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第5章『若若介護の形』──その裏側と、あとがき


妻と結婚して、もうすぐ30年になります。

そのうちの約1/3を
よもや「介護」に費やすなんて──

私も、そして妻も、
想像していませんでした。



少し照れくさいですが、
先日、妻に訊いてみました。

「うちら、もうすぐ結婚30年だけど、
また生まれ変わっても、俺と結婚する?」


妻は、すぐに、
「する」と。
(こういうところ、可愛いなと思います)

調子に乗って、さらに、

「じゃあ、もし結婚してから、
自分が障害者になるって分かってたら、
俺と結婚する?」


「しない」

「じゃあ、俺が障害者になるって分かってたら?」

「絶対しない!」

(…だよね)



でも私はーーー

たとえ妻が障害者になる未来を知っていたとしても、やはりもう一度、妻と結婚すると思います。


なぜなら、
これまで妻と過ごしてきた時間──

夫婦としての日々や、介護生活。

その全てが、私にとっては、
“居心地の良いもの”だったからだと思います。





あの日、妻からの1本の電話。

「お風呂の入り方がわからない」から、
私たちのすべてが変わりました。


それまで看護師として、母親として、家庭を支えていた妻が、

ある日突然「障害者」となり、
誰かの支えがなければ生きられない身体になりました。

障害者手帳1級、
要介護3(現在は要介護2)。
病名は、脳出血。


それは本人だけでなく、
家族の暮らしごと壊す、あまりにも現実離れした“破壊力”でした。




逃げ出したくなる時は数知れず。
『もうダメかな』が私の口癖でした。


介護しながら、生活の見通しも立たず、「死ねば楽かも」と思った日も多々。

妻の脳出血、息子の自殺未遂。
そして、家計が一気に困窮していきました。


介護には“愛があれば大丈夫”なんてことは、やはりなく。



寂しいですがーーー

介護に必要なのは、
『愛』よりも「お金」です。

それが現実でした。

介護生活も、もうすぐ10年になります。
まだ完全には乗り越えたとは言えませんが、


ある程度、それを乗り越えられたからこそ、妻とこうして、今日を迎えられているんだと思います。



次の章では──

介護における「最大にして最悪の壁」だった、“経済的困窮”について綴ります。


その現実に、どのように向き合い、どうやってここまできたのか。

ありのまま、正直に、できる限り丁寧に、お伝えできたらと思います。




第5章『若若介護の形』
──その裏側と、あとがき【完】



次章、『破壊される家計』へ、続きます。



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