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♯3.5|不倫の損切りと皇居ラン|非常階段からのチェックリスト─ 給湯室のあいつらを、さらに裏から品評する

(昼休み。会社の給湯室では"前向きな女たち"が"綺麗ごとを語り、非常階段では3人がそれを勝手に品評している。)

D子(27):地方から東京へ。理想と現実の狭間でもがく派遣社員。
E介(41):就職氷河期を生き抜いた、不器用な理系社員。
F美(55):バブルと恋愛の栄枯盛衰を知る元・恋愛勝者。

(D子が給湯室から逃げ出すように小走りに非常階段の重い扉を押し開ける。踊り場には、スマホをスクロールするE介と、電子タバコの煙を吐き出しているF美がいる)

D子(27・派遣): ……はぁ、本当に反吐が出る。さっき給湯室で、A子たちが『名前のないチェックリスト』の第4話についてキャッキャしてたんですよ。ハイスペック外資ITの男が朝の皇居を颯爽と走る姿に「減点ゼロ!」とか言って。で、感化されたB子先輩が週末にランニング始めて、ふくらはぎ爆発させたとか。

E介(41・理系): 典型的な「他人のアルゴリズムへの無批判な同調」ですね。そもそもランニングという行為は、単位時間あたりのカロリー消費効率において極めて前時代的な肉体負荷です。特に皇居ランなど、他人の視線を意識した自己顕示欲のラップタイムを競い合っているだけで、本人の市場価値の向上には1ミリも寄与しない。

D子: でも……ちょっと聞いてたら、なんか朝の光を浴びながら一定のリズムで走るのって、少しだけ楽しそうというか。私も一回くらい、そういうお洒落な朝活やってみてもいいのかなって、一瞬だけ思っちゃったんですよね。世界を呪うための体力をつける意味でも。

E介: D子さん、あなたは過去に継続的な有酸素運動の経験があるのですか?

D子: ……小学校のマラソン大会で、最下位から3番目くらいをトボトボ走った記憶くらいですけど。

E介: (眼鏡のブリッジをクイと上げて) 話になりません。そんな基礎代謝と心肺機能で皇居に突撃すれば、最初の1キロで膝をロスカットされ、翌日には歩行不能という名の塩漬けポートフォリオになるのがオチです。あれは「選ばれし高スペックの流動性」を誇示する戦場であって、あなたのような人が迷い込んでいい市場ではありません。

D子: うっ……相変わらず容赦ない正論。っていうか、偉そうに言ってますけど、E介さんだって無理ですよね。

E介: 私はそもそも、皇居ランどころか、わざわざ人が多く集まる場所に行く人の気がしれません。

D子:実は私、東京に出てきてから一度も皇居に行ったことがないんですよね。だから、一度くらいは行ってみたくて。

F美(55・過去に生きる人): (フッと電子タバコの煙をくゆらせて、低く笑う) あら、D子。あんた東京に住んで何年目よ? 皇居に行ったことがないなんて、もったいないわねぇ。

D子: だって、用事ないじゃないですか。あそこって、ハイスペックな人たちがナイキの最新のウェア着て、お互いの年収をマウントし合いながらぐるぐる回る回廊でしょ?

F美: (妖しく微笑みながら、ゆっくりと首を振る) おめでたいわね。あそこは「走る場所」じゃないのよ。「奉仕する場所」よ。

D子: ……ほうし?

F美: そう。あんたみたいに世界を呪って、派遣の現実に泣いてる暇があるならね、「皇居勤労奉仕」でもしてきなさい。

E介: (スマホの画面から初めて目を離し、驚いたようにF美を見る) ……F美さんからそんなセリフが出るとは、意外です。

D子:皇居勤労奉仕」って何ですか?

E介:連続で平日の4日間、午前から午後まで宮殿の清掃や除草作業を行う、極めてボランティア精神の塊のような国家への無償奉仕です。

D子:まさかF美さん、それやったことがあるんですか。

F美:(勝ち誇った顔で) やったわよ。30代の終わり、あの不倫男との関係が完全に泥沼化して、私の「人生の天井」が見えちゃった秋にね。 男からの連絡を待つだけの1週間が狂おしくて、自分の心を強制的に損切りしたくて、団体の枠に潜り込んだのよ。あの頃の私は、銀座の占い師に言われた「王妃の未来」にまだすがりついていたから。

(皇居の方向へ電子タバコの煙を吐き出しながら)

皇室に縁のある場所へ行けば運が開けるかもって、どこかで本気で信じていたのよ。せめて皇居の空気を吸えば運気が大逆転するかもって、浅浅な欲を抱えてね。

D子: え……あのマウントの頂点にいたF美さんが、すっぴんで草むしりですか?

F美: そうよ。ブランドバッグをクローゼットに叩き込んで、軍手はめて、丸4日間、ひたすら砂利を掃いて草をむしり続けたわ。 広大な敷地の中で、自分の存在なんてただの砂粒以下だって思い知らされるの。

E介: (少しバツが悪そうに) マクロ経済の観点から言えば、機会費用を無視した完全な無償労働ですが……。

F美: でもね、不思議とあの静寂の中にいる時だけは、男のメールも、新宿の高層ホテルから見た夜景も、全部どうでもよくなったのよね。私の人生、何も生み出してないし、誰の役にも立っていないけど、今この瞬間の「無償の奉仕」だけは裏切らない

……弾ける前のバブルの残光より、あの時むしった雑草の緑の方が、よっぽどクリアに脳裏に焼き付いてるわ。

E介: 過去の過剰な承認欲求という含み損を、国家への奉仕という最大の徳分で相殺しようとしたわけですか。合理的ではないが、あなたの精神的リスクヘッジとしては極めてドラスティックです。

F美: (寂しげに微笑み、電子タバコを胸ポケットにしまう) でもね、結局、あれも一時的なハイだったのよ。奉仕期間が終わって大手町の駅に降り立った瞬間、あの男から「今夜会える?」って携帯にメールが入っただけで、私の4日間の清浄な心は一瞬で暴落。元の泥沼へジャンピングキャッチよ。

(遠く皇居の方角を眺めながら)

結局、私は自分の「選ぶ側だった自分」のプライドを損切りできなかったの。

D子: (胸を抑えて) うぅ……。給湯室のC子さんは「本当に走るべきなのは、皇居じゃなくて心の中!」とか言って魔界のプリンスに現実逃避してるけど、こっちのF美さんはリアルに皇居で草むしりして、やっぱり現実に敗北してる……。重すぎる。

F美: いいのよ。今の私は、誰も選べなかった代わりに、自分で選んだ割安成長株米国高配当株長期保有してるんだから。過去の男は私の価値を暴落させたけど、私のポートフォリオのインカムゲインは、毎年確実に私に貢いでくれるわ。

E介: 予防的悲観主義、嫌いじゃないです。

F美:あら、ありがと。・・・さ、戻りましょ。午後の仕事のラップタイムも、最小リソースで流すチャートを描かなきゃね。

(F美とE介、それぞれの足取りで、重い防火扉の向こうのオフィスへと戻っていく)

D子: (一人、非常階段の踊り場に取り残され、手元に残った紙パックのココアをすすりながら、小さく呟く) ……本当に走るべき場所、ねぇ。

(D子、ため息を深く吐き出し、世界を呪うように眉間にシワを寄せながら、検索窓にひっそりと『名前のないチェックリスト』と打ち込む、つもりが皇居勤労奉仕を検索してみる)

D子: ……派遣で4日も休めないよ。

(ココアを飲み干し、重い防火扉へ向かって歩き出す。)

(雲がさらに厚くなり、誰もいない非常階段の踊り場にぽつりと雨粒が落ちた)

🚬F美のひとりごと
あの頃の私は、銀座の占い師に言われた「王妃の未来」をまだ信じていたから。
せめて皇居の空気を吸えば運気が大逆転するかもって、浅浅な欲を抱えてね。

あなたも、運気があがるかもと何かをしたことがある?
そして本当に運気があがったのかしら。

よければここで、内緒で教えて。


📖 この会話の元になった物語
『名前のないチェックリスト』第4話
📚 全話まとめて読む
『名前のないチェックリスト』全10話マガジン

☕ 給湯室側の反応はこちら
給湯室のチェックリスト④
📚 給湯室シリーズまとめ
給湯室のチェックリスト全収録マガジン

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🔜♯4.5|非常階段からのチェックリスト
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📌♯1.2|四捨五入で170cmの男と心の身長を30cm盛った私|非常
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