『不穏なキッチン』──おどろおどろしい味噌汁が生まれて
妻が倒れた日から、生活は一変していました。
それまで、料理に触れたことすらなかった私は、はじめてキッチンに立つことに──。
家族のために作った“初めての味噌汁”
しかし、それは、
「おどろおどろしい」ほどの奇怪なものに、、
妻が脳卒中で倒れるまで、
私は掃除とゴミ捨て以外の家事をしたことはありませんでした。
特に料理に関しては、私がキッチンに立つのを妻が嫌がっていたこともあり、
20年以上も包丁すら触ったことがありません。
また妻が倒れて、しばらくしてからも、
私は一日のほとんどを病院で過ごしていて、ほぼコンビニ。
子ども達にも、好きなものを買って食べていいとお金を預けていましたが、
経済的な面からも続かず。
いよいよ食事をどうするか考えた末に、
私は料理を作り始めることを決意しました。
もともと料理に対する興味が薄いせいか、
何かを作りたいという創作意欲もなく、特に食べたい物もありませんでした。
どうせ作るなら、自分も好きなものにしようと考えて、
最初に作る料理は、味噌汁と決めました。
とくに好きな「豆腐のナメコ汁」を。
そうと決まれば、
いざ、スーパーへ!
味噌汁を作ったことはありませんでしたが、頭の中ではイメージができていました。
味噌汁はダシ。
あとは具材を入れるだけ。
余裕よゆう。と。
⸻
まずは、お湯を沸かし、袋に入った粉末状の出汁をふんだんに投入。
スーパーで買ってきたナメコを袋から開け、豆腐を手の上でサイコロ状に小さく切り、最後に味噌を溶きました。
レシピも何も見ず、急いで作った割には、
自分でも上手く出来た気がしました。
味見をすれば、少し塩味が強いものの、
子どもたちなら味が濃いめがいいだろう。と。
今日はご飯も炊いたし。
味噌汁があれば大丈夫だろう。
うんうん。と。
朝から私は妙な満足感と、
どこかやり切ったような清々しさを感じていました。
その日の夜──
妻のいる病院から帰宅すると、味噌汁はほとんど減っていませんでした。
鍋の周囲には、味噌汁がこぼれて乾いたような跡だけが残されており。
それは、食べ散らかしたというより、
手におえず、途中で諦めたように見えました。
⸻
子どもの部屋に行き、やや怪訝な顔で、
「何か問題あった? なんで味噌汁飲まないの?」と長女に聞けば、
「味噌汁の気分じゃないから、レトルトカレーにした」と。
「でも、せっかく作ったんだし、少しぐらい飲んでも良くない?」と、私も食いさがれば、
「食べる前から、なんか臭かった。
腐ってるか分からないから、温め過ぎたら沸騰してゲロみたいな味になった」
とのこと。
⸻
すぐさまキッチンに戻り、鍋から一口すくって確かめてみれば──
!?
驚きました。
朝、味見をした同じものとは思えぬほどに、その味噌汁は変容していました。
えも言えぬ奇怪な酸味。
ナメコのとろみが増した液体が、
舌にへばり付くような感覚。
何より、鼻から抜ける異臭がたまらなく、“これは決して食べてはいけない“
という説得力がありました。
……なるほど。
これは食べられた代物ではないな。
と、妙に納得。
⸻
私が推測する限り──
恐らく早朝に作った味噌汁は、
キッチンで部屋の暖房により温められ、
子どもが食べる頃にはすでに傷み始めていた可能性があり。
いずれにせよ、
味噌汁は長女の沸騰処理により、
食べものとしてのトドメを刺されたものと。
⸻
鍋いっぱいに残った味噌汁を眺めながら、
「……ほんと疲れるなあ」
と嘆き──。

『不穏なキッチン』──おどろおどろしい味噌汁が生まれて【完】
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