3年n組 きょうの授業は、分校について。
冬の雨がきらいだった。
厚手の上着にレインコートを重ねると、おにぎりみたいにもこもこしてしまうことだとか。行き帰り、どんなに気をつけていても服が湿ってしまうこととか。水だけじゃなくって泥がはねて、ざらざらした感触がくつしたに残ることだとか。
でも一番は、あの場所。
雨の、音楽室──。
▼このおはなしは、おとなの遊び企画「3年n組」のスピンオフであり、特別クラス「乃音小学校 飛映分校 3年s組」の紹介です。
こちらのマガジンの1話目を読まないとまったくなんのはなしかわからないと思います。
音楽室は暗くて寒い。
皆月先生は、音楽室にわたしを閉じ込めるようにして作文を書かせていることを、ほかの先生たちに隠していた。
だから、暖房も電気もつけてくれない。
カーテンを開けて取り込んだわずかな光の中で、かすむ目をこすりながら給食をたべ、作文を書くしかなかった。
誰もいない、だだっ広い音楽室で、椅子を机代わりにして、ぺたりと床に座る。
床もひどく冷えていた。
* * * * *
ある雨の日。
小西先生が学級委員のマイトンくんを探していた。
みんなでゲームを作っているらしく、教室にはいない。
先生の荷物運びを手伝うことにした。
わたしたちは、校舎と校舎をつなぐ、屋外の渡り廊下を歩いていた。
廊下といっても雨よけがあるだけ。
冬の空気の冷たさだとか、湿った土のにおいだとかがダイレクトにぶつかってくる。
朝はどしゃぶりで、山道がぬかるんで大変だったけれど、今は糸のように細い雨がさらさらと落ちている。
制服のうえに赤いカーディガンを羽織っただけのわたしは震えた。
「凛花ちゃん、赤いの着てるの珍しいですね。イメージじゃないというか……」
「赤カーディガン流行ってるんですよ。こないだ家族でディズニーに行ったんですけどね、女子高生のおねえさんたち、みーんな赤カーディガン着てるんです。制服に。だから買いました」
「女子高生ですか」
先生の口元がゆるんだ。
頭のなかにきっと、すごく好みのタイプの女性がいるのだろう。
わたしはどう反応していいかわからなくなり「流行ってるものを着たほうが浮かないじゃないですか」とはなしを逸らした。
「じゃあ、好きじゃないんですか? 赤」
「好きじゃないっていうより、似合わないなっていう感じはあります。もっとこう、くすんだ色のほうがわたしっぽいです」
「なんのはなしですか」
備品を抱える小西先生を見上げた。
先生は、ワイシャツのボタンをひとつ外して、ゆるめにネクタイを巻いていた。その上からジャージを重ねている。
「先生、いつも蛇柄のネクタイつけてますけど、蛇好きなんですか」
「蛇柄の、ネクタイ……? 」
わたしが尋ねると、先生は目を見開いた。
「凛花さん、視えないんですか?」
「なんのはなしですか」
「n組のみんなには”本体”が視えてるみたいなのに……。いや、未来が視える子もいるのだから、きっと凛花ちゃんにも何かしらは視えるはず……」
「ねえ、先生。うちの学校って転校生が多いんですね。わたしだけだと思っていたらぐみちゃんが来たし、すのうちゃんも転校生だったんでしょう」
「ほぼみんな転校生ですかね。というか、希望しないと来れないんです、ここって」
「え?」
「ここ、私立ですからね。それも”表現をたのしむ”を掲げてるんですよ。全国各地につくろうと奮闘してるんですが、やっぱり知名度もあまりなくって、人数はそんなにいないんです」
「ほかにもあるんだ」
「凛花ちゃんが前に住んでいた街のそばにもあったんですよ。分校。たぶん、親御さんの希望であえて遠くを選ばれたのだと思いますが……」
わたしの頭のなかには、皆月先生の黒い目が浮かんだ。
気持ちがぎゅっとなった。
小西先生は眉を下げて笑う。
「じつは、この間、夜に公園に行ったんですよ」
「夜に公園」
「四十超えの滑り台を満喫しても何もおかしくはないと感じてたんです。普段からスベっている私が本当に滑ったらどれだけ面白いだろうか、……とね。最終的に滑ったわけなんですけど、どうなったと思いますか」
「なんのはなしですか……?」
わたしが訊くと先生は、哀愁に満ちた顔をして「お尻が挟まったんです」と言った。
「ああそういえば。凛花ちゃんの前の学校にも近いですよ。隣町にあった分校なんですけどね。|飛映《とえ(toe)》分校。私、ここに来る前はそこで担任持ってたんです。あっちはね、こことは違った特色があるんですよ」
「どんな感じなんですか」
尋ねながらもわたしは、先生が気をつかって話題をそらしてくれたのだろうな、と思った。
「3つのコースがあるんです。それぞれ自分が目指す創作のかたちを体現しようっていうクラスでね。表現を極めたい人のコース、日常生活のワンシーンを切り取って記録したい人のコース、実用的なはなしを書きたい人のコース……」
「えーわたし全部やりたいです……」
「凛花ちゃんって貪欲ですよね……。何でもすぐに突っ込んでいきますよね。n組向きですよ。s組は『スペシャルクラス』なんで。……ただね、思ったより各コースに人数が集まらなくって。結局1学級になりました」
「そうなんですね」
「分校同士だから、これから関わることもあるかもしれませんよ。ああ、転校生は随時受け付けているみたいです」
わたしはこのとき、知らなかった。
どうして自分がこの学校に転校してきたのか。
単に母の地元だからだと思っていた。でも違った。橋渡しをしてくれた人がいたのだ。
習い事で出会い、文通をしていた友だちが、母に手紙を書いてくれたのがきっかけだった。
前の学校に友だちはいなかった。でも、習い事で知り合ったその子だけは、わたしの話をいろいろ聞いてくれた。
だから、手紙で打ち明けていたのだ。
皆月先生やクラスメートと何があったのか。
そして、限界をむかえて、両親に打ち明けたこと。
乃音小学校 飛影分校に通っていた友だちが小西先生のもと教え子で、先生のもとでなら、役に立たないことも、感動しないことも書いていいと伝えてくれていたこと。
そこからすのうちゃんにも話がいき、授賞式でのわたしの様子なども先生に伝わっていたこと。
自分が知らないあいだに、たくさんの人に支えてもらっていた。
それをこのときのわたしは、まだ、知らない──。
「そうだ、先生。わたし、部活と係、やっと決めたんです」
「何にしたんですか?」
「部活は家庭部をつくろうかなって。家のことしたり、ハンドメイドしたりするの好きなんですよね」
きのこの形をしたマスコットを先生に渡した。フェルトを縫い合わせただけの簡単なものだ。
先生は表も裏も確認して「とくにメッセージはない……」とつぶやいた。
「係はなににするんですか」
「新聞係です。前の学校でもやってたので。lionくんの考察読んでたらおもしろくって。わたしは考察書けないけどいろいろやってみたいんです」
「あ、それじゃあこれを」
先生は、ポケットからメモを取り出した。
「これ、この間回収したんです。lionくんの落とし物だと思うんですよね。渡しといてください。『Rの真実』……。運動会でお蔵入りになるやつですかね」
「あー……」
「それにしても一番最後に書いてあるこれ。これがなんのはなしかわからなかったんで教えてもらえませんか?」
先生からメモを受け取る。
R→ダークネスグランドクロスブラックサンダールシフェル?
「これ、なんですかね?笑 ダークネスなんちゃら笑」
折りたたまれたメモを開く。思わず取り落としそうになった。
(そんな……!)
わたしはひどく動揺した。
( 確かに似てるとは思ってたけど、まさかRがダークネスグランドクロスブラックサンダールシフェルだなんて……)
ダークネスグランドクロスブラックサンダールシフェル。
それは、都市伝説に過ぎないと思っていた。
口裂け女やメリーさん、ターボババア。そういった類いのものだと思っていた。
でも、lionくんが考察するなら真実……?
「いや、そんなわけないか」
そのとき、向こう側の渡り廊下を走っていくアルロンくんが見えた。
その背中には、黒いマントがはためいていて……。
「え?」
わたしは目をこすった。
「なにか視えましたか?」
「……見間違いだったみたいです」
わたしには霊感がない。
学校の階段を登ると視界の端に男の人が立っている気がするけどちゃんと見ると消えるからきっと違う。
友だちと遊んでいた神社に二度とたどり着けなかったけど、なにか勘違いをしていたのだろう。
「り、りんかちゃん……っ!」
振り返ると転校生のぐみちゃんが立っていた。
「お弁当つくってきたの。いっしょに食べない?」
「いいの?」
いつの間にか雨は止んでいた。アルロンくんを追いかけるみたいに、くっきりと境目がある。
そうして向こう側には虹がかかっていた──。
おまけ。凛花の自由帳。Rの真実が公開されるときのために書いていたもの。お蔵入りになったので未完成のまま、次のページでみくさんに取りかかっているようだ。

飛映分校 3年s組の名簿(改)
2025/03/08 追記:
辞退の申し出があったため、再作成しました。また、参加希望等いただいてるのですが、わたしのほうでは締め切らせていただいてましてm(__)m
S組の方に申し込まれるか、あたらしい分校やクラスを創るなどしてお楽しみいただければと思います^^

事務連絡:
人数調整がむずかしかったため、ひとクラスにまとめて「S組(スペシャルクラス)」となりました。
選んだクラスは「コース」として残してあります。
クラスとしてはベストな人数だと思うんです。
だから、今後、人数が増えたら3クラスに分けてもいいですし、ここからはわたしは手を離して皆さんにお任せします。いっしょに楽しみましょう^^
s組はたぶん転校生を受け付けますかね……?
その場合、「 #乃音小学校 」というタグを使って記事を書いてもらえたら、見つけやすいかもしれません。
▼遊び方はこちらへ。
あとがき
霊感ないですが洒落怖読むの好きです。
とくに、霊感ないのに勝手に守護霊が暴れて守られてるみたいな話と、神様系の怖い話がツボです。
エンドロール(友情出演)
小西先生:コニシ木の子さん
R:アルロンさん
未来が視えるぐみちゃん:大塚ぐみさん
新聞係のlionくん:lionさん
コンテスト受賞のすのうちゃん:本田すのうさん
みくさんのスピンオフも面白かったから書きたかったんですが、次の展開もありそう(ですかね)なので時期を見てつなげていきたいです…!
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最後までお読みいただき、ありがとうございます♡