろう、すのうさんは長野の人だったような。群馬や大宮……?

そんなことを思いながら読んでいたら驚いた。
「中学生だけで新幹線に乗って、群馬県高崎市の高崎駅へ行く子が現れはじめた」というのだ。

青森に新幹線が通ったのは、わたしが地元を離れたあとだからかもしれないけれど、うちの地元には新幹線に乗って行く子はいなかった……!
すごい。

高校3年生になったころ、課外活動的なもので、ひとりで新幹線に乗って東京へ行くことが何度かあった。ここでようやくです。
それもまずは新幹線に乗るために八戸駅までたどり着かなければいけなくて、それだけでも大変。

東京で用事を済ませたわたしは、ひとりで行動する勇気を持てなくて、たいていは東京にいる友だちや先輩を呼び出して遊んでいたのを思い出す。

子どもだけで池袋だなんてすごい。すごすぎる。


高校1年生のとき、ついにすのうさんも一人で東京へ。(すごい!)
そこでちょっと不安な目にあったすのうさんは、あるビルに隠れてお姉さんの迎えを待つのだけれど、すのうさんが告げたビルの名前は……

オイオイ(笑)

めっちゃ面白かったけれど、たしかに……。キラキラネーム的な、読み方が超越している感じがありますよね。


東京に怯えたすのうさんは地元で生きることを決意する。けれども、恋をした相手が東京の人だった。地元に残るのか、東京へ行くのか──。

決断はぜひ本文へ。

この状況、わたしも似ているなあと思いました。
青森の子たちって、県外に出るなら岩手か仙台が多いです。遠い人で東京。でもわたしは、東京に行くのが怖かった。

高3のときに東京へ行ってみたけれど、人混みによって気持ち悪くなる感じがいやで。そうして東京を飛び越えて関西へ──。
 
関西の街も都会だったけれど、雰囲気が好きで、ここで就職するんだろうなと思っていた。そんなとき、東京に住む陽キャな彼氏(夫)との遠距離恋愛がはじまって。

だから、その二択の究極性がわかるような気がしました。

幸い、わたしの場合は”東京に慣れる期間”がありました。遠距離でひとりで東京に行き、ふたりで東京の街を歩く。やがて就活のために、ひとりでも都心をあちこち歩くようになって──。

でも最初から「東京」に行くかどうかだったら、かなり迷ったと思う。


その後、住み慣れた東京から四国への移住が決まったときもそうだたなあと、読みながら思いました。

すのうさんが大切にしているもの。わたしも大切にしたいと再認識できた素敵なエッセイでした。



私が太っても愛し続けて欲しいけど、あなたがハゲたら分からない。


LAB……。そうか、そうだったのか。思わず手を叩いていた。コニシさんが、ロン毛にこだわっていた、理由。

(そしてちょっとわかるかもしれない……)

6歳の息子は本人の希望でロン毛です。
夫もツーブロックにしてはいるけれど、ロン毛です。


分からないことは聞いてみたらいいんだよ


すのうさんのエッセイを読んでいると、いつも「素敵なお母さん」だなあと思う。憧れる。

同じ状況になったとき、わたしが、すのうさんのような行動を取れるだろうか? 忙しさを言い訳にして、たぶん「なんでだろうねえ」とはぐらかしてしまうような気がする。

すのうさんの行動力が、すごい。
それはお子さんにとって絶対に良いことだと思った。

答えを返してくれた担当者の方も素敵だ。

「どうして?」と聞かれたら──次は手を止めてみようと思った。


100年先も子どもの瞳を輝かせて


ああ、素敵だ……。四季折々の豊かな世界が短い中にぎゅっと詰まっている。そうして投げかけられる問題提起。

わたしたちが子どものころと、世界は確かに変わってきている。あのころでも違ったのに、今はもっと、別モノみたいに違う。

終盤の文章がとても好きだ。

スマホをカバンにしまったら、足元の草花を見て欲しい。それから木々を見上げ、自然の音を聞いて欲しい。子どもの頃とどれだけ変わったか、そこに居たはずのものがどれだけ居なくなったか、少しの間感じて欲しい。

30年後も60年後も、自然の中に自然のまま生き物がいる世界であってほしい。セミを見るために5駅先に行く未来じゃなくて。ガラスケースの中だけに存在するカブトムシじゃなくて。動物園の檻の中にしかいないフクロウじゃなくて。

カブトエビ。わたしはじつは、最近存在を知った。大雨の日に、田んぼからあふれだして、道路の干からびそうな水たまりのなかにいたのを掬って帰ったけれど、共食いしてしまった><

もともと短い命だとはわかっているけれど……。

地方ですら失われていく自然の中で、できるだけたくさんの体験をさせてあげたいものです。それがきっと、未来につながりますよね。

▼推し田んぼがあったはなし。


魔法使いサリーは今でもわたしのトモダチです

すごくドラマチックなはなしだ。

サリーが、思っていたサリーではない。読みはじめたとき、混乱しながらもすぐに引き込まれていった。終盤、じわりと涙が滲んだ。すごい。すのうさんの純真さが魔法使いを呼んでくれたのだと、そう思う。

幼いころの記憶って曖昧で、思っていたのとちがったりもしますよね。それでも、紛れもなくサリーは魔法使いだった。



残酷な海老のテーゼ



同じ状況、たぶん、わたしも泣いてしまうかも……。

わたしは海老がとても好きだ。海老きらいの家族がいて、自分の分を作り分けるくらいには海老が好き。でも、殻付きの海老が食べられない。それは「生きていたときの姿」を想起させるから。

だからこの”残酷な海老のテーゼ”には胸がきゅっとなった。

子どもたちの課外学習で、命をいただくというものがあったらしい。自分たちで魚を捕まえ、しめて、食べる……。それを知った大人たちはみんな、言葉が出なかった。想像してしまって。

でも、大切な経験だとは思うのだ。
自分たちが口にしているものには、命があったこと、それを知ること。

ちなみに、とにかく偏食の息子。鮭以外は食べないからむりだろうなとおもっていたのだけれど「ものすごくおいしかった。今まで食べたおさかなで、いちばんおいしかった」とのこと。


給湯室のいたずらは誰のしわざ? お仕事エッセイ


好きだけど嫌いな先輩がいた。

すのうさん……!!!!!!!

途中まで読んで、抱きしめたくなった。わたしも同じ経験がある。
わたしの場合は、直接言われることもあったから「好きじゃないしキライな先輩」だったんだけど。あの、こころがきゅっとなる感じが再燃した。

わたしの中ですのうさんって、美人で明るくって、太陽の人みたいなイメージがある。そんなすのうさんにも悲しい経験があったのだ。衝撃だった。

でも、すごい。すのうさんは、その状況を、だれも傷つけずに変えた。なんて機転のきく、賢い人なのだろう。やっぱり、太陽のように明るい人だ。
頭が下がる思いだ。



ブランコしかない公園の5分

泣いた。すのうさんのエッセイを読み始めて、泣いて笑って泣いてをくり返している。ものすごいジェットコースターに揺さぶられている。

大切な時間。

すのうさんの別なエッセイに「タイムマシンで戻りたい」というのがあったけれど、わたしは、20分だけじゃなく、ずっと遡りたいなと思うことがよくある。

子どもたちが小さかったころの写真を見たときだ。
とくに娘が2歳のときは、仕事がピークに忙しくて、眠る時間もあまりなくて、でも、もう娘は昼寝もしないし、ワンオペだしですごく苦しかった。

すのうさんにも、2歳だからわからないけれどもしかしたら息子さんの中にも──慌ただしい日々の中で足をとめた5分間はきっとずっと生きていくのだと思った。



ゴリラ女子サル山に生きる


タイトルを見て「なんのはなしだろう?」と思いながらタップした。
今回も、面白い引き込まれる書き出し。

サルの世界には上下関係がある。
ボス猿がいて、権力争いがある。

一方で、ゴリラには上下関係がない。
シルバーバックと呼ばれるリーダーが1頭いて、
それ以外はみな対等の立場なのだ。
人には性分がある。

怒りっぽい人、涙もろい人、繊細な人、リーダーシップのある人……
そして私の性分は「人の下に立っていたい」それにつきる。

知らなかった。すのうさんは博識だ。お子さんの影響もあるのだろうか、それとももともとお好きなのだろうか。動物の知識がすごく深い。

このエッセイのあらすじたるものが、まさにここに書かれている。

結局、みんな、生きづらい。

そして私は絶滅危惧種のゴリラ女子なのだ。

上昇志向がない、能動的に動けない、後輩への指導もうまくない、何を考えているか分からない。そんなゴリラ女子たる私はどうやって出来上がったのか。そして理想のリーダー像とは。

最後まで読んだ。ミニオンがボスを求める話を思い出した。
すのうさんにとっての”リーダー”──。

でも、上にだれかがいてくれるといいなというのもわかる。尊敬できるだれかに出会えないことも。

わたしはどうだったかな。運動部は入ったことがないからそこまで上下関係がなかったのだけれど、運動部のマネージャーだったときはたしかにあったかもしれない。

でも、先輩にはもれなくかわいがってもらえた。同級生からのあたりがひどくきつくて……。後輩からは先輩っぽくない先輩として慕ってもらえた気がしている。

ママ友に関しては、わたしの場合、ぼんやりしているから年齢を忘れるらしく、年下のママに「りっちゃんってそんなに年上でしたっけ……!?」って言われてぐさりとくることがある。笑
そんなに年上www

なんなら、年下のママたちにお世話されていることすらよくあって、夫から「年上なのにありえん」とよく言われている……。

リーダー以外は横並びがいいっていうのも、ちょっとわかるかもしれない。
ママ友やnoterさんとの関わりのなかで、わたしは対等に付き合える友だちが欲しかったのかも?と思うようになった。



「お父にそっくりだねぇ」と言われるのが嫌だった

家族の物語、だ。
読み終えて、うまく言語化できていない。

家族の関係って、ホームドラマみたいなきれいな感じだけじゃないんですよね。
現実には、きっとどんなに仲の良い家族だって、互いの価値観の違いとか、もやもやするポイントがあるのだと思う。

お父さんのキャラクターが際立っている。

「お父にそっくりだねぇ」と言われて嫌がっていたすのうさんが息子さんにかけた言葉……。DNAというかたちである意味証明されるような、家族という強いつながりにじわりとしました。


ダンサーになるためにドバイまで行ったのに一晩でやめた話


神崎さやかさんの感想で知り、気になっていた。


読み終えたあとに出てきた感情は、複雑にからまりあっていた。

ドバイでひとりのダンサーに目を奪われたすのうさん。帰国後、彼女のようになると練習を重ねた。ところが──。

まず、練習やドバイのシーンがわくわくした。前向きで明るくて、どんどんよくなっていくわくわく感が画面越しに伝わってきたのだ。
ダンスのためにお金を貯めてドバイへ! すのうさんのフットワークの軽さは本当にすごい。だからこそ、作品を読んでいても深みがあるのだと思った。

ところがそれは、タイトルにあるように、唐突に崩されてしまう。その理由にも考えさせられた。

うまく言えないのだけれど、もったいないという感情と、潔いという感情のふたつが絡まり合うようにして残り、ひどくリアルだった。
もう一度遡って読み直した。

何度でも読みたくなる作品だと思った。


陽気なギャルは、2日に1度暗闇でもがいている

この作品は公開日に読んだ。そして、わかる、と、好き、しか言えなかった。今もうまい感想は出てこない。けれども浮かんだ言葉を綴ってみようと思う。

2日連続で予定を入れない。
それが私の、自分を守るための大切なルール。

でも、そのルールにたどりつくまでに私は何度も暗闇に沈んだ。
陽気なギャルだった私は2日に1度、誰にも見せない場所で眠り続けていた。

パラパラを踊るギャルサークルのリーダーだったすのうさん。明るく陽気なギャルだったけど、すのうさんは、2日に1度、誰にも見せない場所で眠り続けていた。

読んでみて、わたしはどうだろう? と思った。

人といるのは好きだけど、たしかに、毎日だと疲れるかもしれない。ひとり反省会は、いつもしている。話がつまらなかったなとか、空気読めてないよな、とか。

"普通"といわれるものが沢山ある中で、はたしてそれがほんとうに正解なのだろうか?と思うことがよくある。

クロさんの普通とすのうさんの普通は違った。でも、それでもまぎれもなく2人の関係は素敵であたたかい。
今でも、続いているのも素敵だ。


3度目を読み終えて。
「みんな違って、みんないい」──有名なその言葉を思い出した。


『すくい』という作品の中で、「ていねいな暮らし」という言葉からくる”圧”について少し書いた。

「ふつう」という言葉もそうかも。
絶対的な善、のようなものを押しつけられているような感覚に陥ることがある。

たぶんそれは、自分が「ふつう」から外れたとき。

作品は長いので該当部分だけを貼っておく。

丁寧な暮らし──。だれもが使うから深く考えずに使っていた言葉だし、決してきらいじゃない。
考えた人はきっと、希望を持ってこの表現を送り出したはずだ。
日々を愛おしむことの素敵さ。それを伝えたかったのではないか。



でもこの言葉は、家事へのスタンスや環境によっては、圧があるのかも。自分が働いてみて、家のことがうまく回らなくなってはじめて、そう気づいた。

丁寧という言葉は、絶対的な”善”だ。「ちゃんとしている」「整っている」「美しい」などの印象を受ける。とにかくポジティブなのである。
この言葉はほんとうに不思議だ。やわらかくてうつくしい表現なのに、それでいて、絶対的に境界線を引かれてしまうような言い切り感すらある。

だからこそ、この言葉を価値観として定義されてしまうと、自動的に”それ以外”が否定されてしまうような危うさがあるのかも。丁寧な暮らしと、そうじゃない暮らしの間に、圧倒的な優劣が生まれてしまうような。

https://note.com/rincasanjo/n/nab3f043c7a40

わたしにも、『ふつう』から外れていることはいろいろある。そういうとき胸がきゅっとする。
自分自身にも言い聞かせるように、言いたい。

みんな違って、みんないい。


最後の晩餐のあじ

”ひらがな”というところに意味があるのかな? と想像したら、そうだった。それがどんなものだったのかはぜひ本編へ。


大事なのは味噌。実家が信州だから、味噌には並々ならぬこだわりがある。ラーメンも絶対味噌だし、味噌茄子なんかも大好物なのだ。

こういう地域性のお話、好きです。このあとに紹介される味噌がとても気になっている。高くて買えない味噌。

このお料理、食べたことがあります。

むかし、料亭の料理教室に行っていました。わたし以外は裕福なマダムばかりで、台所に立つのではなく、先生のおはなしを聞いて、実演を見て、おいしいものを食べるものです。
1ヵ月のおこづかいを全部その一日に投入していたから、あのころは本を買えなかったなあと思い出しました。

わたしは生のお魚があまり得意じゃなくて……。最初に出されたときは「ついに食べられないものがきたのでは」と身構えました。ひとくち食べてびっくり。おいしい。ものすごくおいしい。夢中で食べました。

家での再現はうまくいかなかったのですが、またチャレンジしてみたくなりました。

おいしすぎて全部食べてしまうすのうさんへのご家族の対応があたたかい。素敵だ。

でもこれも全て予定調和。母も分かってて出している。全部私が食べてしまうことも織り込み済みで、キッチンにまだ残してあった。


100人で18万文字の書籍を作った嘘みたいな本当の話

もしかしたら初めて知る方もいるかもしれない。すのうさんの文章がわかりやすかったので貼りつけておく。「路地裏」あるいは「なんのはなしですか」について。

コニシさんは #なんのはなしですか というタグがついている記事をほぼすべて読み、コメントし、紹介し続けている(ちょっとおかしな)人なのだ。

私がこの魔法の言葉に出会ったのもまた、昨年のことだった。

役に立つこと・有益なこと・面白いこと・読ませる文章。
そういうものが「正」とされるメインストリートだとしたら、 #なんのはなしですか は路地裏だった。

「正しい文章」を書かなくちゃならないというプレッシャーに少しずつ苦しくなった時、ふと気になって路地裏に迷い込んだ。

そこにはたくさん人がいて、しかもみんな楽しそうだった。楽しそうになんのはなしかわからないはなしをしていた。途中までしか書いてなかったり、訳が分からなかったり、どうかしているとしか思えなかったり……路地裏と呼ばれるその場所は、ただただ書きたい人が書きたいことを自由に書いている場所だった。

すのうさんが迷い込んだのも去年だったのか、と驚く。わたしもそう。そして、路地裏に入りこまなければ、ブログをやめると同時に筆を折っていたと思うのでぞっとする。

わたしも、この電子書籍にかかわらせていただいた一人だ。書き下ろしのエッセイをお送りした。そのときはまだたぶん、すのうさんとは交流したことがなかった。
でも、路地裏があったからこそ本厄を乗り越えられたので、恩返しの気持ちもあり、応募させてもらった。

すのうさんの作業量はどれほどだったのだろうと、心配していたけれど、こちらを読んで、想像を絶する作業だったのだと知った。お子さんをワンオペで育てながら。合間にほかの活躍もしながら。すごい。どう表現していいのかわからない。

けれども、すのうさんの、エネルギッシュでまっすぐなお人柄にとても惹かれる。応援したくなる。だからこそ、みんなが集まるのだと思った。

これからもずっと応援しているし、日々変化していく路地裏をいっしょにたのしみたいです。


拝啓大谷翔平選手 ~母と息子たちの32日間~

何がどうしてこうなったのか。

分からないけど、なぜだか私は今、野球場にいる。キラキラ輝く瞳の少年たちに囲まれて。

こんな書き出しではじまるのは、すのうさんとお子さん、そして初対面だったはずの少年たちの熱い32日間の記録だ。すごい。子どもの”ブーム”だと思っていたものに付き合っていたら、チームができている。

しかも、すのうさんも野球未経験というか、あまり知らない状態からのスタートだ。


帰っちゃうのね!!!!

私も帰りたい!

同じ立場ならぜったいそう思う!笑


最後の「得たもの」までぜひ読んでみてほしい。わたしは野球を全く知らないけれど、ものすごく面白かった。ひとつのドキュメンタリー映画みたい。というか、映像化されてもいいくらいだと思う。


すのうさんの魅力


ここまですべての作品を読んできて感じた、すのうさんの作品の魅力について触れて終わりたいと思う。

フットワークの軽さ

すのうさんは「エネルギッシュ」だというイメージがあった。これは、フットワークの軽さに由来しているのかも。
ダンサーになるためにドバイに行ったり。路地裏を応援する方法を本気で考えて、ものすごく険しい道である電子書籍作りに奮闘したり。

日常でもそうだ。自然のなかにお子さんを連れ出している。お子さんのわからないことがあれば、いっしょに手紙を書いて、聞く。

これはわたしには決定的に欠けていることで、すごく眩しい。そして尊敬する。

すのうさんのそういうがんばりを目にしていたら、わたしもがんばりたいと勇気をもらえるのだ。きっとみんながそうだと思う。


アツさ

以前、すのうさんを含む何人かで、お互いを「ポケモンのタイプ」で表すとなにか? という遊びをしたことがある。
ほぼ全員が、すのうさんに「ほのおタイプ」を当てはめていた。

すのうさんはとにかくアツい人だ。

眩しくて、熱くて。そして情に厚い。太陽みたいな人だと思う。これまでも思っていたけれどたくさんの作品を読んであらためて思った。

ゴリラのようにリーダーのもとで並列に生きたいというすのうさんだけど、でも、すのうさん自身がすでに光り輝いているから、すのうさんの下に集まりたくなるのではという気もする。

あるいは、コニシさんがリーダー……?

すのうさんを見ていると、自分でもなにかしたくなる。


愛情

こんなに愛情深い人がほかにいるだろうか。すのうさんのエッセイを読んで何度でも思った。お子さんへの眼差し、対応。きっと、わたしよりもずっと忙しい生活のはずだ。

ご自身も慌ただしくしている中で、きちんと向き合う時間をつくっている。見習わなければと何度でも思った。この感想は、今日の夕方から書きはじめたのだけれど、中断していた夜から子どもたちが眠る前にかけて──いつもより少し、彼らの会話に耳を傾けることができた。

すのうさんの作品に触れると、だれかに優しくしたいと思える。


まとめ


すのうさんの作品の良さは、すのうさん自身の人柄に由来している。文章の良さもあるのだけれど、描く素材がよすぎる。そしてそれは、すのうさんが"たまたま持っている”のではない。すのうさんの人柄があるからこそ生まれるネタであり、集ってくるものだとわたしは思った。

読ませていただけてありがとうございました。これからもずっと応援しています。



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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡