『お気に入りのBAR』──ひとりになる余白
私には10年以上にわたって、
通っているBARがあります。
店内には、10人ほどがゆったりと腰かけられる、重厚な木のカウンター。
奥の棚には、さまざまなボトルが静かに並んでいました。
店内は薄暗く、照明には暖色を用いて、いかにもBARという雰囲気でした。
──
私がそのBARで、特に気に入っていたのは椅子です。
座面は広く、柔らかすぎず硬すぎない。
低めの椅子で、生地も高級感ある布地で何時間でも座ってられる居心地の良さがありました。

そのBARに行く頻度は月に1、2回程度で、仕事帰りに行くことがほとんどでした。
まっすぐ家に帰りたくない日もあり。
1人きりになりたい時がありました。
それを話しても、おそらく妻には分かってもらえない気がして、
今までにも、話したことはありません。
けれど、仕事や介護、
家のこともしている自分を保つためにも、
たまには、誰でもないひとりの時間をつくらないと──
正直に言えば、
『やっていられなかった』気はしています。
わたしの仕事柄、人と飲みに行く機会は多かった気もしています。
ただ──
もともとお酒の味もよく分からない私にとって、それは“おつきあい”でしかありませんでした。
もしかすると、
根が暗いのかもしれませんが、
お茶をするのも、お酒を飲むのも、
昔から1人が好きでした。
そんな私が、"おつきあい"のあとによく立ち寄るのが、その10年以上通っているBARです。
喫茶店が好きな私は、
そこを『夜の喫茶店』のように思い、
家に帰る前に気持ちを整える場所として、使っていました。
昨夜も、私の仕事には欠かせない、
その"おつきあい"でした。
一日をリセットするために──
その日も、まっすぐ家には帰らず、
そのBARへ足を運びました。
私が頼むのは、いつもバーボンだけ。
BARの中では安い、
ジャックダニエルのロック
と決まっていました。
ウィスキーなので度数は高いですが、
体質に合うのか、これまでも悪酔いはしたことがないお酒でした。
その夜も、それをチビチビとやりながら、
ぼんやりといろんなことを考えていました。
すると顔見知りのバーテンダーが、
「昨日、旅行から帰ってきたんで。
よければ」と、
お土産の『エイヒレ』と『焼きあご』を、差し出してきました。
──
それをつまみに飲み終え、お会計すると。
いつも通りの請求でした。
お土産もいただいたので、
多めにお金を出そうとしたら、
「それは受け取れないです。
そのお金で、またここに来てください」
と返されました。
ほろ酔いのままの帰り道。
──ああ、いいな。
私は、ただお酒を飲みに来ていたわけじゃなく、あの椅子とこの場所に、
誰でもない“ひとりの自分”を
買うため、
ここに来ていたんだなと思いました。

『お気に入りのBAR』
──ひとりでいる余白【完】
▼この話が収録されたマガジンはこちらになります。
▼この話は『若若介護』シリーズの一編です。その他の話、全体構成【目次】はこちらからご覧ください。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援とフォローをお願いします。
チップはクリエイターとしての活動費にいたします!