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【 #創作大賞2025 】ヤンデレ猫ちゃんの使命 ─ 「ペットロス 後追い」と検索したあなたのために書いた7日間の物語 ─

あらすじ:
2024年秋。10年一緒に暮らしてきた猫の「フカ」が亡くなった
短い闘病期間から、フカが亡くなった日、そしてその後の家族とわたしの7日間を描いたほぼ実話。

フカが亡くなった夜、ねむれなくて”ペットロス”について調べたわたしは、「ペットロス」と検索したときの予測変換に衝撃の文字を見つける。
「ペットロス 後追い」というワードだった。怖くてタップすることはできなかったが、自分のつらさでいっぱいいっぱいだったこの瞬間、自分以外にも辛い思いをしている人がいることを知る。
苦しくても生活は続く。
母として、妻として、仕事を持つ人間として。少しでも早く日常を立て直すために、無意識にいろいろ工夫していることに気がついたわたしは、”実用書著者”としての経歴を生かしてそれをなるべく忠実に綴ることにした。
「ペットロス 後追い」と検索した人が、この物語にたどり着き、立ち直る手助けになれば──。
あの夜のわたしは、同じようにペットをなくした人の話だけは読めた。
長い物語を読んで気がつくとねむれるように。あるいは、わたしの辿ってきた道すじから、なにか生活を立て直すためのヒントを見つけられるように。
センシティブな話題だからこそ1話ごとを100回以上見直して、第三者にも読んでもらいながら書き上げた10万字超の備忘録。






酔芙蓉すいふようという花を知ったのは、今の住まいに引っ越したあとのこと。

裏の庭に植わっているそれは、まるで御伽噺おとぎばなしのような、不思議な花。朝出かける前に見たのは白い花だった気がするのに、夕方に見るとピンクになっている。

何日か混乱し、自分の記憶能力を疑いながら過ごしたのち、『白からピンクに変わる花』と検索した。そうして、それが朝に咲いてすこしずつ色づき、濃くなっていく花「酔芙蓉すいふよう」だと知ったのだった。

酔芙蓉の「酔」は、花色の変化がお酒に酔っているみたいだからつけられたそうだ。


酔芙蓉は、毎年10月になると咲く。
来年からきっと”今年はじめての酔芙蓉”が咲いた日に泣くのだろうな。確信があった。

だってこの日、わたしは火葬車を待っていたから──。




擦り切れるまで読んだ1ページのこと


小学生のころ、実家の畳に寝そべって、何度もくり返し読んだページがある。
子ども向けの雑誌だったはずだ。

さわられると嫌がる場所と喜ぶ場所。
しっぽの動きから読み取る気持ち。
静かなのが好きだから、子どもよりお年寄りと過ごすのを好む……。

見開き1ページで猫についてのさまざまな情報が書かれていた。



乳幼児期のわたしの写真には、必ずどこかに猫が映り込んでいる。

「トラコはね、凛花のことが大好きだったの。凛花が泣くと飛んでくる。いつもそばにいたんだよ」

トラコはわたしが3歳のときに、家を出たきり戻らなかった。



辛いとき、その雑誌を出してきて眺めた。そして想像した。

いつもそばにいてくれる猫がいたら、どんなに素敵だろう。ふわふわのお腹に顔をうずめて寝てみたい。

わたしはそのころ、学校でうまくいっていなかった。
いつもいっしょにいる女子はいるけれど、彼女たちが自分を好きじゃないことは痛いほどわかっていて、苦しかったのだ。


放課後に遊ぼうと、誘ってくれたのは向こうだった。けれどもいくら待っても彼女たちは来なかった。
わたしは雑木林の木によじ登った。太い枝に腰かけて、開けた空き地の向こう、家々の屋根を赤く染めながら沈んでいく夕日を見ていた。

ああ、わたしはきっと、この瞬間を一生忘れないのだろうな。
そういう確信があった。

ほろりと涙がこぼれた。


だれか、だれか助けてほしい。
わたしのことも、好きになってほしい。

そんなふうに思っていた。


その後両親は、白文鳥と柴犬を迎えた。どちらも可愛くって大好きだったけれど、彼らのいちばんは、母だった。


家族を創っていく


時は流れ、2012年。入籍より少し早く引っ越し、猫を迎えた。
ここでは、「バロ」と呼ぶ。

映画『耳をすませば』が好き。
金曜ロードショーではじめて観た10歳のとき、エンディングが終わってすぐに、物語を書きはじめたくらいだ。

そう、この子の名前は、バロンに由来している。

スマートなバロンとは違い、わが家のバロは、むしろ、『猫の恩返し』に登場する"ムタさん"のような存在だ。

彼について書けるエピソードは数しれない。
本当に猫らしくない、ふしぎな猫なのだ。

バロももちろん大切な家族なのだけれど、この話の主人公は、もう一匹の猫。



バロが2歳のとき、もう1匹の家族を迎えた。

ここでは「フカ」と呼ぶ。名づけ親は夫。よく男の子に間違われるけれど、女の子だ。


「猫ストーカー」という言葉をよく聞く。
バロはまったくストーカー要素がなく、犬のような気質をしている。それが当たり前だと思っていたわたしは、とても驚かされた。

フカは、ヤンデレ猫ストーカーだったのだ。


追記:
ここまでの文章は、フカがまだ消えてしまう前に書いた。ラノベ風のタイトルになった。正式タイトルは『先住猫の寵愛を夫に奪われた私、ヤンデレ猫ちゃんに溺愛されています……?』だった。
大好きなWeb小説みたいなポップなタイトルにすることで、明るい気分になろうと思っていた。

猫ストーカー・フカ


フカの一日は、わたしが起きるのを見届けるところからはじまる。



夜通しそばで寝ていたフカは、着替えにも、洗顔にもついてくる。



階下に降りるときもとてとて着いてきて、レンジの上に飛び乗る。

レンジの上は、わたしが1階で過ごすときの彼女の定位置だ。

すべてあげていくとキリがないのでざっくりまとめると、わたしの居場所すべてに、フカがいる。





フカは、わが家に来たときからずっと、わたしと眠っている。


一方、バロは夫のことが好き。

世話をするのはすべてわたしなのに、夫と寝るものだから、最初はかなり嫉妬した。

だっこしてふとんへ連れて行っても、バロは気づくと夫の横に移動している。
たまにひとりで眠ることもある。

だからだろうか、たまに耳にする、先住猫と新米猫の対立のようなものは見られなかった。
バロは夫、フカはわたしというように、最初から、きっちりと棲み分けがされていた。



フカは、忠猫だ。
わたしが寝るまで寝ないと決めているらしい。

けれども、わたしは夜行性だ。

最近は朝活の楽しみを知り、早起きすることもあるけれど、とくに、子どもが生まれたばかりのころは、明け方まで仕事をしていることもざらにあった。
多趣味だから夜に色々することも多い。


ねこは"寝子"だというけれど、彼らはほんとうによく寝る。日中も寝ているけれど、夜もぐっすり寝る。

フカは先に休めばいいのに、健気にも待ち続ける。(じゃまをしながら)



待ち続けて明け方になると、フカは、ねむさのせいなのか、壊れる。
家じゅうを走り回るのだ。


猫の大運動会。よく聞くけれど、わが家では基本的にバロしか開催していない。フカが巻き込まれることがあるが、うざそうな顔をして逃げていく。


わたしが寝ている間に開催している可能性も考えたけれど、朝起きると、フカはたいてい寝る前と同じ位置にいるので違うのだろう。


早く眠りたいときは、頭を使って攻撃してくる。わたしがいやがる音を立てるのだ。

フカがねらうのはビニール。
ビニール袋を見つけると、そこに猫パンチし、シャカシャカ音を執拗に出してくるのだ。合間にこちらをチラ見することも忘れない。

子どもが起きないよう、わたしが動き出すことを熟知している。


年末年始、久しぶりに帰省したときのこと。
近所の親族が1日1回、猫の世話に来てくれるので、ペットホテルや病院に預けず、ねこたちは自宅にいた。

心配で、ペットカメラを導入した。声をかけて安心させてあげられるという文句に惹かれた。
明日帰るよ、と、何の気なしに声をかけた。

すると、翌朝、変化があった。


フカは、どこから声が聞こえるのかを突き止め、カメラの前でずっと待っていたらしい。

かわいそうなので、それ以来、マイク機能を使っていない。




ヤンデレ猫ちゃんのはなし


フカがなぜヤンデレなのかについて、最後に書こうと思う。

フカは家に来たときから毎日わたしと寝ている。だから、他者が一緒に寝るのをゆるさないのだ。

子どもたちが生まれる前は、そうだった。


そのころ、わたしたちは、東京の13.5畳の小さな部屋で暮らしていた。
結婚と引越しで余裕がなく、ベッドはわたしがひとり暮らしで使っていたシングルをそのまま持ち込んだ。

わたしとフカがベッドで、夫とバロはソファか床で寝ていた。


ところが、ある日、母が泊まりに来た。
わたしが悪阻で衰弱していたからだ。妊娠悪阻で入院。そして退院した翌日から、十日ほど、母は滞在した。

母がソファを使うので、大柄な夫といっしょに狭いベッドにぎゅうぎゅうになりながら眠りについた深夜。
わたしはうめき声で目を覚ました。


横にいる夫が苦しそうな声を上げている。

身体を起こして声をかけたのだが、夫は目覚めない。

まさかなにかに憑かれてるとかそんなことは……?と寒気が走った。

非科学的なものはあまり信じないのだけれど、読みものとしてのホラーが好きなわたしは、寝る前まで洒落怖まとめを読み漁っていた。

まさか霊は実在……?と怯えた。


ふと、暗闇になにかが光るのが見えた。

息を飲んで身を硬くしながらも、なんとか瞼を開けて見てみると、
──それは、猫の目だった。


すこしずつ目が慣れてきた。
わたしは、床に、フカがいることに気がついた。


座った体勢で、ほんの少しだけ腰を浮かせている。
そのまま、後脚に重心をかけるようにして、二本足で立った。カンガルーのようなイメージだ。
そこから、おしりを軽く振っている。

これは、──跳ぶ時の動き。

次の瞬間、フカは勢いよく、高く跳び上がった。
そして、床から一気にベッドの上の夫に着地した


「ううっ」

夫が呻き声を上げる。けれどもすぐに寝息を立てる。


フカは、こてりと首をかしげた。


それから夫の上を顔の近くまでゆっくり、重い足取りで進んでいく。夫の腹にフカのしなやかな脚がめりこむのをはらはらして見つめた。
そのたびに夫が呻いた。

やがて、夫の鎖骨あたりまで歩いてきたフカは、じいっと夫の顔をのぞきこんだ。


フカが夫に近づくのをほとんど見たことがなかったわたしは、驚いて、なにもできずにいた。

フカはふたたび首をかしげたかと思うと、音も立てずに軽やかに床へと降りた。


それで終わらなかった。
一連の流れをくり返した。何度も、何度も執拗に。


もちろん、やめさせようとした。

ところが、フカを抱っこして離しても、わたしの横のすきまに置いてもダメだった。
夫を排除しようと、攻撃を続ける。


夫はいくら揺すっても起きない。
数度にわたる攻撃によって、夫はついにベッドから排除された。

床に横たわった夫を、フカは広々としたベッドの上から高らかに見下ろしたのだった。

(「暑い」と自発的に床で寝ることもよくある夫自身は覚えてもいなかった……)


一日ごとに好きになっていく


そんなフカだけれど、面倒見はとてもいい。

子どもが生まれてからは、泣き声が聞こえるとすぐに走ってくるようになった。1歳児に乱暴に触られても、わたしが子どもたちに添い寝しても決して怒らずに、じっと見守ってきた。

トラコもそうだったのかな、と、母のはなしを思い出した。


仕事で家に人がくると、愛想良く出迎えるのもフカだった。


子どもとの添い寝がなくなると、フカは、今まで以上にわたしにひっつくようになった。


眠るとき、わたしはフカを抱きしめて寝ている。

朝起きたときも、まだその体勢のままの日も多い。ゴロゴロと喉を鳴らす音と、ふわふわのお腹に顔をうずめて眠りに落ちる。

顔が毛まみれになるけれど、本当に幸せで。



子猫のときも愛らしかったけれど、フカも、バロも、去年より今年、昨日より今日。
もっともっと大切になっていく。



今夜、わたしの腕の中に、フカはいない。

ここ数日、家族全員が体調を崩して起き上がれずにいたのだけれど、そういえば、何日前からだったのだろう。

フカがとなりにいないのは。

フカはなぜか、かつて何度も執拗に排除した夫の横で、小さくなって寝ていたのだ。


たまにわたしのところに来ても、なぜか足元にいるだけ。
40度の熱にうかされていたから、不審には思わなかった。咳き込む音が嫌なのだろう、と。


先に罹患し回復していた夫が、39度台の熱で起き上がれないわたしを呼んだ。

「フカが、緑の液体を吐いた」

フカは、急きょ入院することになった。


もう高齢だから、色々あるだろうとは思っていた。
いつもと違う症状もあったけれど、でも、あまりにもわたしのところに来ないのが異常だった。

勘違いであってほしいと思いながら受診して。




まだまだ一緒にいられるかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。

こわくて、ずっと考えてしまうから。

だからこそ、今のうちにフカのくすっと笑える話を書きとめておこうと思った。
書けなくなってしまう前に。


猫がいる生活が当たり前になりすぎて、以前のように、たくさん猫写真を撮らなくなった。
フカが帰ってきたら、たくさん、なにげないシーンを撮ると決めている。

(2024年10月上旬)




あとがき


2025年になってから、この話に大きく加筆修正をした。


「ヤンデレ猫ストーカーフカ」。
そのタイトルは、長い間noteの下書きにねむっていた。わたしは、フカのちょっとかわいくて面白いところを書こうと思っていたのだ。

今度こそ書こう。
そう決めて、普段よりも写真を多く撮った。


そんな折に、息子が熱を出したのを皮切りに、夫も寝込んだ。

布団から起き上がることができない夫の身体をなんとか支えて、寝転んだままオンライン受診できたのは20時を過ぎ。
もう近場の薬局が開いていなかった。


その日わたしは、子どもたちに薬局に行ってくること、パパはいるから早く寝るように言い含めると、自転車のうしろに点滅するLEDライトをつけ、真っ暗な街へと漕ぎ出した。

心が折れそうなくらい遠かった。
漕いでも漕いでもたどり着かずに、暗い道をひたすら走った。


片道1時間以上かかった。
薬を受け取れたのは22時過ぎだった。

ほとんど息つく間もなく、帰路についた。
ただでさえ車社会だというのに、この時間にママチャリを走らせている人なんかどこにもいなくて、ひどく目立っていた。

何度か、こわいな、と思うシーンもあった。


日づけが変わる前にようやく家に戻ってきた。
煌々と明るいリビングの床にはあちこちにおもちゃがばらまかれていた。寝室ではなく、リビングの床で息子がねむっていた。
そのそばに、フカがいた、──と思う。

というのも、疲れすぎて記憶が曖昧だからだ。

その日は幼稚園や習い事の送迎で、朝からすでに4往復、1時間以上も走っていた。自転車屋さんでほかに選択肢のなかったチャイルドシートは、息子が乗らなくても15kgもある。

電動自転車ではないふつうのママチャリで、往復2時間以上も走ったわたしは、足の感覚がないくらい疲れていたし、ひどく息切れしていた。


息子を抱き上げて2階に運んだあと、隔離していた夫のもとに行った。なにも食べられないというので、バニラアイス味の豆乳を飲ませた。それから薬を、ひとつずつプチプチと取り出して、夫の大きなてのひらに乗せた。

赤い顔をした夫がすべて飲み終えたのを見届けて、やり遂げたことにほっとする。


シャワーを浴び、髪を乾かしていたら、違和感があった。


妙に、寒い。


もしやと思ったわたしは、子どもたちのいる寝室ではなく、夫を隔離した部屋のふとんにもぐり込んだ。厚着をしてふとんも引きずってきたのに、ガタガタと震えが止まらない。

熱を測ると39.5度あった。

ああ、よかった。道端で倒れなくて。

そんなことを思いながら、吸い込まれるようにねむりに落ちた。フカがどこにいるのか、それすら思い至らなかった。


今思えば、この日が、フカと触れ合える最後の日だったのだ──。
わずか2週間後に、フカは、世界から、消えた。







目次(2話目以降)



2.マスカラ滲む (day -10)

フカの手術が決まった。
面会に行くと、じっとしていられない性格のはずのフカはケージの中でぐったりと横たわっていた。そして、手術がはじまっているだろう時間に、そわそわしたわたしは家でできることをした。

3.日だまりに溶ける (day 0)

その日は、ぐったりしていて身体も汚れてしまったフカが、静かに休むための隔離部屋ではなく、大好きだったリビングの日だまりに移動させた。夫とふたりで身体を拭いた。終わりが近いという予感があって……。


3.5 ブルーライトの海に、沈む(day0)

【この章は閲覧注意のため分けています。スキップできます】
フカが亡くなるまでのすべてを書き記した。

▼どんな内容か判断しづらい、という方のために、
パーソナル編集者のセトさん(渋谷さん)に事前にお見せしたときの感想も抜粋して載せておきます。

・率直にいうと、前半は読んでいて、非常につらい内容でした。死についての記事を読むというのは、なんとなく怖いもの見たさのような心理が発生して、途中で読むのをやめようとは思いませんでした。

・後半の部分がなければ「なんと声をかけていいのか分からない」で終わっていたと思います。

・ただ辛い気持ちを書きなぐる行為で終わっていないので、凛花さんのこのnoteも、同じ境遇にある人に届くんじゃないかと思います。

・ほんとうに圧巻の表現力です。死のことなのに綺麗だなと思ってしまうほどの文章です。

フィードバックを受けて直した部分も多いため、
変えていない部分に関する感想を掲載。

4.夜明け前、弔花を摘む(day1)

フカが亡くなった翌朝のはなし。ほとんど眠れないまま、夜明け前に起きなければならなかった。庭で一輪ずつ、フカのための花を摘んだ──。

5.酔芙蓉は燃ゆる (day1)

子どもを送って帰ってきたあと、火葬車がやってきた。火葬での出来事を描いた。そして、家族がみんな通学・通勤してひとりになったわたしがとった行動は──。


6.渇望を悔やむ(day1)

子どもが生まれてからほとんどずっと、ワンオペで家事と育児と仕事をしてきた。フカが亡くなる1ヵ月前、夫が、子どもたちが寝たあとに銭湯に行ったら?と提案する。12年ぶりに夜に外に出たわたしは、自分の思考だけが漂う静謐な時間に感動したものの、フカの死によって、出かけたことを後悔するようになる──。
ところが、フカの死でこころが蝕まれていくわたしを救ったのは、あんなにも苦しかった”騒がしさ”だった。そして、ねむれないわたしは、ふと思い出してある漫画を開く。


7.祈りは揺れる(day2)

幼稚園や学校、仕事に関しては、自分も子どもたちも遅刻したことがない。ところがその朝目を覚ますと、学校がはじまる直前だった──。
学習発表会に芋掘り、公園と、あちこち連れ回されるものの、外に出ることが意外と気分転換になることに気がつく。そして、はじめて、フカに線香をあげた──。


8.視えた双色ふたいろ眩むくら(day3)

予定のない日曜日が苦手だ。「やりたいことを我慢しない」子どもたちに怒ってばかりになるから。そして、疲れ果てて寝てしまうから。ところがフカの不在は、わたしから午睡の習慣を奪った。
家じゅうあちこちにフカの思い出がある中で、なんとか一日を終える。そして夜中にわたしが見たものは──。


9.暗がりを、抜ける(day4)

フカが亡くなって4日目。土日を挟んでいたので、久しぶりに”通常営業”の日を迎えた。この日、夫と車でフカについて話し、そのあとわたしは路地裏に迷い込む──。


10.音色、身に沁む (day5)

この日は夫が休みだった。そこでわたしたちは、フカが亡くなって以来の動物病院に足を運ぶことにする。
そして、自分なりの”癒やしの手段”について思いを巡らせていく。


11. 不透明度30%の猫を重ねる (day6)

フカが亡くなってからずっと、わたしの目には「フカの姿」が映っていた。それは霊とかではなくって、思考の片すみにいつでもフカがいる、ということ──。
そして急な夫の東京出張が決まり……。


12.明け方の夢を編む (Day7)

夫が東京へ行ったその日、わたしは、フカが亡くなる前にした約束で、ママ友たちと公園にいた──。
その夜、最後の供養をしたのだけれど、バロに変化が見られた。そしてわたしは、夢を見る。


エピローグ. 使命を抱いて生きていく(day49)

フカが亡くなって「四十九日」のその日。わたしは、これまでの約50日間のことを振り返る。変わったこと、変わらなかったこと。家族の営みの変化。
そして、子どもが観ていた映画をきっかけに、生きる意味について改めて考えることになった。


あとがき:100日目の雪模様(day100)



#創作大賞2025
#オールカテゴリ部門


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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