妻を初めて泣かせた日 【前編】
『タバコ一本もらえない?』
ホームレスの男性から、
そう言われて。
──差し出し。
火を付けてあげて、
一緒に『ふう』と。
煙を見つめながら、
駅のロータリーの縁石に、
並んで座っていました。
出勤時間の前でもあり、
周りはスーツ姿のサラリーマンが足早に、
駅へと向かっていました。
その男性から、
『最近、ここでよく見かけるけど、
働いてないのかい?』
『……まあ』と。
そう言われて。
──あのとき、
それまでの全てを失った自分を
思い出していました。
およそ、その一年前。
──それは、
妻が脳出血で倒れる少し前のこと。
その時の私は、
妻の反対を押し切り、
"起業"を目指して、
その準備を進めていました。
ネットによる雑貨の輸出入
──いわゆるネット通販。
当時はまだ、
個人の参入も少なく。
それは、
海外から安く仕入れたものや、
日本の雑貨を安く買い付けて、
利益を上乗せし販売するという。
ごく単純なものでした。
──そのきっかけは。
何気なく
ネットを見ていた時。
海外でしか売ってないものが
高く売れることを知りました。
……なるほど。
それらを安く仕入れて、
高く売れば上手く行くかも。
──と、
そんな単純なものでした。
試しに海外から、
ネットで買い付けてやってみると。
一つ10円で仕入れたものが、
1500円で売れて。
……え、マジ?
次にそれらを10個仕入れて、
同様に販売しても、
即座に売れて。
それから、
いろいろ試しましたが、
何度仕入れても、
売れることが分かりました。
──しかも、
とんでもないほどの価格で。
手元の記録では、
仕入れた雑貨が、
最高では1000倍もの価格で売れていました。
それから、
次第に──
『これは間違いない』
と仮定だったものが、
いつしか自信に変わり。
そこに踏み込んだ時には、
妻にはもう、
『この道でやりたいから会社辞める』
と話していました。
その時に私が勤めていた会社は、
優良の会社だったということもあり。
またサラリーマンのような
勤め人がとくに好きだった妻は、
当然のように、
私の起業には猛反対していました。
けれど私は、
そんなこともお構いなしに……
やると決めたら、
立ち止まることはなく。
その2か月後には、
あっさり会社を辞めていました。
順調だったのは、
最初の3か月だけ。
──その半年後には、
手元の資金も枯渇。
そして、
会社を辞めてから、
僅か一年で、
それまでの全ての夢は……
跡形もなく消え去っていました。
夢が潰えて──
徹夜で私は、
その事業の後片付けをしていました。
その気分転換のため毎朝。
私はその駅近くの縁石に座りながら、
ボーっと空を見上げて、
タバコをふかしていました。
その頃にはもう──
そのホームレスの男性から、
声掛けらるほどに
その風景に、すっかり私は、
溶け込んでいました。

妻を初めて泣かせた日 【前編】
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