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透けるノイズ │ 序章 金の海月


あらすじ


ある日、妻のみおが忽然と姿を消した。4月22日。彼女の誕生日のことだった。置き手紙もなく、幼い子どもたちを残しての失踪。夫・寒川拓海ふゆかわたくみは、仕事と育児に追われ、混乱を抱えたまま日々を過ごしていた。そんなある日、拓海は自身の姉から、澪には別の“名前”があったのではないかと知らされる。拓海の知らない澪。彼女が抱えていた問題、心の叫び……。“彼女が書いた言葉たち”に導かれるようにして、拓海は彼女が置かれていた環境や静かに積もっていた悪意に気づいていく──。愛していたはずの人を、本当に理解していただろうか。消えた妻の輪郭が、言葉のなかから浮かび上がる。





序章 金の海月






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金色の、海月くらげみたい。

水面が揺れるたびにゆらゆらと形を変えながら輝く太陽を見て、ふと、息子のてのひらからしたたるように落ちたレモンイエローを思い出した。



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夏の終わりだった。
部屋のなかにはたくさんの色が溢れており、頭がにぶく痛む夕暮れのこと。

ずっと家でゲームばかりしている息子たちを見て、これじゃあいけないとSNSでいっしょにできそうな体験を探した。
最後にたどり着いたのが「いちばんかんたんなスライムのつくりかた」というタイトルの投稿。

リール動画だと、とてもかんたんそうに見えた。

けれども実際には、材料をそろえるだけでも骨が折れた。洗濯のりもホウ砂も、人生で一度も買ったことの無いもので、ドラッグストアのどの売場にあるかがわからなかったのだ。

ドラッグストアは、スーパーより少し苦手。
煌々と照りつけるまっ白な蛍光灯で目がチカチカする。さまざまな色や形のものが所狭しと並んでおり、やけに耳に残るオリジナルソングのせいもあって、いつでも色の洪水が起こっている。

ふらつきながら、夕方の、それでもまだ蒸し暑い道を自転車で走った。後ろと前に乗った子どもたちの囀りには、ほとんど言葉を返せなかった。
ひぐらしの声が静かに落ちていた。


すっかり暗くなってから、スライム作りをはじめた。

ふたつの液体を用意する。
洗濯のりと水、ホウ砂と水を、それぞれ混ぜたもの。あとは二つを合わせるだけ。
ただし、計量カップやはかり、液体を入れる容器など準備物は少なくない。動画で勧められたように紙コップと割り箸を使い、捨てられるように準備した。

「りょーう、涼ちゃん」

何度声をかけても、下の息子は来ない。ソファにくったりと沈み込み、ゲーム実況動画を観てけたけたと笑っている。

「もういいってば。漣くんとやろ」

上の息子が拗ねて口をとがらせる。
確かに涼にはまだむずかしいかも。そう思いなおして、漣とふたりで実験をはじめた。

計量はある程度の誤差があってもいいのだけれど、漣は、はかりの数字が0.1g単位まで正確であることにこだわった。


ゲーム実況者は若い女性だった。キンキン響く高い声で笑っている。彼女にはなんの咎もないのに、憎らしくなってじっと画面を睨めつけてしまう。
大きなBGMや効果音に涼の笑い声が重なる。

色の洪水に巻き込まれ、私はくらりとした。

指先が、きっとほかの誰かにはわからないくらい微かに震えている。



「まずは、半分だけ入れてね」

手元のスマホ動画を一時停止しながら伝えたが、漣は聞きもせずに、どばっと全量を注ぎ込んだ。

「ちょっと!」

私の鋭い声が聞こえないようだ。


漣は「うわ、すげえ!」と歓声をあげた。
テレビに夢中だった涼がひょっこりと顔を出す。


洗濯のり水とホウ砂水。
ふたつの液体が出会った瞬間、急に別なものに変質した。
とろみがついたのだ。

漣は、割り箸にねっとりとくっつく透明なかたまりを持ち上げて上から横からしきりに観察した。
固まっているのはそこだけ。周りはしゃばしゃばとした液体なのだけれど、混ぜるうちに少しずつ重くなった。

全体がゼリーのように変わっていく。

割り箸がほとんど動かなくなるころ、容器をひっくり返しても、ゆるゆると流れてくるだけで、手が濡れることもなかった。

ひやりとしたスライムには、黄色の食紅で薄く色をつけて、中にはラメを揉み込んである。

「きらきらだー!」

そう笑う漣の顔を見たら、急に興味を持って近づいてきた涼のためにももう一つつくったら。

「きれいだね!」


たいへんだったけど、すごく疲れたけど、やってみてよかったと思えたのだ。
くらくらする頭のなかで、次にするべきことはすこんと頭から流されて行った。



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静かだ。




水面から離れるごとに音が、色が、死んでいく。

息を吐き出す。
無数の泡が水面へと昇っていった。
そのきらめきは宝石みたい。

手を伸ばしても、もう届かない。



空がどんどん遠くなっていく。



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そうして最後に、私はごぼりと噎せて、口からたくさんの真珠をこぼした。それはあっという間に空へ落ちていく。

そして水面できっと弾けて──。




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各話リンク


第1章 消失点

第2章 シナスタジア

第3章 追

第4章 特定

第5章 金色の海月

終章 光と闇


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡