予知夢の死角─第1幕 【ミステリー小説部門】(1/4)
あらすじ:
あの人にはもう会わない。そう決めた石倉夕璃子は、高校の同級生への恋心を葬るべく、縁切りのジンクスがあるという場所へ向かうことにした。自分では決断できないと思ったのだ。
ところが、その日の朝、自分が殺される夢を見て飛び起きた。不穏な予感にとらわれる。じつは彼女には”特殊能力”とでもいうべきものがあった。たまに予知夢を見ることがあった。実際、それは何度か的中している。
今までなら、自分とはまたべつの特殊能力を持つ同級生に連絡していた。でも、もう会わないと決めたのだ。不安に思いながらも、夕璃子は心を決め、彼に連絡せずに家を出た。
そんな夕璃子のもとへ”予知夢”が忍び寄ってくる──。
1.夢の余韻
その朝は、悲鳴とともに始まった。
布団を蹴り上げるように跳ね起きた夕璃子は、ぼんやりした頭のまま、周りを見渡す。
ベッドとテーブルがあるだけの味気ない部屋。見慣れた自分の家だった。
薄い寝間着の上から、胸に手を当てる。どく、どく。鼓動が波打っている。ほっとした。生きてる。――目の前に迫ってくる手や、ぼんやりと霞んでいく目。痛さを超えた熱い感覚。すべて本当にあったことのように思い出せる。
あまりにもリアルな夢だったからだろうか。
シャワーを浴びても着替えても、何かに追い立てられるような気持ちが消えることはなかった。
どこで殺されたのか、――誰に、どんなふうに。すこしずつ夢の記憶は薄れていった。じんわりと残った恐怖だけが胸を支配していた。
誰かに話したら「夢のことなんだからそんなに怯えなくても」と言われるだろう。
夕璃子は携帯電話を持ち、彼の番号を呼び出そうとした。そうしてやめた。決めたばかりだ。唯一この出来事を打ち明けられるあの人にはもう、連絡しない──。
夕璃子は申し訳程度の化粧を済ませる。ほとんどなにも変わらない。メイクってする意味あるのだろうか。そんなことを思いながらテーブルの上を綺麗に片づけると、白い麻のエプロンを手にキッチンに立った。
狭い調理台の補助として買ったワゴンを引き寄せ、そこに材料を並べていく。卵、ハムに牛乳、バター、マヨネーズ、それから冷凍しておいたパセリ。サンドイッチ用の耳なしパン。
卵を割り入れる。廊下に繋がる窓から差し込む光が、黄身のなかに滲むように鈍く反射していた。箸を刺す。ぷつっと薄皮が破けるような感覚があり、血がどくどく流れるように黄金色の液体が出てきた。
牛乳を少し注ぎ、よくかき混ぜる。ハムは小さな四角形に刻んで卵に混ぜる。パセリと塩を加える。
卵焼き器を温め、バターをひいて、卵液を流し込んだ。金色の卵が、ふちのほうから少しずつ固まっていく。胸が詰まったように、重い。
料理に集中しようとしても、夕璃子の心は、ここから離れたところに寄せられたままだった。彼女は自分のこれまでを思い出していた。
色のない夢を見たときはいつだって注意が必要だ。だって、それは予知夢なのだから。
2.厚焼き玉子のサンドイッチ
昨夜、眠る前に決めていた。大学前からバスに乗る。行き先は山の上──。そこに秘密の店がある。そう言っていたのは誰だっただろう? バーで出会った人? 蟒蛇のはずなのに悪酔いした夜だった気がする。
今日は1限で授業が終わる火曜日。時間はたっぷりある。山頂には喫茶店があり、その庭に翡翠のように美しい池があるらしい。薄紫の蓮の花が彩り、まるで外国の絵画のような。そこには”主”がいて、来た人間が捨てたい縁を断ち切ってくれるのだとか。
オカルトじみた話だ。でも今の夕璃子には、そうでもしないと執着を断ち切れる気がしなかった。この恋心を消すことができるなら、なんだってする。──もうつかれた。
とにかく、そこに行けば何かが変わる。それは確信だった。
予知夢は当たらないこともある。それに夕璃子には”スペア”がいる。自分よりもっと力の強いあの人が。本当に危険な目に遭うのだとしたら、彼が予知しているだろう。
そうしたらきっと、古い馴染みである夕璃子を少しは心配してくれるかもしれない。そこに恋情はなくとも、また忠告してもらえるかも。
もしも、――8時までに慧介から連絡が来なかったら。きっとだいじょうぶ。あれは現実にはならない。期待している自分に気がついて苦笑する。
まな板の上にラップを広げ、パンを置く。そこにたっぷりマヨネーズを塗り、出来上がった厚焼き玉子を乗せ、もう一枚のパンで挟んだ。そして、ラップでくるむ。こうすると具がずれたりはみ出したりすることなく、綺麗に切ることができる。
美しい断面のサンドイッチが四つ出来上がった。つい二人分作ってしまったので、半分は朝食に回すことにした。
夕璃子はキッチンの戸棚から弁当箱を、冷蔵庫からいくつかの保存容器を出してきた。キャロットラペは昨夜仕込んでおいたものだ。レンジで少しやわらかくした人参とレーズンをオイルと酢でマリネする。
夕璃子ひとりのときは、クミンパウダーと塩が多め。デリ風のおかずの味になる。でも、甘酸っぱいのが好きなあの人のために、はちみつをたっぷりかけるのが定番だった。
「甘すぎる……」
味見をした夕璃子はつぶやいた。
弁当を詰め終えた夕璃子は、粉末スープを牛乳で溶いて作ったコーンスープに、余った常備菜とサンドイッチを添え、簡易的な朝食にした。どこか味気なく感じられるのは、音がないせいだということにした。
目頭がじわりと熱くなり、止める間もなく、涙がするりと抜けていった。
メイクが落ちないように、指の腹で抑えるようにして涙を拭う。笑いながらごしごし拭いてくれるあの人は居ない。あの朝、私が置いてきたのだ。
そういえば麦茶を用意するのを忘れていた、と冷蔵庫の扉を開ける。その中には、当たり前のように紙パックのレモンティーが鎮座していた。夕璃子は、はっと息を飲む。無意識のうちに買ってしまっていたのだ。
十六のときからの習慣になっていたそれは、かんたんには抜けてくれそうもなかった。
人はいつ、痛みを忘れられるのだろう。この胸の疼きが癒やされることなどあるのだろうか? 慧介に頼らない世界を、新しく作っていけるのだろうか。
もくもくとサンドイッチを食べていると、夕璃子の意識はふたたび、モノトーンの夢に持っていかれてしまった。先ほどは動転していて思い出せなかったけれど、首にかかった毛むくじゃらのごつごつした手を思い出し、身震いした。
いつの間にか8時をとうに過ぎていた。だいじょうぶ、夢は現実にならない。でも──。もう少し粘る。やっぱり慧介からの連絡はない。それが少し悲しかった。
そろそろ家を出ないと遅刻してしまう。夕璃子は手早く洗いものを済ませ、キャメル色のリュックを引っかけて、家を出た。
3.予知夢
森島慧介と出会ったのは、高校生のときだ。クラスが離れているのに3年間話す機会が多かったのは、選択制だった美術の授業で隣になったから。
慧介は背が高く肩幅の広いがっしりとした少年だった。同級生と比べても体格が良かったと思う。野球部伝統の坊主頭。整えられているが細くはない眉が印象的で、二重のぱっちりとした目には強い光があった。
一見真面目そうにも見えるのだけれど、顧問の目の届かないところでは制服を着崩していた。
当時の夕璃子は、男性にしてはやや長髪の芸能人に夢中だったので、彼に対して恋情を持つことになるとは思いもしなかった。興味を持ったのは絵がきっかけ。
慧介は見た目に似合わず、繊細で美しい絵を描くのだ。
二時間単位で自由に絵を描き、教師が1人ずつじっくりまわりながら助言をしていくというスタイルの授業だった。
毎回、厳しい顔をしながらも、チョコレートをひと粒ずつ生徒たちの机に置きながら回っていた美術教師。名前は佐藤。偏屈だけれど気に入った者には甘いという、定年間近の男性だった。
彼にとりわけ気に入られた慧介と夕璃子は、何度も美術部への勧誘を受けた。
入部こそしなかったものの、一度ふたりで彼の手伝いをしたのがきっかけで、毎週火曜日の夕方は、佐藤のために美術準備室に集まる流れがいつからかできていた。
かんたんな資料の整理などの手伝いをすると、報酬代わりに佐藤は絵の手ほどきをしてくれた。効果的な練習方法。色彩についての話。背景をよりリアルに描くための方法──。
佐藤の話は面白く、かんたんな手伝いくらいで教わっていいのか不安になるくらいだった。
その頃には、少しずつ慧介を意識するようになっていた。
いつもは大学まで自転車で通っている。坂道を十五分ほどかけて登って行くので、着くころにはいつも息を切らしていた。
でも今日は、雨でもないのにバスで行く。その後の目的地が、自転車で行くには遠すぎたからだ。最寄りのバス停から出ているこのバスは、大学に行くときにしか使ったことがない。でも、終点まで乗って、そこから20分ほど歩けば、山の上の喫茶店に行くことができる算段だった。
大学が終わったあと、学校の前からこのバスに乗ればいい。
バスは時間通りにやってきた。運転手に回数券を渡して乗り込み、後部座席へ向かう。一番うしろの右側の席。夕璃子たちがバスに乗るとき、定位置はそこだった。
車窓の向こうへ吹き飛んでいく景色を眺めながら、夕璃子はふと、前に見た予知夢を思い出していた。その日も殺される夢を見たのだ。当時は「嫌な夢を見たものだ」と思っただけだった。
4.ホットチョコレート
あの日も、美術室に集まる火曜日だった。
「佐藤センセ、今日の甘いもんは?」
慧介が、佐藤の手元を覗き込む。美術準備室には小さなキッチンがあり、火曜日の非公式な定期教室のときには、そこでこっそりおやつを作ってくれるのだ。
甘いにおいが立ちのぼってきて、夕璃子も筆を置いた。
「今日はホットチョコレート。家内が生きていたときに、よく作ってくれたんだ」
佐藤は、泡立て器で小鍋を混ぜながらこぼした。彼は3年前に妻を事故で亡くしていた。
「チョコレートはねえ、細かく刻むのが大事なんだってさ。溶けやすくなるからね。毎日いろんな料理を作ってくれたんだよ。家内の実家は資産家でね。若い頃にいろいろな国に行ったことがあって、その土地の料理を舌で覚えてこちらで再現するのに凝っていた。当たり前の日常に、小さな楽しみを見つけるのが好きな人でね」
佐藤は愛おしむような目をして言った。
彼らには子どもがおらず、今は学校にほど近いアパートを借りて、一人で暮らしていると聞いた。
「うわ、始まったよ。佐藤センセののろけ」
慧介が茶化すように言う。すると、佐藤は少し悲しそうに目を細めて「死んだ後でのろけたって仕方がないんだけどね」とつぶやいた。
「家内が生きているころはね、感謝だとかねぎらいだとか、そういった言葉をかけてやったことはなかった。我々は見合いで結婚したんだが、最後まで愛してるだなんて言えなかったんだよ。そんなもん、こっ恥ずかしいと思ってね。でも今は、――無性にそれを後悔している。ある日突然、物言わぬ骸となって帰ってきた家内を見て……どうして一度も伝えなかったのかと」
蝉しぐれが耳についたので、あれは夏の夕方だったのだろう。佐藤の話を聞いた夕璃子と慧介は、なんとなく黙ったまま廊下を歩いていた。
血のような夕日が、よく磨かれた床に赤い影を落としていた。ふと、窓の向こうでからすがギャアギャアと鳴いた。
慧介は眉根を寄せて額を押さえた。
「どうしたの?」
夕璃子が尋ねると、慧介は青い顔をして言った。
「おまえ、今日は絶対にひとりで帰るな」
5.自転車
「石倉、おまえ、家はどこだっけ?」
「宝町。海沿いで、林駅から2駅先の……」
「――送っていく」
遮るようにそう言うと、慧介は夕璃子の手を引いて駐輪場へ向かった。
途中、彼の部活仲間とすれ違い、からかわれたが、気にも留めず、何かに突き動かされるかのように、慧介は黙々と歩いていた。その手は汗ばんで冷たくなっていた。
慧介は自転車の前かごに夕璃子の荷物を乗せると、後ろに乗るように示した。
「電車で帰るから大丈夫だよ」
慧介は答えなかった。
強い、それでいて懇願するような眼差しで夕璃子を射抜いた。ややあって、夕璃子は自転車の荷台に腰を下ろした。
「つかまれ」
慧介は夕璃子の手を掴むと、自分の腹にしっかりとつかまらせた。どきりと鼓動が跳ねる。硬い背中だった。
「行くぞ」
体がふわっと浮いて、自転車が進みだした。
山の裾まで続く田んぼが、夕方の光を浴びてものがなしくきらめいていた。時折、ひぐらしの鳴く声が響いては、また吹き飛んでいく。慧介は無言だった。なにかに怯え、焦っている様子があった。
「頭がおかしくなったと思われるかもしれないけど」
彼はそう前置きした。そのあと、なかなか言葉が続かない。ごくりと息を飲む音がした。
「――俺、たぶん、霊感的なものがある」
慧介は絞り出すようにそう言った。
田園風景が終わった。二人乗りを見咎められないようにするためだろう、彼は閑静な住宅街を選んですいすい抜けていく。
「ガキのころから、なんとなくヤバいことがわかるんだ。で、今は最高にヤバい。――おまえさ、今日死ぬかもしんない」
夕璃子の胸も、早鐘のように鳴り出した。頭を殴られたような衝撃だった。そして、今朝方のモノトーンの夢を思い出した。
「怖がらせて悪い。キモいって思ったかもしれない。でも、そう思うなら縁切ってくれてもいい。――ただ、今日だけは送らせてほしい」
夕璃子がなにも言えずにいると、慧介がしゅんとうなだれたのが伝わってきた。夕璃子は慌てて「信じるよ」と答えた。慧介は弾かれたようにこちらを見る。
「やだ、危ないから前見てよ」
夕璃子の言葉に、慧介ははっとして視線を前方に戻した。
「――私もね、予知夢みたいなの見るの。そして今朝、自分が殺される夢を見た。だから、森島のこと信じる」
6.予感
慧介は国道沿いのスーパーで自転車を停めた。
少し疲れたのだろう。高校から夕璃子の家までは、自転車で1時間ほどの距離だった。普段は電車を乗り継いで帰っているのだ。まだ、半分ほどしか来ていない。
夕璃子がベーカリーでいくつかパンを見つくろっていると、ビニール袋を手に慧介が戻ってきた。
「レモンティー。これ、うまいんだ」
中には紙パックのレモンティーが2本入っていた。
そのスーパーには、駐車場の横に飲食可能なスペースが設けられていた。ベンチとテーブルが何セットか置かれている簡易的なものだ。二人は並んでベンチに腰かけた。
紅茶もコーヒーも苦手で敬遠していたけれど、差し出されたレモンティーは甘く、爽やかな香りで特別においしく感じられた。
それから二人は、ぽつりぽつりと、互いの不思議な体験について話をした。これまで誰とも共有できなかった秘密を少しずつ溶け合わせていくうちに、今までにない喜びが胸に渦巻いていた。
焼き立てのクロワッサンを頬張っていると、慧介の骨ばった手が近づいてきて、夕璃子のくちびるを拭った。どきりとして見上げると、彼は目を細めて「パン、たくさんついてるぞ」と笑った。形のよいくちびるから、白い歯がのぞいた。
夕璃子は胸の鼓動がうるさいことに気がついた。それは、なにかの予感だった。
「今さらだけど、森島くんは中学どこだったの?」
「松石南中」
「待って、それって逆方向じゃない。帰りはどうするの?」
「ふつうにチャリで帰るよ」
「そんなの甘えられないよ。私の家の近くからだと、たぶん、一時間半はかかるよ」
「――別に構わない。それより、最後まで送り届けて、安心したいんだ」
慧介はそう言って目を伏せた。
「予知夢ってさ、よく当たるの?」
ややあって、慧介が聞いた。
「いつも見るわけじゃないの。白と黒だけの夢を見たときは、先のことが見える――ように思ってるだけ。本当は自信がない。非科学的なことって、あまり信じてないから」
夕璃子は、自分の手が震えていることに気がついた。慧介はその手を包み込むように、骨ばった温かくて大きな手をそこに重ねた。
『犯人は依然として逃走中で……』
夕飯を食べていると、ニュースが流れた。祖母が「物騒だねえ」と言いながら、母を立たせて戸締まりを確認するように指図した。父が「明日の朝は車で送っていく」とむずかしい顔をして腕を組む。
弟たちはもくもくと食事をしている。山盛りだったコロッケが、もうほとんどない。
画面の中に映るのは、夕璃子が行くはずだった駅──。幸い、亡くなった人はいなかった。でも、もしも慧介がいなかったら、ここに夕璃子の名が流れたのかもしれない。
7.はつ恋の終わり
慧介のことが好きだ──。
はっきりとそう自覚したのは17の夏だった。
あの一件を経て、二人はさらに話す機会が増えた。けれども、つき合うどころか、約束して落ち合うことも、互いの連絡先を交換するすらもないまま3年生になった。
そのタイミングで美術教師の佐藤が定年退職。火曜日の定期教室もなくなったが、タイミングが合えば、なんとなく一緒に過ごした。
必要なときは、なにかに導かれるように出会えた。
でもそれこそが悲劇だったのかもしれない。話し合う勇気を、時間を、自分から獲得しようとしなくなってしまったのだから。
やがて受験の季節を迎え、ふたりはますます縁遠くなっていった。
夕璃子が合格したのはふるさとから遠く離れた大学だった。偏屈な祖父母から離れたかったのが一番の理由。
慧介が浪人したことを知ったのは、卒業式の朝だった。愕然とした。夕璃子はそのとき初めて、自分が彼と離れ離れになるのだと思い至ったのだ。
これまでと同じように、なにか不思議な導きでうまくやっていけると、そう思い込んでいた。
せめて声をかけよう、連絡先を聞こう。
そう思ったものの、その日に限って彼の姿は見つからなかった。結局、3年年間で同じクラスになったこともなく、共通の友人もいない。連絡するすべもなく、そのまま引っ越しの日を迎えた。
新幹線に乗り込んだとき、夕璃子は淡いはつ恋に決別した。
涙にくもった瞳には、息を切らしてホームに駆け込んできた慧介の姿は映らなかった。
大学生活は自由だった。
楽しいことがたくさんあったはずなのに、夕璃子の心の中には、ぽっかりと大きな穴が空いていて、それを埋めるためだったのだろうか。擬似的な恋愛をくり返した。
もちろん、付き合う瞬間は「ちゃんと恋をしよう」と思っていた。相手にも真摯に向き合ったつもりだった。けれども「恋をしよう」と思っている時点で違ったのだと思う。
はじめての恋人は大学の同級生だった。1ヶ月ほどで別れた。それから半年ほどが経ち、バイト先の先輩と付き合って別れた。
彼らのことがきらいなわけではもちろんなかった。それなのに、別れの言葉を告げられても、不思議と涙は出なかった。
そうしていつの間にか大学生になって1年が過ぎたある日、唐突に電話が鳴った。
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