見出し画像

ふたりのポテトチップス



それは脳出血により──


言葉と身体の自由を失った妻と
過ごした



入院中の
おやつの時間。




病院の中で見つけた、
"小さな特別なひととき"でした。








妻はICUから
急性期病棟に移り、


すでに一ヶ月以上が経過していました。



失語の症状が強く、
まだ言葉を話すこともできませんでした。






流動食も終わり、
普通食も始まって──



とはいえ病院食にも、
そろそろ飽きてきた様子。





──医師からは、


『おやつ程度なら、
好きなものを食べても大丈夫ですよ』



とお墨付きを
もらっていました。



妻がその時に、
何が食べたいのかを


私にはわかっていました。




昔からずっと、
一番好きなおやつは──



【堅あげポテト】


──それも“うすしお”。



私はどこでそれを、
食べるのかも決めていました。







それは病院の一階にある、
コンビニのイートインスペース。



白く塗られたテーブルと椅子が並び、
陽の差すその一角は、


まるでカフェのような
雰囲気を持っていました。





妻の車椅子を押して、
いざ出発──



エレベーターに乗り、
コンビニに向かうと、


病棟から初めて出た妻には、
すべてが新鮮なようでした。



『うわあ、うわあ』と、


声にならない声を上げながら、
喜んでいました。


そのコンビニに入り、
お菓子の棚をゆっくり見て回り──


手に取った袋を
ひとつひとつ見せながら、
妻に選んでもらうと。



やはり──



というか、

妻は迷わずに、
"堅あげポテトのうすしお"を選びました。



ついでに、コーヒーゼリー。



会計を済ませて、
イートインスペースに移り。




私が袋を『バツッ』と、
音を立てて開ければ、


妻は『ふわあ』と言いながら、
嬉しそうに目を細めました。



『好きなだけ食べて』
と言うと、



まだ上手く噛めないながらも妻は、


ポリポリ
と噛みしめるように、
ゆっくり食べ始めました。





しばらくして──



"食べないの?”



とでも言いたげに、
私を気使うように見てきました。





……自分のこともままならないのに




『ありがとう』と返して、
私もつまんで。



一緒に"パリパリ、ポリポリ"



食べ終わり、
病室に戻る途中で。 


『また来ようね』


と私が言うと。


妻はニコニコしながら、
黙って小さく頷きました。









思えば妻が倒れて、
この時が、



私たちの、
──"初めてのデート”でした。










ふたりのポテトチップス 【完】







▼この作品は、創作大賞2026 エッセイ部門にエントリーしています。
その他の応募作品は、こちらからご覧になれます。




▼このシリーズの他の話は、
こちらのマガジンに収録されています。





▼その他の話やシリーズは、
全体構成【目次】からご覧いただけます。

いいなと思ったら応援しよう!

何ごともお気楽に よろしければ応援とフォローをお願いします。 チップはクリエイターとしての活動費にいたします!