『新婚後夜』──フリーター、大企業に就職する
あの頃、まだ社会のことを、
何も分かっていないで結婚したフリーターが、たった一つだけ信じていたこと、
それは──
「正社員になれば、子どもが作れる」
──これは、誰かを幸せにするために、
人生を動かした『記録』です。
時代は、バブル崩壊直後の『就職氷河期』
当時は、インターネットやSNSも、
まだ普及していない時でした。
▼前回の話『新婚前夜』
妻から、
『就職するまでは子どもを作らない』
と言われた私は、就職することを決意しました。
けれど、教員を目指していた私は、
「就職活動」自体をしたことがなく。
恥ずかしい話、そもそも『アルバイト』と『正社員』の違いも、よく分かっていませんでした。
働いてお金をもらうだけなのに、
何が違うのか──と、そんなレベル。
ただ、妻から言われた以上、
正社員にならなければ、子どもは作れない。
これだけは、ハッキリとしていました。
私は、教員を目指すことをあっさりと諦め、就活をはじめることにしました。
「正社員になれば、子どもが作れる」
今まで言わなかったものの、
子ども好きな妻が、一番それを望んでるはず。私は、そう思いました。
では、就職するために何をすればいいのか。
とりあえず私はそれを、
本屋に行って研究することにしました。
書店の雑誌コーナーには、
ずらっと求人誌やアルバイト情報誌が並び、その一つを手に取ると、
たくさんの正社員の募集がありました。
え? 世の中、就職難じゃなかったの?
そう思うほど。
初めてそれを見たため、
知らなかったですが、誌面は求人で溢れていました。
私は求人雑誌を手にしながら、
勝利を確信しました。
これだけ求人があって、
正社員になれない訳がなかろう。と。
顔のニヤニヤが止まりませんでした。
そのまま立ち読みしながらパラパラとめくっていくと、
ある求人に目が行きました。
それはパソコン関連の企業で、
名前は聞いたこともありませんでしたが、
東証一部上場の大企業でした。
パソコン業界は、これから間違いなく伸びるに違いないと、ピンときた私は、
この会社に決めました。
求人誌を買うお金も、もったいなかったので、その会社の電話番号と住所を
頭にたたき込みました。
帰って妻にその話を喜んで話せば、
「まだ応募もしてもいないのに」と、
笑いながら聞き流されました。
本気の私は、履歴書を書いて、
いざ応募──
けれど、それから数日間は、
何の音沙汰もありませんでした。
もしかしたら、郵便の手違いで、
履歴書が届いてないんじゃないか?
大企業とは言え、履歴書一枚を見るのにそんなに時間がかかるはずがない。
妙に心配になった私は、
応募したその会社に電話をしました。
聞いてみると履歴書は、届いていたようでした。
安心した私は、
「早くハッキリしてくれないと、
次の企業にも応募が出せないから、早く結果を出して欲しい」
とだけ伝えました。
恥ずかしながら当時は、採用までの流れをよく理解しておらず、
アルバイトみたいに、ダメならすぐ連絡が来るものだと思っていました。
その後、連絡があり、
面接があるので来てくださいとのこと。
まだ完全にアルバイトの面接気分でしたが、不思議と落ちる気はしていませんでした。
面接会場は、その会社の本社ビル。
東京は丸の内の近辺。
立ち並ぶ高層ビルに囲まれて、
ただの一介のフリーターが、エリートになったような気分でいっぱいでした。
一次面接はアッサリと通過。
ただ、採用までにあと2回も面接があることを知り、ゲッソリしました。
二次面接もなんなく通過。
とにかく早く、
正社員になりたい一心でした。
面接でバイトを休んだり、交通費が掛かったり、そもそもお金もなかったため、
「最後の面接で、絶対に決めてやる」
と考えていました。
その最終面接に向けて、私なりに対策を練っていました。
当日は『同年代の応募者には、絶対に言えないこと』を、伝えようと決めて面接に臨みました。
面接は、目立ってなんぼだろう。と。
ーーー
会場に入ると面接官は、
大きな窓を背にして4人が横並びに座っていました。
しばらくの問答も無難にこなしながら、
伝えると決めていたことを、
最後に大きな声で言いました。
「フリーターで結婚しましたが、
正社員にならないと子どもが作れません!
家族のためなら、御社で24時間365日働く自信があります!」
その瞬間、面接官の全員がドッと。
「面白い!」と大ウケ。
面接の結果は郵送で届きましたが、
その場で、決まっていました。
『採用する』と面接官に言われ、
私は面接の会場をあとにしていました。
職種は『法人向けの営業職』

妻も、妻の父親も大喜びでした。
卒業した大学に報告に行くと、
就活すらしなかった男が、一番大きな企業に就職したと話題にもなりました。
当の本人は、まだアルバイトと正社員の違いがよく分かっておらず、
ただ、「これで子どもが作れるようになった」──それだけを、心から喜んでいました。
それから2年後──
私たちは、元気な長女と、
その2年後には長男を授かっています。

『新婚後夜』
──フリーター、大企業に就職する【完】
※この話は、すべて筆者の実体験に基づいています。
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▼この話は、『若若介護シリーズ』の一編です。全体構成はこちらになります。
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