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♯2.5|丁寧な暮らしハイの終値|非常階段からのチェックリスト─ 給湯室のあいつらを、さらに裏から品評する

(昼休み。会社の給湯室では"前向きな女たち"が"綺麗ごとを語り、
非常階段では3人がそれを勝手に品評している。)

D子(27):地方から東京へ。理想と現実の狭間でもがく派遣社員。
E介(41):就職氷河期を生き抜いた、不器用な理系社員。
F美(55):バブルと恋愛の栄枯盛衰を知る元・恋愛勝者。

(給湯室のゴミ箱に飲み終わったココアの紙パックを捨ててから、D子が非常階段の重い扉を押し開ける。踊り場には、スマホでニュースをチェックしているE介と、電子タバコを手に取るF美がいる)

D子(27・派遣): ……はぁ、本当に反吐が出る。さっき給湯室で、A子たちが『名前のないチェックリスト』の第3話についてキャッキャしてたんですよ。主人公が夜中に急に部屋の片付けを始めて「人生変わるモード」に入ったとか、丁寧な暮らしハイだとか。

E介(41・理系): 夜中に突然掃除を始めるのは、現実逃避の心理的防衛機制(セルフ・ハンディキャッピング)に過ぎません。部屋のクリーンアップと、本人の市場価値の低迷は何の因果関係もない。

D子: C子さんなんて「スペックを見合うんじゃなくて、一緒に泥にまみれる覚悟!」とかシンクに突っ伏して叫んでましたよ。

E介: C子の言う「泥にまみれる覚悟」にしても、それは自分がすでに泥の中に沈んでいる事実を肯定するための、非論理的な認知の歪みです。

D子: ですよね! そもそも、部屋を片付けたところで、手帳に書いた「高収入・高学歴・タワマン」の条件なんてそう簡単に捨てられるわけないんですよ、あいつらに。ちょっと片付いた部屋で「翌朝の光がクリアに見えた」なんて、一時的な脳内麻薬の分泌でしょ。何が一歩前進だよ、って。

F美(55・過去に生きる人): (フッと電子タバコの煙をくゆらせて、低く笑う) あはっ、おめでたいわね、若い子って。ちょっと部屋のゴミを捨てたくらいで、自分の足で立ち上がった気になってるんだから。……私も30代の頃、全く同じことやったわよ。

D子: え、F美さんも「丁寧な暮らしハイ」やったんですか?

F美: やったわよ。あの不倫男と「来週こそ妻と話し合うから」って約束した金曜の夜、ドタキャンされてね。深夜1時半、男物の歯ブラシが一本だけ立ってる洗面台を見てたら、急に虚しくなって。泣きながら部屋中のゴミを4袋分まとめたわ。
あの時、確かに「……よし、これで私も一歩前進」って、背筋を伸ばして呟いたのよね。

D子: ……そのあと、どうなったんですか?

F美: どうにもならないわよ。翌週の火曜日には、その男から「会いたい」ってメールが1通来ただけで、整えたはずの部屋にそいつを招き入れて、元の泥沼に逆戻り。結局ね、捨てられるのは「部屋のゴミ」だけなのよ。

(手すり触れた指の腹にこびりつく、黒い街の垢を見つめ)
本当に捨てなきゃいけない「過去の栄光」とか「選ぶ側にいたプライド」っていう重たい粗大ゴミは、自分じゃ重すぎてゴミ集積所まで運べないの。だから、ずっと心の中に不法投棄されたまま、・・・55歳。笑いたければ笑いなさい。

D子: (胸を抑えて) うっ……F美さんの話、給湯室のあいつらの100倍リアルで、後ろ向きな哀愁が五臓六腑に染みる……。

E介: (スマホの画面を見つめたまま、淡々と) 粗大ゴミの長期保有(塩漬け)は、ポートフォリオの流動性を著しく低下させますからね。

D子:……この状況でよくそんな返しができますね。

E介: しかし、その主人公が手帳に書いたという条件ですが。先ほどD子さんは『そう簡単に捨てられない』と言いましたが、市場の原理から言えば、それは『捨てられない』のではなく『損切り(ロスカット)ができない』だけです。バブル期の高値で掴んだ銘柄が暴落しているのに、いつか買値に戻るという幻想を捨てきれず、ナンピンを繰り返して傷口を広げる個人投資家と同じ行動特性(プロスペクト理論)です。

D子: (じと目になって) ……また株の話。E介さん、やっぱり相当やってますよね?

E介: (眼鏡のブリッジをクイと上げて) ……フン、何度も言わせないでください。僕はただ、感情という不確定要素を排除した論理的なマクロ経済を観測しているだけです。現在の日本株市場は、丁寧な暮らしハイどころか「バブル後最高値ハイ」で歪んでいますからね。実体の伴わない日経平均の乱高下に一喜一憂している個人投資家を見るのは、いい娯楽です。

F美: (電子タバコをポケットにしまいながら、妖しく微笑む) あら、歪んでるからこそ、美味しいんじゃない。

D子: え?

F美: (かつてマウントの頂点に君臨していた頃の、鋭い目でE介を睨みつける) 「。」

D子: ま、また出た、F美さんの「株。」

F美: E介さんみたいな陰キャの理系は、チャートの数字だけ見て理屈をこねるけど、相場の本質は「欲」と「恐怖」よ。私はね、男たちの欲を手のひらで転がして生きてきたの。今の乱高下相場なんて、あの頃の男たちの支離滅裂な言い訳に比べたら、よっぽど素直で可愛いわ。

E介: (少し気圧されたように) ……欲と恐怖、ですか。行動経済学的には一理あります。

F美:でもね、もう、手が出ないのよ。半導体株のように。

D子: 半導体株って何ですか?

E介:今、日経平均上昇に大きく寄与しているセクターです。

F美:私、半年前に、これは来る、ってわかったのよ。既にもう高かったけど、でも、こんなもんじゃない、まだ上がるってわかってたの。言った通り、あっという間に。

D子: じゃあ、すごい儲かったんですか?

F美:・・・手が出せなかった。上がるってわかってるけど、高いところで今、手を出すのが怖くて。高値掴みになるのが。だから、押し目を待った。でもね、その押し目は最後まで来なかった。ものすごいスピードで、本当に手の届かないところまで行っちゃった。私はその上に向かうチャートを見ながら、いってらっしゃいと見送ることしかできなかったわ・・・。

D子: それって株の話ですよね?

F美:でもね、あのとき無理して手を出したら・・・きっとチャートは急降下。そこが天井ってオチよ。そう思うから、一生買えない。結局ね、なのよ。相性とタイミング

E介:それは『機会損失』ですね。

F美:機会損失?違うわ。これは"未練"よ。

D子: それって、本当に株の話ですか?

F美:だからね、過去に私が全ツッパしてる高配当株はね、部屋を片付けなくても、裏切らずに毎年私に貢いでくれるのよ。

E介:欲と恐怖、縁に未練。しかし、あなたの投資スタイルはあまりにも泥臭い。

F美: いいのよ、泥にまみれる覚悟なんて、とっくにあるわ。……ただし、魔界のプリンスじゃなくて、現実のインカムゲイン(配当収入)とね。
さ、戻りましょ。午後の仕事も、スマートにサボるチャートを描かなきゃ。

(F美とE介、それぞれの足取りで、重い防火扉の向こうのオフィスへと戻っていく)

D子: (一人、非常階段の踊り場に取り残され、手元に残ったスマホを見つめながら小さく呟く) ……部屋のゴミじゃなくて、自分の魂、ねぇ。

(D子、ため息を深く吐き出し、世界を呪うように眉間にシワを寄せながら、検索窓にひっそりと『名前のないチェックリスト』と打ち込む。そして、先ほどF美が言った「捨てられない粗大ゴミ」の正体を探るように、第3話の画面をスクロールし始めた)

(遠くでカラスの鳴き声だけが、誰もいない非常階段に寂しく響いていた)

🚬F美のひとりごと
押し目を待った。
でもね、その押し目は最後まで来なかった
ものすごいスピードで、本当に手の届かないところまで行っちゃった。
私はその上に向かうチャートを見ながら、いってらっしゃいと見送ることしかできなかったわ・・・。

あなたにも押し目を待っていたら、二度と手が届かなくなったものありませんか?
よければここで、はきだしてみて。


📖 この会話の元になった物語
『名前のないチェックリスト』第3話
📚 全話まとめて読む
『名前のないチェックリスト』全10話マガジン

☕ 給湯室側の反応はこちら
給湯室のチェックリスト③
📚 給湯室シリーズまとめ
給湯室のチェックリスト全収録マガジン

🚬非常階段の反応はこちら
🔜3.5|非常階段からのチェックリスト
🔙♯1.5|非常階段からのチェックリスト
📌♯1.2|四捨五入で170cmの男と心の身長を30cm盛った私|非常
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