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創作大賞の全部門、50作応募した話


寝静まった庭に水を撒く。

砂利が黒く濡れる。
葉陰でねむっていたらしい蛾がふらふらと飛び上がり、中庭の向こうへ逃げていった。明け方の空には薄く雲が透けていて、鳥たちが空の高いところを南に渡っていくのが見えた。

ふっと息を吐き出す。
終わった。終わってしまった。



約3ヵ月間、一日も休むことなく書き続けた。
最後の一文を書き終えたのはまだほんの4時間前だ。そのまま泥のようにねむり、夏休み恒例の早起きをはじめた。

疲れてねむくってぼうっとする頭のなかでも、すっかり習慣になった"観察"は無意識にしていたらしい。
色も音も、ものすごい情報量で頭のなかに飛び込んでくる。
書いて吐き出さずにはいられない。

自分でもなんのために書いているのかなんてわからなくなりつつあるけれど、それでいいのだと思う。

たぶん、シンプルに自分がたのしくて書いている。
生きるために書いているのかも。

その過程で生まれたものが、もしだれかの淋しい夜に寄り添うことができたり、困りごとをふっと解決できたりしたら、……もっと最高だけど。



一年前は、ただただ絶望していた。

長年続けていた仕事をクビになった。
このまま書き続けても芽が出るとは思えない。そんなときに”書くこと”についてのさまざまな記事を目にして、なんのために書いているのかわからなくなった。

筆を折る瀬戸際だった。


なにかを変えたい。
でもどうしていいかわからずに、これまでと同じことを、愚直に続けることしかできなかった。

今でも根っこはそう。ただ書き続けるだけ。
でも、だれかに怒られないためのものを書くのではなく、もっと主体的になれたと思う。「なんのはなしですか」と言われてもいい。

そうしたらたのしくなった。


書き続けていくとふっと頭が空っぽになる瞬間がやってくる。すると動きたくなる。
船に飛び乗ったり、海でぼうっとしたりして、また新しく書くことが生まれていく。



最後に書いた一作は、ほかのものとは違い、思春期の少女が主人公だった。
あの時代特有の女子の、湿った感じ。孤独で破壊的で、未来が見えなくて不安定なんだけど、実際にはいくつもの選択肢が無限に広がっている。

そういうものを書いていたら、ぽつりと涙が落ちた。

主人公はだれかに見つけてほしかった。──わたしもずっとそうやって生きていたのではないか、と。



幸い、今のわたしは周りに恵まれている。
たくさんの友だちがいて、週末の予定はたいてい埋まっている。自分から誘うだけじゃなく声をかけてもらえる。

そしてベースの居場所としての、家族がいる。騒がしくてけんかもたくさんするけれど、安心していられる場所がある。


少女時代は、ただ満たされないから書いているのだと思った。
でも、そういうわけじゃない。書くことが好きなのだ。あらためて知る機会になった。



昔からおとなしいと思われがちだけど、根っこは”じょっぱり”である。
これは地元の方言で、強情っぱり、頑固みたいな意味合いを持つ。こうと決めたら動けない。そういう感じ。

苦しくても書き続けると決めたから、少なくとも今年は、言い訳をせずに、あらゆることに全力で取り組もうと決めた。
3週間で3つの文学賞に応募したあと、あまり間をおかずに創作大賞がはじまった。


募集要項を見てひらめいた。

とても……ものすごくがんばれば……、全部門出せるのではないか……?

絵は発展途上だから記念受験みたいなものになってしまうかもしれない。でも文章は。ミステリー小説とお仕事小説は怪しいが、どの分野でも書ける気がした。

思いついたら、わくわくした。

1作品だけだと「読んでもらえたか」が気になってしまう。気にならないように、間をおかずにどんどん書き進めていく。

そうして走り切ること3ヵ月。

最終的に、書き下ろしの20作品を含む50作を応募することができた。



これまでのわたしは、あくまでも”家事本の人”であった。

だから、たまに小説を書いたはなしをするとさっとフォロワーが減ることを、何度も経験している。向こうがもとめているのは「家事のライフハック」だから当たり前のことだ。仕方がない。

実際今回も、書いた小説をInstagramのストーリーズで紹介したら、1週間も経たないうちに30人以上ものフォロワーがそっと消えていた。

突きつけられる事実がすこし悲しくて、これまで及び腰になっていた。有益なことだけしか書いてはいけないと、自分の中に縛りが生まれていた。


でも、ただ愚直に書き続けていたら、そこまで気にならなくなった。
一作品書き上げるたびに、手ごたえがある。
人の目じゃない。

自分視点で。

前回より、ずっといい。
好きかも。

この積み重ねで良いものを書けるようになっていくのかもしれないと思った。


正直大変だった。どうかしているとしか、自分でも思えなかった。

来年もここまでの挑戦をするかどうかはわからない。

でも、やってみてよかった。価値があった。もっと書くことが好きになれた。




書いているうちに、すっかり空の温度が上がっていた。
冷たい明け方の空に金色の光がさして、少しずつ色味までぬるくなっていく。蝉の声が降り注いでいる。

わたしはひとりの”物書き”からまた、母親にもどる。
そうして、必要以上にどきどきしないように、また目の前のことに全力でぶつかっていくのだ。





書きおろした20作の中から、とくにお気に入りを5作品紹介してみる。
今回の応募にあたって、ゼロからフレッシュな気持ちでやりたいというのがあり、肩書──"作家"を消した。
だからこそ、ここでも専門分野である「コラム」はあえて省いて、いつか肩書にしたい分野の作品たちを載せてみる。



1.『すくい』


お仕事小説部門への応募作品。
もっとも苦労した。

結婚したばかりのころ「華やかな世界だな」と憧れていた暮らし系の本を実際に書く立場になってみて経験した、喜びと悪意の両方を、フィクションとして書き上げてみた。

基本的にどの作品も1週間以内で完成させているのだけれど、これは1ヵ月半かかった。
いちばん感想をいただけた作品でもある。


2.『レテの海』


ホラー小説部門への応募作品。
離島の祖母に預けられた東京生まれの少女が主人公。怪異を通して、思春期の少女の湿った感じや孤独感を書きたいなと思って仕上げた作品。
〆切3日前に書きはじめ、なんとか駆け込めた。



3.『透けるノイズ』


ミステリー小説部門への応募作品。
ある日、子どもたちを残して妻が消えた。その理由は思っていたものとは違い──。現代のネット社会の怖さを描けていたらいいなと思っている。
また、この作品のなかに出てくる”世界の見え方”は、じつはわたしのもの。
固有スキルのようだと思っていたのに、重なるとひどいノイズになり、なかなか苦しんでいる。


4.『海に沈んでいく夫を見下ろす、夏』


問題作でありながら、全応募作品のなかでもっとも読んでもらっている。

これは、実話である。



5.『いつか真夜中に卵スープをつくる日のためにやりたい7つのこと』


実用書っぽいタイトルだけど、エッセイ。
いまの自分にないものがほしくなる。でも、あとからそれを後悔して──。もっとできたことがあったんじゃないか。

書いていたらいろいろなことを思い出して、ほろりと涙がこぼれた作品。


▼全応募作品はこちら。


最後に。
読んでくださった方、感想を寄せてくださった方。本当にありがとうございます。長年の経験から読んでもらえることはもちろん、温かいコメントや感想をいただけるのは決して当たり前じゃないと知っています。
だからこそうれしかったです。
期間中に感想をくださった方の作品には、わたしもたくさんの感想をお返ししていきます。
読むのに数日かかるくらいの長編の場合、全作品はむりかもしれませんが……なるべくたくさん読みます。読むと約束していた作品も少しずつ読み進めています。

まずはお疲れさまでした!


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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